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近くて、遠い。

作者: 真白 藍


 ――あなたは決して覚えてはいないだろうけれど。

 ――あなたの視界に私は入っていないだろうけれど。

 一言だけ、言わせて下さい。



 ――――大好きです。







 ジリジリと自己主張をする目覚まし時計を殴って黙らせながら、私こと黒薔薇杏奈クロバラアンナは目を覚ました。

 今日は十二月二十四日。私以外の高校生なら好きな人のことを考えるだろうし、小学生なら夜に白い大きな袋を携えた不審者から届くのを待ち望むような日に、今日の朝もとても寒いな、なんて思う私はどこか変なのかもしれない。

 いや、私自身理解しているのだ。これがただの逃げにすぎない、なんてこと。ただ、アイツに一緒にいて、なんて言うような勇気は持っていないだけで。

「杏奈ー、ご飯よー!!」

 おっと、お母さんが呼んでいる。荷物は……もった。着替えは……まあ制服だし問題無い。

「うん、今行く……!!」

 朝食をとるため、階段を下りる。おっと、今日の朝食は鮭か。ご飯もふわふわ。見てるだけで食欲がそそる。

「いただきます……」

 時間もある為、ゆっくりと食べていく。せっかくの朝食だ。ゆっくりと食べなければ損だろう。

「杏奈、そういえばなんだけど」

「何……?」

「祐也君とは、上手くいってるの?」

「……ッ……!? ゲホッ、ゲホッ!!」

 焦った結果鮭の骨を喉につまらせた。なんてことを言い出すんだこの母親は。少なくとも食事中に言い出すことじゃないだろう。

「あら、地雷踏んだかしら?」

「地雷、どころじゃない……」

 それはもはや禁句だ。意識しないようにしていたのに。全く。

「でも、今日は女にとってはチャンスよ!!特攻しなさいな!! 死ねば諸共よ!!」

「わけがわからない……それに、私なんかが勇気出したって、アイツを落とせるとは思わない……」

 やったって無駄なことはわかっているのだ。そんなこと、わざわざ勇気を出してすることじゃない。

「全く……その内気な性格さえ治せれば祐也君もすぐに落ちると思うんだけどね〜」

「……行ってきます……!!」

 わざと音を立てるように茶碗を置いて、荷物を持ち、上着を着る。時間はまだ大丈夫なのだが、これ以上この天然な母親と話していたくなかった。

「あらあら、怒らせちゃったかしら」

「そんな訳ないよ、母さん」

「そうよね、お父さん!!」

 朝から二人の世界に入った両親を無視してドアを開け、外に出る。するとそこには、

「よ。今日は俺の方が早かったな」

 私が恋する男性ひと冬城祐也フユシロユウヤの姿があった。

「いつもは杏奈の方が早いけど、今日は俺の方が早かった。なんか嬉しいな」

「偶然……明日は私の方が祐也より早く家の前にいる……」

 もっとも、家の前といっても隣同士なので、距離的には殆ど変わらないのだが。

「さ、行こうぜ」

「うん……」

 そう言い合った後、二人並んで学校へと歩き出す。学校まではそう距離は無いが、私にとっての憩いの一時だ。もっとも、学校自体は嫌いな為、祐也と一緒にいることが出来る行きと帰りだけの時間だけあって欲しい、と思う私はやはりどこかおかしいのだろう。

「そういえば、今日はクリスマスイブだな」

「そんなの、別に興味無い……」

 嘘だ。一昨日街に行った時に祐也へのプレゼントをしっかり買ってある。それも、三時間くらい悩んで、選んだ物を、だ。

 それでも、私はそれを言う事は出来ない。その理由はやはり、私が臆病で内気だからだろう。

「そんなこと言うなよ。お前用のプレゼントも買ってあるんだから、さ」

「え……?」

 胸がどくんっ、と高鳴る。なんだそれは。不意打ちにも程がある。

「今日もいつもの場所で待っててくれると嬉しい。ちょっと寄りたい所もあるしな」

「うん、わかった……」

 嬉しさを出来るだけ出さないように注意しながら、そう言った。

「お、着いたな」

「うん……」

 平地が続いた後に最後に学校の前にそびえ立つ坂、通称『地獄坂』を登りきり、私達の通う学校へと辿り着く。ここまで来たらもう祐也とはお別れだ。彼はテニスコートに朝練に行かなければならない。

