葛藤
文化祭まで2週間を切った。
それぞれのクラスが、練習に一層力を入れている最中、うちのクラスはといえば、特に準備らしい準備はなにもしていない。なにしろ、販売する商品に関しては自宅から持ってくるだけ、飲食物はコンビニで済む。教室の飾り付けという点においても、黒板や机などは直前まで触ることができない故、実質なにもしていないというよりは、なにもできないという方が正しいだろうか。他のクラスに比べてなんとも文化祭らしい盛り上がりに欠ける気もするが、こればかりは仕方がない。まぁ、直前にばたばたしてしまうため、イヤでも盛り上がることにはなるんだろうが。
そうかといって、僕も皆と同じようにのんびりとはしていられなかった。読み聞かせの内容が、なにひとつ決まっていないからだ。いっそのこと、読み聞かせすら変えてしまおうかとも思ったが、それをしてしまうと、0からの組み立てとなってしまう。もはや、この段階になってしまった以上、読み聞かせという観点から考えた方が正解だろう。既にでき上がっている物語である以上、台本なんかも凝らなくてもいいだろうし。
問題は配役か、いや、その前に物語を。
そんな風に考えれば考えるほどに泥沼にハマり、なんの案も出てこない。いっそのこと、誰かに相談してみようか。1人で考えているからこそ、どんどんと不安に悩まされていくのだから。
そうだ、康太にでも――。
そんな風に前向きになりかけた気持ちが、数秒も保たずに萎んでいく。
康太とは、あの日以来言葉を交わしていない。僕の方が一方的に彼を避け、また部活もなにかと理由をつけて欠席し続けていた。
そんな僕のぴりぴりした雰囲気にあてられているのか、近頃は僕に話しかけてくる人間もいない。いや、そんな雰囲気さえなくたって、僕を友達だと思ってくれていた奴なんて、最初から康太以外にはいなかったのかもしれない。
「ふぅ」
本日最後の授業の終わりを告げるチャイムに、僕はようやくひと息ついた。ホームルームもなく、後は部活を残すだけとなる。
案の定というべきか、康太は既に教室を去り、香川も僕になにかを言いかけようと2、3歩近づいてきたものの、言葉が見つからないのか、背中を向けてしまった。どうやら、今日もまっすぐ帰ることができそうだ。
何故か安堵の息をつき、カバンを背負うと、誰とも口を聞くことなく、帰ろうかと昇降口を目指した。
「……部活は?」
昇降口には、靴を片手に持った十和瀬がいた。制服同様、靴も前の学校のものらしく、指定のローファーではなくブーツタイプである。なんで叱られないのか疑問だが。
「……休み」
素っ気なく返した僕に対し、それまた素っ気なく続ける十和瀬。
「休んだ、の間違いじゃなくて?」
有無を言わさぬ物言いに、黙ったまま頷いた。
「かなり気にしてるみたいよ?」
「康太のこと?」
「……そう。それに香川さんも」
「香川も? どうして?」
「え? そりゃ……やっぱり同じ部活動のメンバーだから、じゃないかしら?」
そこで口ごもった十和瀬に、訝しげな視線を向ける。
「……で、どうするつもり? まさか、このままずっと避け続けるつもりじゃないでしょうね?」
その視線を払いのけるかのように目を細め、下駄箱にもたれ掛かりながら問い質してきた。
「避ける、って、僕は別にそんなつもりは……」
「でも、実際に避けてるじゃない?」
「それは、そうかもしれないけど……」
だからといって、顔を合わせたところでなにを話せばいいのかわからない。
「……本当に言いたいことも言い合えないで、本当に友達っていえるの?」
「え?」
またも、僕の内心を見透かしたように言い捨てる十和瀬。ここまできたら、もはやエスパーとしか思えない。やっぱり画面を見ながら、キャラクターに声をあてるってことで、表情を読むのは得意なんだろうか?
「悪いけど、私と梨音は言いたいこと言い合ってるわよ。だから、胸を張って、あの子の友達っていえる……」
言い合ってるというか、一方的に十和瀬が言っているだけだと思うんだけど……。
「なんでもかんでも言い合えばいいってわけでもないけど……、ただ、なにも言ってくれないのは、逆に不安になるんじゃないかしら?」
「どういうこと?」
「だから、その……、例えば、好きな有名人の話とか、女の子のタイプの話とか、友達として、知りたいことがあるんじゃないの?」
「そんなこと言われても、十和瀬だって知ってるだろ? 僕が好きなのは……」
そう、僕が好きなのは声優。オタクなんだ。
そんなオタクという性質を知って、友達のままでいてくれる保証なんてどこにもない。だったら、今のままでいいじゃないか。
今のまま、いつかは時間が解決してくれるのだと信じて。
「あー、もう、イライラする! 好きなら好きでいいじゃない。そんなつまらないことで不安になって馬鹿じゃないの?」
「不安って、僕は別に……」
「あんたはこのままでいいの、後悔しない?」
「後悔って、そんな大げさな……」
「大げさじゃない!」
端から見ると、僕が十和瀬を虐めているかのようだった。それほどに、彼女の叫びは悲痛に聞こえた。ここを誰も通らなかったことに、感謝の念すら抱きたい。
「私と梨音の話をしたでしょ? いくら友達だからっていっても、お互いにつまんない意地を張ってたら、今にきっと後悔するわよ?」
「……それって、つまりは十和瀬が後悔してるってこと?」
よほど不意をついたのかもしれない。眉を潜めたその表情から察するに、結構本気で怒っているみたいだ。こ、怖い……。
「私達の話はどうでもいいの。どうするの? 謝る? あんたが悪いんでしょ?」
「……うん、多分」
今にして思うと、康太はきっと、暗い顔をして思いつめていた僕を励まそうと話しかけて来てくれたのだろう。お調子者でやり方こそあれだが、そういう気遣いをしてくれる奴だってことは十分知っていたはずなのに……。
「……ごめん、やっぱり用事」
「謝りに行くならついて行ってあげるわよ?」
「え?」
「1人じゃ心細いでしょ?」
というよりも、眼がはっきりと告げていた。私を連れて行け、と。仕方ない、断ったら断ったで面倒なことになりそうだし、大人しく連れて行くとするか……。
「さ、行くわよ?」
ついて行く、という話が、いつの間にか先導されてしまっていた。
履き替えようとしていた靴を再び下駄箱に戻し、僕は慌てて十和瀬の後を追う。




