死んでもたんや
マジかよ……
お前が死ぬかもしれへんって、いっつも不安はあってん。
でも、本当に死ぬなんて、信じてへんかったかもしれんわ……そう親父も、亮馬も、俺も……お前が死ぬなんて、思ってへんかってんや、今日の葬式まで……。
棺桶からでも、冗談だよって出て来そうな気がしとってん。せやのに……灰になっってまいよって……。
なんか、俺ん中に空洞ができたみたいや……。
いっつも我儘ばっか言いやがって、人目もはばからず、その重い体を俺に預けて歩いてみたり、顎で人を使って平気な顔して笑っててん。
「私が死んだら悲しいやろ? ほんなら、ちゃんとしてーやっ」
自分の病気を両刃の剣のごとく使いやがって、自由に俺ら家族を牛耳ってたんやなかったんかっ。
なんで、死ぬんやっ。お前、80まで生きたんねんって言うとったやろ。
死ぬ死ぬ言うて、ホンマは80まで生きんねん、ちゅーっとったやないんか。
もうええわぁ……これから、お前の世話みんでええねん……せいせいするわっ。
そうや、お前との約束通り、俺は泣かへんたで……小3の時、お前の病気が分かってから、小さかった俺に、お前って奴はとんでもないこと言うたよな……
「私、死ぬかもしれんけど……泣いたらあかんで、あんたは泣いたらあかん。お兄ちゃんやねんで、亮馬の面倒見なあかんからなっ。あれ、何、泣いとんねん……まだ、死んでないで。まっ、ええか今日だけやで、これが最後の涙やで。ええかっこれからは、私の病気の事で、お前は泣いたらあかんねん。約束やで」
何ちゅー理不尽やっ。俺はまだ小3のガキやってんぞ。
オカンが死ぬかもしれんて聞かされたら、明日にでも死んでまうんかと思ったちゅーねん。悲しくて、怖くて……。それやのに、泣いたらあかんやて……
「お兄ちゃんやからなっ」
お前がそう言うたの聞いて、あのアホは何て言うた?
「そんなアホ、兄ちゃんちゃうでっ。すぐ泣くやん。なぁ?」
いまだに憎たらしい亮馬を、俺はやっぱり見てらなあかんのかっ。
オカン……お前って、死んでからも、我儘なやっちゃな……。
俺に、どないせーちゅーねん……めっちゃ、心臓が痛なってきたやん……
オカン……会いたいねん……心臓、めちゃ痛いねんて……
そう言やぁ、お前言うてたな……心臓のとこには熱~いハートがあんねんで鳩ちゃうでハートやで……それって心やろ?
俺、心が痛いんか……そうか、心が痛いんやな……お前がおれへんから……
あれ? 俺、どこにおるんや? 真っ暗やん……なにっこれ……何も見えへん……
あ~、気分悪っ…………
さっき、火葬場で、えらいもん飲み込んでもたからな。
小さいお前の骨の欠片……摘まんでたら、何気に口に入れとった……
あんとき、アホ亮馬が叫ばんかったら、飲み込まんかったわっ……俺って、オカンの骨食ってもてんぞ。
でも、食ってもたから、会える気がすんねん……オカン……会いたいねんやっ
「んっ…………眩しっ」
もう朝かよ。昨日の夜は、オカンの葬式終わって、自分の部屋入ったら眠ってもてんやんな。カーテン開けっぱなしやったんか。
なんか、寝心地悪いな……背中痛いし。
「おはよっ。よう寝てたなぁ」
誰やっ? 俺の頭の上から話しかける奴。こんなんすんのオカンしかおれへん。早いとこ起き上がらんとショーも無い悪戯されるちゅーねん。
そう思って目を開けた先には制服を着た女子高生……高校生だよな……こんなマセタ中学生はおれへんやろしな。
「だれやねん?」
女子高生? は怪訝そうに顔をしかめとる。何で睨まれなあかんねんっ。
「こっちのセリフや。あんたこそ誰やっ。いきなり現れて、人の膝枕で寝てもたら困るやん。それも、公衆の面前やで」
言われてみて、俺はいま自分がいる所が、自分の部屋でない事に、初めて気づいた。
「ここ……どこや……」
なんだか、見覚えのある公園や。でも、知れへん。来た事あれへんし、俺の家の近所でもない。
「花の町公園やん……自分で来てて知らんのん? 変なやっちゃな」
知らん……でも、見覚えある、聞き覚えも勿論ある。小さい時に、オカンによく連れてきたもろた公園やん。でも、遊具が違うねんな、変わっただけやろって? いや、そんな筈ないねん、俺って毎日ここの前通ってんねんから。通ってる高校がこの先にあんねん。
って、ほんまに、同じ公園なんか?
