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僕の趣味

 日付が変わってから、もうすぐ1時間が経過しようとしている。

 僕は今、真っ暗にした部屋で、頭から布団を被り、ヘッドホンをつけた状態で、あるラジオ番組が始まるのを待っていた。

 どうしてこんな不可思議な恰好をしているのかと問われれば、当然理由がある。

 まず、部屋を真っ暗にしているのは、こんな時間まで起きていることを親に知られると、『早く寝なさい』だの『なにをしているの』だのといちいち干渉されて鬱陶しい。その度にいちいち誤魔化すのも一苦労なので、最初から話しかけられないようにしておいた方がいい。つまり、寝ているフリのカモフラージュってわけだ。

 頭から布団を被っているのも、ステレオから漏れる光を遮るためであり、ヘッドホンは音漏れを防ぐためである。……ちょっと熱いけど。

「おっ、あと1分か……」

 たかが30分のラジオ番組を聞くだけで、どうしてここまで用意周到にしなくてはならないのか。この滑稽な姿を他人に見られたら、そんな風に思われるかもしれない。

 だが、これにも重大な理由がある。

 その理由とは、これから始まる――つまり、僕が聞くつもりのラジオ番組の内容にあった。

 僕が待っているのは、人気声優、|蒼坂梨音≪あおさかりおん≫がパーソナリティを勤める【ミッドナイト・りおん☆】という番組だった。1年前から始まったこの番組を、僕は毎週火曜日の深夜、欠かさずに聞いていた。リスナーから送られてきたメールを読んだり、スタッフからの無茶振りで決まったコーナーに悪戦苦闘したり、彼女自身が歌っている曲を途中で流したりと毎回濃い内容に、ファンとしては大満足だ。

 蒼坂梨音――今をときめく人気声優の1人で、アニメ、ラジオ、ゲーム、そして音楽活動と、その活動の幅を、日々増やしている。ラジオでの快活なトーク同様、演じているのも明るい性格のキャラが多く、まさに自然体でキャラに自己投影している感じで、評価が高い。

 本人の容姿も可愛く、ファッション雑誌の表紙を飾っていても、別段おかしくないと僕は思う。

「ん、時間か……」

 これまで流れていたクラシックがぴたりと途切れ、笛のホイッスルを思わせるピーッという電子音が鳴り響いた。深夜1時になった合図である。

 彼女のデビューシングルである曲のイントロが流れ出し、それから数秒後、待ちに待った蒼坂梨音の声がヘッドホンを通して、僕の耳に響いた。

『皆さん、こんばんは、蒼坂梨音です。9月に入ったというのに、まだまだ暑い日が続きます。でも、夜はいきなり冷え込んで、最近はTシャツ1枚だとちょっと厳しいですよね』

 いや、それはちょっと違うんじゃないか。こうして布団を被っていると、汗がとめどなく溢れ出て、シャツをびっしょりと濡らしていく。ま、こんな恰好をしている僕が言うのもなんなのだが。しまった、部屋にお茶かなにかを持ってきておけばよかったかな。

『秋になってきた、ということで、私の思い出としては、3年生の先輩達が受験に向けて、毎日遅くまで勉強してたっていうのですかね。毎日大変だろうな、って感じたのを覚えてます。……え、私ですか? 私は、その……中学時代はあんまり勉強してませんでしたが……』

 背後にいるスタッフであろう男性のからかいの言葉に、恥ずかしそうに答えた蒼坂梨音の声は、あまりにも可愛くて僕の頬を緩やかに崩させる。

 雑誌やWiki、その他ファンが作ったブログに載っている情報によると、彼女の年齢は僕と同い年で、誕生日は10月2日だった。僕は高校2年生でつい先月に17歳になったばかりだから、彼女はまだ16歳。

