苛立つ気持ちと仲違い
月曜日の昼休み、校内放送にて、高らかに僕の名前が呼び出された。
呼び出したのは、国語の教科担任であり、同時に生徒会顧問でもある橋本先生だ。はっきり言って嫌な予感しかせず、もっと言えば、こういう時の予感というのは、残念ながら的中してしまうものだ。
「生徒会の出し物を、ですか?」
「そうそう。ほら、よく読み聞かせとかってあるだろ? あれをやってもらいたいんだよ」
ほら、こんな風にさ。
「読み聞かせって言われても、具体的になにをしたらいいんです?」
「だからさ、誰かに物語とか読んでもらえばいいわけよ。簡単だろ?」
いや、簡単じゃないから僕は聞いてるんだが……。これだから30手前の独身男は嫌なんだよ。
「それともなにか、もう出し物は決まってるのか?」
「あ、いえ。それはまだですけど……」
あぁ、僕ってばなんでこう正直に口走ってしまうんだろうか。
「なら、これで決まり。しかし、お前も大変だな……」
先生のせいですけどね?
「他の役員はどうした?」
「えっと……」
咄嗟に言葉に詰まる。
「ま、なんにせよ、誰かに助けてもらえよ。皆で造り上げてこその文化祭だろ?」
とても格好いいことを言っているからなのか、先生は窓の外に視線を向けて決め顔を作った。
「……ま、考えてみます。それじゃ、失礼しますね」
「はいよ。呼び出して悪かったな」
軽く頭を下げ、僕は職員室を後にする。
助けてもらえ、と言われたところで、他の生徒会役員への負担はなるべくなら避けたかった。けれど、今回はそんなことを言っている場合でもないか。
橋下先生からの半ば強制的な命令について相談すべく、僕は隣の教室を覗く。クラスの出し物で劇をするらしく、様々な大道具がところ狭しと置かれ、また新たに組み立てている途中でもあった。
「あれ、遊月くん?」
「あ、おはよう、早坂」
その指揮をとり、クラスメートに指示を出していた男子、早坂功が僕に気づく。彼は、我が生徒会の書記である。
「どうかしたの、なにか生徒会の用事?」
「あー、うん。ちょっと……」
さすがに察しがよくて助かる。最も、僕が早坂に会いに来る用事なんてそれ以外にはないんだけど。
「実はさ――」
そう切り出そうとした時だ。
「早坂、これってここでいいの?」
「早坂くん、ここの色なんだけど……」
作業途中の生徒達が次々に早坂に呼びかけ、指摘や助言を求める。
「あ、ちょっと待ってて!」
「……なんだよ、この忙しい時にさ……」
振り返り、教室中に聞こえる大声で叫んだ早坂。それを受け、彼のクラスメートは、鬱陶しそうに僕へ視線を向け、ぽつりと不満を漏らした。
本人としては、聞こえないように気をつけたつもりなんだろうが、悲しいかな、僕にはしっかりと聞こえてしまった。それ故に、ショックだった。まるで、早く帰れと言われているようで。
「ごめん、それで、なにかな?」
「……あ、えっと……」
当然といえば当然だった。彼らからすれば、生徒会の出し物なんて全く関係のない代物である。そんなもののために、クラスの大事な軸が拘束され、作業が滞っているのだから。
「……忙しそうだね?」
「あ、うん。実はなにをやるか決まったのが、木曜日でさ……おかげで休日返上でこうして準備してるんだ」
「……へぇ、そうなんだ。なら、生徒会の出し物なんかに割いてる時間なんてないよね」
「え?」
「いいんだ。なんでもない、邪魔してごめん。それじゃ……」
嫌みにしか聞こえない捨て台詞を吐いた僕は、呆気にとられたままの早坂を残し、僕は他の役員達のクラスに回った。
しかし、どこでも似たような有り様だった。
早坂を含め、それぞれの役職に就いている同級生は、クラスの役員や部活のキャプテンなどの重要なポジションも兼ね備えている。つまり、僕が相談に行くことで、ほんのわずかとはいえ、準備や練習が中断してしまうのだ。