「なぁ、あんた名前は? 何処の高校? としなんぼ?」
人に聞くなら、自分が名乗れっこのブス……じゃねーか……結構可愛いかもしれへん。なんか、亮馬に似てんな、この女。もしも、亮馬が女なら、こんな感じか? って俺、何いって……いや
「なぁっ、な、ま、えっ」
顔は可愛いけど、強引で厚かましい気がせーへんか。でも、なぜか言う事を聞いてしまいそうや。
「柳田潤太、高2」
「っやっ。タメやん~私も高2やしっ。ここで会ったのも何かの縁や。今から何か食べに行けへん? あんたの奢りやで、勿論」
何でやっ。何で奢らなアカンねんっ。オカンがいつも言うねんでっ奢ってもらい上手にならなってなっ。奢ってもええのは、大事な友達だけやねん、て……
あっ、オカンもうおれへんねんな……何か、がっくりや……しんどいわ。
「どしたん? 元気無くなったやん。お腹、減り過ぎちゃうか? しゃーないな、男前やから奢ったるわっハンバーガーでええか? その前に、ちょっと一服するわな。店んなか入ったら、吸われへんやろっ」
「え?」
そう言って、彼女は鞄からマイ〇ドセブンを出して火をつけた。大きく吸いこんで、煙を吐き出す。美味しそうだ……この表情に見覚えあるな……。
「お前、高校生のくせに煙草はアカンちゃうんか?」
彼女は、眉を片方だけ上げて、俺を睨んでる。
「あんな、13の時から吸うてんねん。今更やろ……で、あんたには関係ないし」
どっかで聞いたセリフやな。
『医者に煙草やめって言われてんやろ。長生きしたかったら、禁煙せーよ』
ボカッ
『痛っ』
『なに言うてんねん。13の時から吸うてんねんで。ちょっと長生きしたいからちゅーて、今やめたら、そんな命根性の汚い奴、明日には死んでまうわっ』
あのアホオカンは、いっつも言うとった。
「おいっ!!!」
俺は、もしかしなくても恐ろしい事に気付き始めている。いや、嘘や。そんな事ありえへん……SFやファンタジーやないねんぞっ。
「何? あんた頭おかしなったんか? 急に大きい声だしなや。びっくりするやろ」
「おっお前……名前……名前やっ、名前、何て言うねん」
俺は、女の顔を食い入るように見つめた。そこに答えがある様な気がすんねん。
「真衣、小松真衣やけど……そんなに、必死になるほど聞きたかったんか。あんた、私に惚れたんちゃうやろな?」
いやっ、決してそんなことにはならへんから。だって、お前は、俺のオカンと同じ名前で、俺の弟にそっくりや……
あっ、俺も死んだんか……そうや、きっとそうやねん。オカンの骨、食ってもたから……それで、死んだんや。あいつの骨なら、毒があってもおかしないしな……そう、そうに決まっとる。
「なぁ、あんた。さっきから何ぶつぶつ言うてんねん。ホンマ、大丈夫か?」
大丈夫な訳、あれへんやろ。俺は、死んでるんやから。まっお前もやけどな……。
いや、待てやっ、やっぱ、ちゃうで……
「俺な、夢、見てんねやわ……せやわ、夢やねんで、これ。わかるか? オカン」
若なったオカンをみつめて、俺はハッキリと言ってやった。アホなオカンが分かる様にや。
オカンが睨んでる。めっちゃ怖い……若かっても、怖いのは変わらんちゅーことか、覚えとかなアカンな、この夢が覚めるまで。
「あんた、今、私の方見て、オカンって言わへんかった。間違うにしたかて、オカンはないんとちゃう? 私、まだ17やしっ」
そうか、オカンには俺のオカンやて自覚がないんや。そうか、この夢の設定では、きっとオカンは純粋な女子高生なんやな。仕方ない、合わせたろーやないか。言う事きかな、恐ろしいしな。
「悪りぃ、悪りぃ。まだ寝ぼけてるんや。こんな可愛い子、オカンと間違う訳ないやん。な? えっと、真衣ちゃんやったっけ、ハンバーガー奢ってくれんねやろ? はよう行こうやっ」
若なったオカン、いや、真衣が……としとこう……真衣がタバコを地面に落として、靴の裏で踏んだ。
お前っ、俺らには、ゴミほかすなちゅーとったんちゃうんかっ。煙草のポイ捨てなんて、最低やろっ恥さらしがっ。でも、喉まで出かかった言葉も、真衣の一睨みで固まった。怖いやん。
「行こかっ」
俺は、いつもと同じように、オカン……いや、真衣の後ろをついて行った。