『あとはそうですね、新人戦とかってこの時期でしたっけ? あ、もうちょっと後なのかな? 部活とか学校が2年生主体になってくるのも、この時期ですよねー。中学時代の友達が生徒会の書記をやってたんですけど、すごく忙しそうでした。体育祭や文化祭とかの行事の準備したり、それが終わったら、すぐに卒業生を送る会の準備したりして。あれ、そういう会なかったですか? 私の学校だけ? えー、本当ですか? 自分の通っている学校にもこういう会あるよーってリスナーさん、メール待ってまーす。それでは、今日も始めましょう、蒼坂梨音の【ミッドナイト・りおん☆】、スタートです!』

 ようやくオープニングトークが終了し、彼女の新曲や同じ事務所の男性声優のアルバムのCMが流れる。

 そうか、彼女の中学にもそういう行事があったのか。大丈夫、僕が今通っている学校にも同じような会があるよ。

 それに、生徒会の仕事が大変なのは、痛いほど承知している。なにを隠そう、僕も生徒会に所属しているからだ。役職は生徒会長。こういう言い方をすると、なんとも恥ずかしいが、一応全校生徒のまとめ役だ。

とはいえ、なりたくてなったわけではなく、部活動の先輩が前任の生徒会長であり、立候補者が誰もいなかったため、その後任として無理やり押し付けられたに過ぎない。誰もやりたがらないからといって、身近にいた後輩に押し付けるのもどうかと思うが。

 僕は剣道部に属しているが、同期は男女合わせて5人いる。男子2人、女子3人だ。男女それぞれの後輩をメンバーに入れて、どうにか団体戦に出場できる人数だが、5人もいて、どうして僕が生徒会長に選ばれたかというと、1人は部長、もう1人は副部長、他には会計、庶務と、その5人の中で、なんの仕事にも就いていないのが僕だけだったから、という単純な理由だった。先輩達が引退する間際、じゃんけんで役職を決めた時には、まさかこんな罠が仕掛けられていたとは思わなかった。至高のグーで勝ち抜き、高笑いしていたその時の自分を殴ってやりたい。部長でもいいから、大人しく手を上げておけばよかった。20人弱の剣道部を纏めるのと、700人を超える全校生徒を纏めるのとでは労力が果てしなく違う。

 毎朝7時に起きて、片道30分近くかけて登校し、朝9時から午前中4時限、昼の休憩をはさんでから、眠気と戦いながらの午後の2時限。それが終われば、部活に向かう者もいれば、バイトに勤しむ者もいる。ようやく自由の時間を得るわけだが、既に3時半を回っていて、どこかに行けるわけでもない。部活に参加するとなると、夏の日が長い期間は6時過ぎまで扱かれる。夜7時を回り、ようやく家に着いたとしても、そのままベッドにダイブなんてことは出来ない。先ほどラジオでも話していた通り、体育祭や文化祭の段取りを考えなくてはならないし、進学校であるが故に、予習復習も欠かしてはならない。部活動も先輩として一層頑張らなくてはならない。かといって、それだけをしていればいいというわけではなく、友達との会話に置いていかれないように、話題のドラマやバラエティ、週刊誌といった類のチェックも重要だ。つまり、僕にとって、毎日は戦い、1分1秒ですら無駄には出来ないのだ。息つく暇もありゃしない。

 そんな中、僕の唯一(と言っても過言ではない)の息抜きの存在が、蒼坂梨音だった。

彼女を知ったのは、中学3年生の冬、受験真っ盛りの最中だっただろうか。深夜たまたまテレビをつけると、僕が読んでいる週刊誌で過去に連載されていた漫画、【緋い雨――スカーレット・レイン】がアニメとして放送されていた。その漫画は既に終了しており、当時はアニメ化の情報などは一切なかったために、僕はなんだか嬉しくなり、勉強することも忘れて、食い入るように画面を見入った。

