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仲直り、そして強まる絆

 南北に分かれている校舎を繋ぐ1階の渡り廊下を進み、北館にある道場へと向かう。珍しい話だが、僕の学校は道場が独立していない。ただでさえ日が当たらない北館の、1階だ。それはもう、夏はジメジメ、防具の乾きも最悪だった。

 道場では、既に気合いの入った稽古が始まっていたものの、面をかぶっている中に、案の定康太の名前の書かれた垂れを着けている者はいない。

「あれ、いない。帰ったのかな?」

「多分、部室じゃないかな?」

「部室ってどこ?」

 突然現れた派手派手しい制服を着た女に、明らかに動揺し、練習を中断してしまっている後輩達に再開を促すと、道場脇に申し訳程度に備え付けられた部室(と呼べるか分からない小さな小部屋)に案内した。

 しばし躊躇った後、扉を開ける。

「あ……」

 中には康太と、制服姿の香川が座っていた。驚いたのは、別に香川がいたことに対してじゃない。

 彼女が涙を流していたことにだ。

 突然の来訪にギョッと顔を強ばらせる2人。康太は口をあんぐりと開き、香川なんて顔を真っ赤にし、何事かぶつぶつと呟いている。まるで、浮気現場を見つかった旦那みたいだ。いや、ドラマでしかそんな現場は見たことないけれど。

「あらま……」

 僕の後ろからひょっこり顔を覗かせた十和瀬の嘆きが、全てを物語っていた。……ノック、しておけば良かったな。

「ご、ごめんなさい!」

 開いた扉をゆっくりと閉める僕。うん、僕はなにも見なかった。

「ちょ、待て、待て!」

 扉を押し返し、閉めさせぬようにと、体当たりをする康太。

 だが、僕もそれに負けるわけにはいかない。そう、なにも見ていない。否、なにも見なかったことにするために!

「ち、違います、遊月くん!」

 扉を押し返す力が強くなった。香川が、康太の背中を体ごと押しているからだ。

「いや、おい……」

 だが、悲しいかな。力が強くなったのはほんの一瞬だった。馬鹿が、女の子と体を密着させたことに興奮し、力が抜けてしまったからだ。

「し、しっかり押してください。事情を説明しないと……!」

「そ、そうだ! おい、奏真! 俺と香川ちゃんは別に、つ、付き合ってるとか、そんなんじゃ……」

「そうです! 私と橘くんは、全然そんな関係じゃないんです!」

「うん、そんなにきっぱり言われたら、逆に康太が可哀想なんじゃないかな」

 いや、もちろん僕だって、2人がそんな関係じゃないことも、康太が香川を泣かせることなんてないってわかっている。……まぁ、その逆はあるかもしれないが。

 ただ、なにかマズい場面を見てしまったという罪悪感と、このまま扉を閉めた方が面白いという興味本位とが入り交じったが故の行動だった。

 その証拠に――

「くくく……あはははは!」

 僕の後ろには、お腹を抱えて笑っている女が実際にいるわけだし。

「ぷっ……!」

 堪えきれなくなったのは、誰が最初だっただろう。

 気がついた時には、僕達の顔には笑みが浮かんでいた。僕からすれば、それは久しぶりの笑顔だった気がする。

「ははは、まーまー、立ち話もなんだし、入ってよ。狭い部屋だけど」

「いや、お前が言うなよ」

 散々笑い終えた後で、康太が締めくくり、僕がそっとツッコミを入れ、ようやく本来の目的である部室への入室を果たした。ちゃっかりと一緒に入ってくる辺りが、十和瀬らしい。

僕と康太が向かい合い、右に十和瀬、左に香川という形で、椅子に腰かける。

 思えば、こうして康太と向き合うのは随分と久しぶりだ。

「……で、なにか用か?」

 問いづらそうに頬を掻きながら、僕と十和瀬を順に見やる康太。

「あ、うん……」

 さっきの勢いでそのまま言い切れるかとも思ったが、やはり覚悟がいるらしい。

 僕は数回深呼吸をし、いざ切り出そうと意を決した。

「遊月くんが仲直りしたいんだってー……」

 うん、この空気ぶち壊しの直球な態度。呆れを通り越して、もはや尊敬すら覚えるよ。

「え、それ、本当か?」

 身を乗り出して、言葉の真偽を確認する康太に、僕は黙って頷いた。

「そ、そっか……そっか! お、俺の方こそ、ごめんな。お前があんなに悩んでいることに気付いてやれなくてさ……」

「いや、僕こそ、ごめん……。ちょっとやることがたくさんあり過ぎて、周りが見えてなかったんだ……」

 康太の声には、涙が交じっていた。時折、鼻をすする音も聞こえてくる。本人は、悟られないように、目元を隠し、鼻を覆って誤魔化してはいるつもりだろうが、はっきり言ってバレバレだ。だからこそ、本当に喜んでいてくれているのが伝わって来て、僕までグッと込み上げてくるものがあった。

「……よかった、本当によかった……」

 傍らで、ずっと黙ったまま成り行きを見守っていた香川が、ようやく口を開いた。見ると、彼女も顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流していた。

「ど、どうしたんだよ、香川?」

「そ、そうよ、香川さん。もしかして、なにかされたの?」

 僕達は慌てて立ち上がり、泣きじゃくる香川を慰めると共に、康太に対して警戒するような視線を投げかけた。

「お、俺はなにもしてないって!」

 視線の意味を早々と察知したのか、必死になって首を振る我が友。

「す、すみません。2人がこのままだったらどうしようって、ずっと考えていたので……安心してしまって……」

 康太と2人して顔を見合わせた。どうやら、僕達の仲違いが、彼女の涙に繋がってしまったらしい。

 今まで康太のみに向けられていたはずの十和瀬の非難めいた鋭い眼光が、僕にも向けられることになった。

「で、あんた達、香川さんになにか言うことは?」

「ご、ごめん、香川」

「悪かったよ、香川ちゃん」

「いえ、いいんです。私の方こそすみませんでした、こんなみっともないところをお見せしてしまって……」

 気恥ずかしそうにはにかんで見せる香川は、いつもの数倍可愛く見えた。いや、別に普段は残念とか言っているわけじゃなくて……。

「いやー、それにしても、香川ちゃんの泣き顔が見れちゃうなんて、かなり得した気分。イメージと違って、かなりおしとやかな感じがまた……」

 うひひ、と不審者丸出しの気持ち悪い笑みを見せた康太に苦笑だけで返事をする。お前、聞かれてなくて本当に良かったな? 聞かれてたら好感度激減どころの話じゃないぞ。

「あ、イメージっていえばさ……」

 不意に僕の制服が引っ張られた。

「ん、なに?」

「朱里ちゃんってさ、あんな性格だったか?」

 振り返った僕に、そっと耳打ちをしてきた康太。よっぽど印象が違っているらしく、驚きを隠せないらしい。

「あ、うん。本当は、こんな感じ……」

「え、お前、知ってたのか?」

 彼からすれば、むしろそっちの方が驚きらしい。

「うん、一応」

「ふーん。ま、俺はどんな朱里ちゃんでも愛してみせるがな!」

 コイツが勘ぐるような奴じゃなくて本当に良かった……。


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