切り出す思い
「で、お前は一体なにに悩んでたんだ?」
不意に肩を組まれ、意地の悪い笑みを向けられた。
「え、いや、それは……」
「なんだよ、言えよ。この俺がサクッと解決してやるからよ?」
まぁ、そんなに言うなら。
「実は、生徒会のことなんだけど……」
僕は、皆にこれまでの経緯を話した。顧問から読み聞かせという無理難題を与えられたこと、それについて相談しようとした役員達もそれぞれに忙しく、またそのクラスメート達から疎ましく思われたこと、依然としてなにも決まっていないことなど、話している内に、段々と自分の無力感に嫌気が差してくる。
「……で?」
「ん、なに、朱里ちゃん?」
「サクッと解決しないの?」
「よ、予想以上にヘビーだった」
「頼りにならないわね……」
康太ががっくりと肩を落とす。
「で、でもさ、今時読み聞かせだなんて、眠くなっちゃうよな……」
話を逸らすため、康太が腕組みをし、顔をしかめる。
「そうですね、そこをどうするかが1番のポイントになりそうですね?」
「確かに。物語をなににするか、それとも読み手を考えるか、ってとこかしら?」
「あ、あの……皆?」
「あ、読み手がどうって話なら、やっぱり可愛い声で癒されたいってのがあるよな!」
「癒し、ねぇ……」
「でも、ゲストを呼ぶという選択肢は悪くないかもしれませんね」
「えっと、なんの話をしてるの?」
部室に集まっている面子が、生徒会役員さながらに思案してくれるという現状に、僕は驚きを隠せない。
「なにしてんだよ、奏真もちゃんと考えろって!」
「いや、あの、なんで皆も考えてるの?」
「はぁ?」
あまりにも的外れの質問をしたのだろうか、素っ頓狂な声を上げた康太。
「なに?」
「友達が悩んでるんだぜ、力になるのは当たり前だろ?」
「あ、うん……」
言葉に詰まった。
熱血漫画やドラマの中でしか聞かないような、あまりにもくさいセリフを、まさかリアルで聞くとは思わなかったからだ。
それでも、やっぱり嬉しいものだ。こうして、僕のことを真剣に考えてくれる人がいるというのは。
「……なに照れてんのよ?」
茶化すような十和瀬に、僕は慌てて否定を示した。
「て、照れてなんかないよ!」
「あら、それはどうかしらね?」
「ふふ……」
僕達のやり取りに笑みをこぼした香川。
「……ありがとう」
誰にも聞こえないように、それでも、皆に届いてくれることを祈りながら、僕はそっと呟く。
「……では、どうしましょうか?」
「そういえばさ、奏真、よくニュースとかで、文化祭に芸能人を呼んだ、とか、呼ばれたって話を聞くけどさ、ああいうのはウチじゃできないのか?」
「んー、どうかな。できないことはないと思うけど、そこはやっぱり先生と相談じゃないかな?」
「そうか」
「どうして?」
「だってよ、やっぱり芸能人とかが来てくれたらそれだけで盛り上がるだろ。それも可愛い女の子なら尚更さ!」
ここに女の子が2人いて、そんなことを平然と言える、その度胸を僕は評価したい。
ふむ、だけど有名人を呼ぶ、というのは、悪くない考えかもしれない。同じ学生の拙い読み聞かせなんかよりも、テレビに出ている有名人の声で紡がれる物語の方が嬉しいだろう。
2週間という目前に迫ったこの時期に、都合がつくのか不安はある。だが、そればっかりは、有名人のスケジュールと相談だ。どれだけ前から予定が決まっているのかわからないためなんとも言えないが、アタックしてみる価値は十分にあるだろう。となると、誰を呼ぶかという問題になってくるわけで。
「やっぱり可愛い女の子、こればっかりは譲れないよな!」
「……それ以外にないんですか?」
呆れ果てた香川の反応に、まずいと感じたのか、腕組をして、真剣な表情を浮かべる康太。
「そうだな、なら……お笑い芸人とかは? 盛り上げてくれるしさ!」
