聞いて欲しいねん
やっぱ俺はアホや。高校生の真衣に、俺の初恋はお前やなんて言うたら、あのアホ勘違いしよるだけやないか。ホンマにアホや。オカン譲りのアホや。バーチャンのシチューまで残してきて、もう戻って残り食う事だってできへんやないか。最後のシチューやったのに、オカンのシチューはもう食われへんのに。
「オカン。俺の初恋はお前のもんやで。死んでもて、聞こえへんやろけど。そんでも、オカンが俺の初恋や……ちょっとは幸せんなったか?」
「お前、ホンマのアホやろ」
誰やねん。直ぐ後ろで声がしたがな。なんでまだおんねん、オヤジ。もう家に帰ったんとちゃうんかい。まだまだ未熟な若いあんたに用は無いねん。
「今のあんたに用はない……。俺の言うことがアホやて思えるあんたに、何の用もないんや。用があんのは……」
そうや、用があんのは、オヤジやねん。俺とは話しもあんまりせんかったし、どっちかて言うと苦手やけど、それでも今、俺に必要なんは、オヤジやねん。どうしたらエエのんか、オヤジやったら知ってるて思うねんや。助けてくれ、オヤジ。
オヤジが首を傾げて俺を見てる。
「お前……泣いとんのか。頭、大丈夫か?」
「助けてくれや。オカンが幸せやったか知りたいねん。なぁ、オカンは俺産んで幸せやったか? 後悔してへんたか? もっと長生きしたかったて、後悔してへんたか? なぁ、教えてくれや、オヤジ。答えられんの、あんただけやろ……」
オヤジが目を細めて俺を見てる。そや、この若いオヤジに何言うたって何にもならへんねやった。
「お前、ホンマに大丈夫か? 俺にそんなこと言うたってしゃーないやろ。家帰って、お前のオヤジさんに言うたらどないや? ホンマに悩んでんねやったら、オヤジさんもちゃんと聞いてくれるやろ」
若いオヤジが、俺の背中をポンポンと叩いてる。そうやな、家に帰ってオヤジに聞いたらエエねん。でもな、それが出来んねん。今、ここで俺がオカンにしたれる事を探してんねん。真衣がこれからの人生を幸せに暮らせるように、後悔せんように、俺がしたれる事って何やと思う?
「ごめん。今はなオヤジに聞かれへんねや。だからな……あんたに聞いてもええか? あんな、あんたやったら、真衣の幸せになること、考えてくれるて思えんねん。頼むわ」
「真衣て、あの、お前の彼女やろ? なんでお前の女の幸せを俺が考えんねん。おかしいやろ」
腕を組んで、オヤジは俺を睨んだ。そんなカッコして睨んでも、怖ないねん。だって、あんたの事はよー分かってるからな。結局、あんたは俺の相談に乗るんや。だって、真衣の事やもんな。
「真衣は俺の彼女やない。でも、めっちゃ大切な人やねん。真衣は、かけがえのない人や。でもな、真衣はそれを知らんねん」
「意味が分からん。お前な、もっとまともな話しせーや。俺かて忙しいねん。今日突然会って、変なことばっかり言うてるお前に付き合ってられへん」
何が忙しいや。スーツから普段着に着替えて何処行くねん。どーせ遊びに行くんやろ。若い頃のオヤジは、酒も飲まんのにいっつも遊び歩いてチャラかったて、オカンが言うとったわ。
「なぁ、今日は遊び行かんと、俺の話聞いてくれや。たまには、人の為になるちゅーのもエエて思わへんか? 頼むわ、な?」
オヤジはふんと鼻を鳴らした。でも、この顔。こんなしゃーないなって顔のあとは、話を聞いてくれんねん。な? せやろオヤジ。
「くそっ。しゃーないな。でも、もうおかしな事は言うなや。しょうもない話やったら、聞かへんで」
やった。でも、どーやって話したらええんやろ。やっぱ俺って考えなしやわ。アホやないねんぞ、カシコやねん、オカンが言うとった。勉強かてできるしな。でも、いっつも亮馬にはアホやて言われてる。生きてく為に必要なもんが欠けてるんやて、あいつは言うとったな、オカンと一緒んなって言うとった。
俺を連れて、若いオヤジはファミレスに入ろうとしてんけど、俺は金なんて持ってへんし、このオヤジが何も言わんと俺の分を払うとも思われへん。まだ、俺のオヤジやないねんから、そりゃしゃーないやろ。
誰もおらへんとこがええ言うたら、真衣と昼間にであった公園に連れてこられた。缶コーヒーをオヤジが買ってくれた。缶コーヒーの趣味だけは、俺とオヤジは一緒やねん。俺って、缶コーヒーの味には結構うるさいねんけど、安心して奢ってもらえる。
「うまっ……」
「で? 何を話したいねんな、お前は」
缶コーヒーを揺らしながらオヤジが聞いてきた。その癖も昔からなんやな。
「あんな、俺のオカン……二日前に死んでもてんや。オカンは生まれたときから病気持っててんけど、ずっと分からんと生きてきて、俺と弟を産んだんや。医者はな、俺らを普通に産んだこと自体が奇跡やて言いよってん。オカンの病気なら、普通は一人目で死んでまうんやて……」
「…………」
無言かい、オヤジ。
「俺な……もしも俺らを産まへんたら、オカンはもっと長生き出来たんちゃうかて思うねんけど……でもな、俺は……俺のオカンはオカンやないと嫌やねん。俺は、オカンの子供に生まれたいねん。我が儘かも知れんけど、俺を産んで、それでも長生きしてほしかってん」