生徒会の方にはほとんど顔を出せないという約束で属しており、それ故に先生達も特になにも言わず、また僕の方からも干渉することはなかった。つまり、僕が1人で考え、1人で行動しなくてはならない。それは気兼ねしなくていいという反面、今のように、とても心細くもある。
結局、気兼ねしてしまい、僕は誰にも相談できず、自分のクラスに戻ってきてしまった。
はぁ、一体どうすればいいんだろう。
なんとも無理難題を押し付けられたものだ。
うかない顔で教室へと戻り、席に座ると深々と溜め息をついた。
今日も、相変わらず十和瀬の周りにはたくさんの人が群がっている。おそらく、昨日見せた様子とは違って、猫を被っているのだろう。
「お疲れのようですね、遊月くん」
「……おはよう、香川」
「また考え事ですか?」
「……そう。今日になって、いきなり出し物を読み聞かせにしてくれって言われちゃってさ……」
「そうだったんですか。他の役員の方は?」
「……皆忙しそうで、話すらできずに帰って来ちゃった……」
傍らに寄って来た香川は、疲れ切った表情を見せて事情を話す僕に対して、なんともいえない同情の視線を投げかけた。
「それは、大変ですね。読み聞かせ、というと、なにか物語を選ぶところから始めなくては……。よろしければ、お手伝いしましょうか?」
僕の前の席に腰かけ、一緒になって案を練ってくれる香川の気持ちはなんともありがたいが、彼女もクラスのまとめ役である以上、僕の手伝いばかりをさせるわけにはいかない。この間の議論で、少なからず進行したとはいえ、うちのクラスも別段進行しているわけではないからだ。
「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」
「そうですか、無理だけはしないでくださいね?」
心配そうに見つめてくれるその優しさが身に染みた。
とはいえ、今の顔は、それほどやつれているのだろうか。
香川に言われた通り、まずはなんの物語にするかを決めなくちゃな。
「おーっす、奏真。そんな暗い顔してどうしたんだよ?」
上機嫌に手を上げながら、前の席に、香川と入れ替わるように、今度は康太が腰掛けた。
「おはよう。……ちょっとね」
「ちょっと? ちょっとってなんだよ、教えろよー!」
冗談めかしくおどけながら、僕の頭を撫で回す。セットした髪の毛がくしゃくしゃになっていく。
「……生徒会関係。ごめん、ちょっと1人で考えたいから……」
その手を軽く払いのけるようにしながら、拒絶を示す。はっきり言って、今のテンションでコイツに付き合っていられる程、僕の心は広くはなかった。
「生徒会ぃ? おいおい、そんなつまんないもんはほっといてさ、俺と遊ぼうぜ?」
しかし、生憎と康太には伝わらなかったようで、尚もしつこく僕の頭に手を伸ばしてきた。
「あのさ、いい加減にしろよ……」
不機嫌めいた声が出た。
「おいおい、なに怒ってるんだよ、奏真? あ、わかったぞ。お前、カルシウム不足だな? 牛乳飲め、牛乳!」
おどける康太の素振りに、周囲も苦笑いを隠せない。
だが、今の僕にはそんなものには付き合えなかった。
なにも考えず、適当な提案をしてきた教師への不満、さっき邪険にされた苛立ち、そして、なにも決まらぬまま過ぎていってしまうのではないかという焦り、それら全てが僕の心を蝕み、怒りに拍車をかけていく。
「……止めろよ……」
「え、なんか言ったか、奏真?」
「止めろって言ってるだろ!」
振り払う手に容赦はなかった。
突然の大声に、明るい雰囲気で騒いでいた教室の中が一瞬で静まり返る。
康太が、香川が、そして十和瀬が、皆が驚いたように僕を見ている。
それもそうだろう。自分で言うのもなんだが、普段比較的大人しい僕が、ここまで感情を露わにすることなど滅多にないからだ。
「わ、悪い……」
気まずそうに顔を俯かせた康太は、それだけ呟くと、逃げるように教室を飛び出した。その背中を見送った僕が、クラスを見渡す。
皆、僕と視線が合うことを避け、それぞれが素知らぬ方を向く。
「あ……」
唯一、こちらをじっと見たままでいた十和瀬と目が合った。