「そうですね、悪くはないと思いますが……、橘くん、これは生徒会の出し物である読み聞かせについての話し合いなんですよ。となると、やはり本を書かれている政治家の方なんかがいいんじゃないでしょうか?」
「そ、そんなのが来て喜ぶのなんて香川ちゃんだけだって……」
はは、確かに。よく知りもしないおじさんの話に、一体誰が興味を示すというのだろうか。
やはり、男子学生ならば期待するのは、当然可愛い女の子。僕だって、文化祭に芸能人、特に声優なんかが来てくれたら、本当に嬉しいし、一生の思い出に――
「あ、そうか!」
なんで気付かなかったのだろう。
読み聞かせに相応しく、僕が最も呼びたい人物がいたじゃないか。
そうだ、蒼坂さんに頼もう。彼女なら康太の言う通り、容姿は可愛いし、なによりも癒される。もしかしたら、皆が声優というものを知るきっかけになり、アニメにも興味を持ってくれるかもしれない。うんうん、なんともいいアイデアだ。そうなれば、僕も隠す必要が無くなるし、十和瀬からからかわれることもなくなるし。
そんな風に蒼坂さんのことを考えていたからだろうか。ふと、彼女の言葉が頭をよぎった。
『……でも、もしかしたら朱里ちゃん、また演技とかしたいのかな、って思っちゃって……』
「……あ」
思わず声が出ていた。突然の挙動に、皆が僕を不思議そうに見つめている。
「ご、ごめん。なんでもないんだ」
身振り手振り誤魔化しながら、僕はちらりと十和瀬を覗き見た。
「なに?」
その視線に気づいたらしく、眉を動かし、顔をしかめている。
「な、なんでもないったら!」
またもそんな風に誤魔化してはみたものの、未だに僕は視線を彼女に向けていた。
確かに、こうして見ると、十和瀬朱里の容姿は魅力的だ。いや、容姿だけでなく、その声もまた惹きつけるものがある。なにしろ、アニメになんの興味もなかった僕を、一瞬にして虜にしてしまったんだから。
――ちょっと、聞いてみたいかも。
「おい、こら奏真!」
ぼんやりと十和瀬を見つめ過ぎていたせいか、女子2人からは警戒心を露わに、康太からはにやにやと不気味に、それぞれ異なった反応を見せていた。
「皆が一生懸命考えてるのに、なにお前だけぼんやりと朱里ちゃんを見つめてんだよ?」
「ち、違っ! 僕も真面目に考えてたよ。なに言ってるんだ、お前!」
「照れんな、照れんな!」
すり寄ってきた康太は僕の肩を組み、相変わらずのにやにや笑いではやし立てた。
「もうそれでいいよ、全く……」
もはや言葉も出てこない。
「んっ!」
流れを叩き切るような強い咳払い。香川である。
「……で、なにかを思いついたんですよね、遊月くん?」
その笑みは、室内の温度を下げさせる程に恐ろしく、康太の表情は凍てついた。もちろん、僕も。
「う、うん。当たり前じゃないか!」
嘘だ。いや、全くの嘘ってわけじゃないけど。
ただ、その考えを口にするには、ある程度の勇気が必要になるわけで。
「ま、マジかよ! さ、さすがは奏真、それでこそ俺の親友だぜ! んで、その案ってのはなんなんだよ?」
親友――その言葉が、僕の心を締め付ける。康太がこんな風に言ってくれているのに、僕はまた隠し事を続けるのか。
十和瀬の言う通り、なんでもかんでも言い合えばいいってわけじゃない。それに、話をしてから反応を確かめるなんて、康太を試しているみたいで少しばかり気が引ける。
でも、僕は踏み出したかった。ほんの少し勇気を出して、僕を知ってもらいたいと思った。
それは多分、十和瀬と蒼坂さんを見たからだ。口論しながらも、お互いを気にかけている2人の姿を。
「あの、笑わないで聞いて欲しいんだけどさ、個人的に呼んでみたい職業の人がいるんだ」
「職業? どんな?」
「えっと――」
再度、僕は十和瀬を窺った。
そして、固く目を瞑りながら、意を決したように呟いた。
「――せ、声優」