「そんなん言うても、今更しゃーないやろ。お前のオカンはもう亡くなってるんやし。もっと前向きに考えな、お母さんかて心配するで。どうにも出来ん悩みやないか」
冷たいな、オヤジ。そらそやわな、今のあんたには関係のないこっちゃもんな。でもな、俺は……
「だからな、俺はオカンに幸せやったて思って欲しいねん。長生きできんかっても、幸せやったて思て欲しいねん。そのために、俺はいま、ここにおんねん」
「よう分からんな。死んでもた人に、どうやって幸せやったて思てもらうねんな。霊媒師にでも頼むんか? そんなん、非現実的やで」
くそ、どう言うたらええんや。やっぱりオヤジは目に見えるもんしか信じへん奴やし、理論づけてものを考えるんや。もしかしてとか、はっきりせんけど的な事は分かってくれへん。
「あんたのオカンが、俺のオカンと同じやったら、あんたどないする? 俺な、今日なエエこと聞いてんけどな。母親って、息子の初恋の人になるのが最高の宝物になるんやて。な? それを伝えられたら、オカンは幸せやろ? あんたやったら、どうする? あんたのオカンに言うたるか?」
いや、オヤジのオカン、俺のバーチャンやったら、そんな事息子に言われたら、息子の頭がおかしくなった思うやろな。心配しよんで、絶対。だってそんなこと、死んでも言いそうにないもんな、この人。そんな事言う様に育ててへん、口に出して自分のオカンに好きやなんて言われへんやろな。
俺のオカンは、いつでも大好きやって言いまわっとったけどな。
「アホか。そんな恥ずかしいこと言うわけないやろ。どんな顔して言うねん……って、死んでるんやったら、墓の前やったら言えるかな。誰もおらんたらな……でも、そんなん……やっぱ無理やな。俺は自分のオカンがちっさい時から好きちゃうねんな」
せやな、自分のオカンが大嫌いやてずっと言うてるもんな。ぶつぶつと言いながら、オヤジがおれをみチラッと見た。
「お前やったら、言えるんかもな。そんな恥ずかしい事、見ず知らずの俺に相談できんねんから。言うたったらどないや。お前のオカンやったら、きっと喜ぶやろ。お前のオカンは、多分、お前に似て変な奴なんやろ? きっと喜びよるで、言うたったらええんちゃうか。まあ、墓の前か仏壇の前やろけどな。それでも伝わるって」
そうや、オカンは変な奴やのは間違いないし、真衣かて若いってだけで、おかしなとこは年取ったオカンと変われへん。真衣に言おう。ちゃんと話そう。俺が真衣の息子やて、きちんと話そう。
「分かってくれるやろか。真衣は分かってくれるよな。そうやな、ありがとう。決めたわ、俺。ちゃんと、俺の初恋はオカンやて真衣に言うたる」
はーっと大きな溜息が聞こえた。オヤジ、呆れてんのんか?
「俺な、突然現れたお前のこと、なんかめっちゃ気になるねん。おかしな事ばっかり言うし、変に俺に懐いてる気ぃするし。絶対にお前みたいなタイプとはツレになられへん思うのに、お前のことが気になってしゃーない。なんでやろな。ずっと知ってる気ぃまでしてきたわ。だから、いま言うた事は深く追及せんわ。お前のオカンが、あの真衣って子やて俺には聞こえたけど、聞こえへん事にしたるわ。頑張ってこいや」
投げたな、オヤジ。自分ではどうにも出来ん思て、丸投げしよった。でもな、俺にはその丸投げが結構背中押してくれるねん。自分で何とかせーちゅうて、自分でせんとどないも出来んちゅーて言われとるみたいで、俺の闘争心を煽ってくれんねん。
オヤジの意見を、オカンはいつもヨー聞けて言うてた。どないしょうって迷ってばっかやったらしゃーない。オヤジが言う様に、俺は頑張ってみる。
「なぁ、ホンマにこれが最後やって気ぃすんねん。だから言うわな」
「何やねん。またアホなこと言うんやろ」
「アホな事ちゃう。あんな、あんたが大事にしたいと思った女を、ずっと幸せにしたって。でな、息子が生まれたら、大きくなったらオカンと結婚するって言える子供に育てたってな。きっと、あんたの奥さんは世界一の幸せなオカンになれるから」
アホみたいな顔して見んなや、オヤジ。どーせホンマもんのアホやて思てるんやろが。その時、小さな声でオヤジが言った。
「わ、わかった……」
え? 分かったて言うたんか? マジで? アカン。感動して涙出てきよった。アカンやん、止まれへん。
「ちょっ、どないしてんや。おい、泣くなや」
オヤジが俺の頭をくしゃくしゃとかき混ぜ取る。小さい頃によくやられた。なんでか、安心すんねん、これって。オヤジ~……。
しばらくして俺が泣きやんだ後、オヤジは飲みに行く約束があると言って俺を置いて公園を出て行った。最後に、勉強せーよって、あんた何言うてんねん。
でも、若いけど、俺のオヤジはやっぱり俺のオヤジや。頼りないけど、ホンマは頼りになるし、つっけんどんやけど、優しいねん。元の場所に戻れたら、オヤジのことも大事にせなアカンな。