 ストーリーとしては、賞金稼ぎとその相棒が繰り広げるドタバタ冒険活劇なのだが、獲物を追いかけて旅をする先々で知り合う人達との心温まる触れ合いや鬼畜とも呼べる賞金首達との激しい肉弾戦や知能戦の駆け引きに、毎週引き込まれるように読んでいた覚えがある。中でも、時に熱く、時にコミカルに、そして時に涙すら誘う主人公の賞金稼ぎのセリフや立ち振る舞いに、僕は憧れ、よくこっそりと真似をしたものだ。……あれが、俗にいう厨二病というのだろうか。

 さて、そのアニメには2大ヒロインと呼ばれる女キャラクターがいる。

1人は、【心の奥底では主人公を慕っているものの素直になれず、顔を見合わせるとすぐに喧嘩に発展してしまういきつけの酒場の看板娘といった、今にして思えばなんともテンプレ的なツンデレヒロインのリンファ】。僕の好きなキャラで、この作品を好きになったきっかけの大部分を占めている。

そして、もう1人は、【主人公と相棒の腕を見込んで、自分達の同志に加えようと企てる、世界から戦争を排除せんとして、ある種行き過ぎた考えを持った集団の女リーダー、セルドナ】だった。彼女は、物腰こそ丁寧で柔らかだが、自らの意思や思惑から外れた行動をとられるのがなによりも嫌いと、凄まじいまでの二面性を秘めたキャラクターであった。ブチキレるシーンなんて、某動画サイトで検索すると、トラウマタグや弾幕がこれでもかと言わんばかりに付けられている。最終的に、セルドナは主人公達と一緒に旅をする面子に加わるので、ツンデレのリンファとクーデレのセルドナといった主要メンバーに格上げされるのだが、僕にはあれがクールだなんて到底思えない。一体どこにデレの要素があるのか、小1時間ほど議論したいところだ。

 さて、この作品に出演した蒼坂梨音の役柄だが、リンファでもセルドナでもない。【主人公に思いを寄せていながらも、内気な性格が災いして、その気持ちを伝えることができず、いつも姉であるリンファの影に隠れてしまう、彼女の妹のユイファ】だった。物語終盤、敵の幹部にその恋心を利用され、姉を監禁した挙句、最後にはその思いを伝えることすらできず、主人公を庇って死んでしまうというなんとも不幸な役柄だった。今の彼女が演じるような、ヒロインポジションの役柄とは似ても似つかない。

 当時の僕は、声優なんてまるで興味がなく、むしろ漫画のキャラクターとしてユイファを見ていた。ユイファ――つまり、CV蒼坂梨音の演技は、凄まじいまでにド下手くそだった。主人公を庇って死ぬ筈の感動のシーンにすら、棒読み乙、なんて弾幕も珍しくない。その当時、若手人気声優だったセルドナの中の人は勿論、姉であるリンファの中の人の演技が、驚くことに新人とは思えないほど上手だったのも、その評価に拍車をかけていると思う。

それから数年で、ラジオのパーソナリティを勤め、売れっ子といっても過言ではないほどに、何本もの主演作を持つことになるなんて一体誰が予想出来ただろうか。ユイファは、蒼坂梨音のデビュー作兼黒歴史として、知る人ぞ知る名(迷?)キャラ扱いされている。

 では、当時大絶賛されたリンファを演じた新人声優は今なにをしているのか。驚くことに、それが誰にも分からない。

 今でこそ、新アニメが始まると、出演声優がパーソナリティのラジオ番組が開始されたり、雑誌に取り上げられたりと、プッシュされている。アニメ云々問わず、声優関連のラジオの数も少なくない。

 だが、当時作品に関連するラジオは開始せず、DVDの売れ行きも残念ながら、芳しいものではなかった。そのため、今やメジャーともいえる1巻購入者やら最終巻、はたまた全巻購入者特典のイベントなども当然なく、更に言えばその作品自体をアニメ雑誌、声優雑誌共にあまり注目すらしていなかったため、新人だったその声優の顔写真やグラビアなどの特集ページを掲載しているはずもなく、なんと名前しか分からないといった状況になっていた。僕のようなにわかではなく、本物の声優ファン達がそれこそ血眼になって探しても謎なのだ。もうお手上げだ。

 噂では女優としてドラマに出ているとか、はたまた、大人向けのアダルトなDVDに出ているとか、突拍子のない噂が飛び交っては消えていった。誰が作ったとも知れぬWikiのページが、これまた人知れず無くなっていた。最も、ウィキと呼ぶにはあまりにもお粗末なページ内容だったらしいが。

 あの声優の名前はなんていったっけ?

『それでは、続いていってみましょー!』

 おっと、いつの間にかぼんやりとしていた。ラジオ自体は録音しているので大丈夫だが、せっかくの息抜きである美声を満喫しなくては勿体ない。

 ラジオは中盤に差し掛かったところで、トークテーマである【最近買ったもの】について話していた。

『私が最近買ったものはですねー、あの、ちょっと名前を出していいのか分からないんですけど、2つ折りで画面が立体的に見えるゲームですね。え? 色はピンクです。秋から始まるアニメの現場で某声優さんから、有名なモンスターを狩るゲームに誘われてましてですね。はい、ちょっと狩りに行こうぜ、と。……ま、女性の方なんですけどね?』

 この話は以前に、ブログで書いていた気がする。その記事には、『最初はこの武器が使いやすい』とか、『このモンスターはこうやって狩るといい』と攻略ブログ顔負けのコメントが数多く寄せられた。それだけ、彼女のファンは多く、知識も幅広いということなのだろう。

『え、今ですか? 今はランク2に上がりました。あ、上げてもらいましたっていうのかな』

 また後ろでスタッフの笑い声が聞こえる。毎回思うが、なんとも雰囲気のいい現場だと思う。……正直羨ましい。僕も彼女と一緒の空間で仕事がしたい。いや、仕事なんてしなくてもいいから一緒にいたい、……っと危ない、危ない。これじゃただの変質者だ。

『あ、じゃあここで、今週金曜発売の私の新曲をかけちゃいます! わー、ぱちぱち!』

 ぱちぱち、なんて口で言っちゃうなんて、可愛すぎる……。

 ばたばたと被っている布団の中で足を動かし悶えたことで、軽く酸欠に陥ってしまい、咳込みながら隙間を開けて換気を行う。

 ホント、客観的に見たらなにをやってるんだ、僕は。

 一瞬訪れる冷静な時間――これを世間では賢者タイムというらしい。あれ、ちょっと違うかな?

『それでは聞いてください、蒼坂梨音で【Stardust Treasure】!』

 だが、その時間もヘッドホンから流れてくる彼女の新曲のメロディとともに、瞬く間に流れていった。

 うん、やっぱりこれは買いだな。先着予約特典のポスターは勿論、CD1枚につき、1冊ついているミニフォトブックも楽しみだ。どんな写真が掲載されているんだろう。あー、金曜日が楽しみで仕方ない。

 新曲がワンコーラス終わると、再び短い曲のCMが入り、先月発売の1stアルバムに入っていたしっとりとしたバラード調の曲をバックに、エンディングトークが始まった。

『さて、お送りしていきました、蒼坂梨音の【ミッドナイト・りおん☆】、そろそろお別れのお時間です。今回は私の新曲ということで……皆さんいかがでしたか? ラジオの前の君は、買ってくれるよね?』

 はい、既に予約済みです。

『それでは、また来週、この時間にお会いしましょう。お休みなさい、いい夢を。蒼坂梨音でした』

 柔らかな声が消え、それからバックミュージックも段々とか細くなっていくのを確認し、僕はヘッドホンを外した。

 しかし、毎週思うことだが、なんともあっという間の30分だ。それだけ僕がこのラジオを満喫していることの証明とも言えるが。

 さて、明日への活力を十分貰ったところで、さっさと寝るとしますか。また明日からやらなくちゃいけないことがたくさんあるし。

 ベッドの上のステレオを床に置き、布団に入ると目を瞑る。数分もしない内に、僕の意識は眠気にさらわれた。



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