「じゃあな」

「うん……」

 いつものように名残惜しい思いを振り切り、祐也と別れ、教室へと足を進めた。







「まだあんたらは付き合ってないのかい。さっさとくっつきなよ」

 昼休み。一人で教室て母親の作ってくれたお弁当を開けてる姿を見て、私の友人である四季夜香奈シキヤカナは小さな溜め息をついた。

「別にいいじゃない……」

「いや、別に付き合う付き合わないはあんたの勝手だけどさ。いい加減にくっつかないと持ってかれるよ。唯でさえあんな優良物件、そうそういないんだしさ」

「そんなことくらいわかってる……けど……」

「けどじゃないよ。事実、女子生徒達が既に告白したって話も何度か聞いている。今はまだ誰にも靡いていないけれど、いつ靡くかなんて、誰にもわからないんだよ」

「そんなのわかってる……」

「ならさっさと告っちゃいなよ。勝率は十二分にあるって」

「……でも」

 出来ない。言い出せない。

 その理由は、単に――――

「ま、せいぜい頑張りな。私は彼氏のとこ行ってくるからよ」

「うん……行ってらっしゃい……」

 ――私が、臆病者であるということに他ならない。

「はぁ……どうして、私は……」

 香奈からも忠告され。

 自分自身でも分かっているのに。

「どうして……言い出せないんだろう……」

 自分自身に自己嫌悪する。もう嫌だ。なんで私はこんな女なんだ。

「予習でも……しよ……」

 ノートと教科書を取り出す。次の授業は数学だ。予習はやっておくにこしたことはない。

 ――いつ靡くかなんて、誰にもわからないんだよ――

 耳にはびこる香奈の声を頭から追い出し、私はシャープペンシルを走らせた。




          ☆




「あ……六時だ……」

 祐也の所属している部活であるテニス部が終わる時間になったので、私は外に出て、彼といつも待ち合わせている場所――時計の前へと行く為、外に出た、その瞬間。

「あ……雪だ……」

 小さな白い玉がひらひらと舞っていることに気づく。この雪なら明日は積もっているだろう……ホワイトクリスマスとか。リア充爆発しろ。

「……待ってるかな……」

 急ぎ足で行ったが、祐也の姿は無い。そのことを残念に思いながら、時計の下でうずくまる。こうしたら少しは寒いのもマシになるかな、なんて、どうでもいいことを思いながら。

「はあ……まだかな、祐也……」

 そんなことをぼやきながら一人祐也を待つ。だが、彼の姿は見えない。刻一刻と時間はたち、完全下校時刻である七時二十五分まであと五分、といった時間になり、今日はもう帰ったのかな、と思い、腰を上げた、その時だった。

「御免、杏奈!! 部活がなかなか終わらなくて!!」

 祐也が息をきらせながら走って来るのを見つけたのは。

「……遅い……」

「悪い悪い。さ、プレゼントは後で渡すからとりあえず近くの自販機まで行こうぜ。何か奢るからさ」

「本当……?」

「待たせちまったからな」

 それなら許してやろう、と歩こうとした瞬間、

「……あれ……?」

 ドサッ、と音がした。

「杏奈?大丈夫か?」

「うん……多分……」

 もう一度起き上がろうとするが、起き上がれない。雪がクッションになってはいるからいいものの、地面にあたったら痛いだろうな、なんて呑気なことを思いながら、私は静かに意識を失った。




          ☆




 三十八度、五分。

 どうやってかは知らないがいつの間にか家にいた私に下されたのは、そんな死刑宣告にも等しい言葉だった。

「……駄目ね。明日は休みなさい」

「そんな……明日も行く…」

「起き上がれないのに何言ってるの。明日は絶対安静。いいわね」

「……ッ……!!」

 なまじ相手が正しいので逆らえない。でも……休んだら祐也に会えない。

「すみません……俺のせいです」

「本当にそう思ってる?」

「はい。俺に出来ることなら、なんでもやります」

 祐也が申し訳無さそうな顔で私のお母さんにそう言う。何も悪くないのに。

 悪いのは、全部私なのに。

「そう。じゃ、杏奈が治るまで全ての世話を貴方がやりなさい」

 ……へ……?







「杏奈。ほら、ご飯だぞ」

「ありがと……」

 何故か母親のそんなふざけた命令を二つ返事で引き受けた祐也は、私にお粥を持ってきてくれた。

 ……訳がわからない。どうしてここまでしてくれるのか。悪いのは彼じゃないのに。

 そんなことをしても、彼にメリットなんて無いのに。

「ほら、口開け」

「……へ……?」

 ……待て。今なんて言った?

「ほら。スプーン持てないだろ?」

「そうだけど……!!」

 ちょっと、それは、恥ずかしすぎる!!

「……空けないのなら、強引に押し込むぞ?」

「――――!!」

 彼の言葉に妙な迫力を感じ、急いで口を空ける。いい子だ、なんて言いながら、祐也はスプーンを私の口に入れてくれた。

 ちなみに普通においしかった……私より美味しいって……なんか……嫌になる……






「ねぇ、祐也……」

「ん、なんだ杏奈?」

 一種の羞恥プレイを終えた後、私は気になっていることを聞いた。

「どうして……お母さんのあんな命令に素直に従ったの……?」

 あんな命令に従ったって、祐也には何のメリットも無い。それどころかデメリット塗れだ。聞く意味の無い命令の筈だ。

 それなのに祐也は文句一つ言うことなくその命令を聞いた。その理由が、どうしても知りたかった。

「そうだな……お前と一緒に居たかったから、というのは駄目か?」

「誤魔化さないで……」

 顔が真っ赤になるのを自覚しつつもそう言う。そんな曖昧な答えじゃなく、祐也の真意が知りたい。

「……お前の事が、好きなんだよ、杏奈」

「……え……?」

 だが、返って来たのは予想もしない言葉だった。

「気がついたらお前のことが好きだった……でも、お前に振られて今の関係を崩したくなくて、話せなかった……他の女子に告白されても、何をしても、お前のことが離れないくらい、お前の事が好きだったんだ」

 ち、ちょっと待って欲しい。なんだって?

 ユウヤガ、ワタシノコトヲ、スキ?

「今回、お前のお母さんから話を持ち掛けられた時は、千載一遇のチャンスだと思った。お前に気持ちを伝えることの出来るチャンスだと。だから――」

 ――――言葉は、もう必要無かった。

「――――ッ!?」

 彼の唇に口づけ、寝ながら立っている彼を抱き締める。今は熱が出ているから、大胆になってるんだ。そうなんだ。

「……本当に、いいの……?私で……私、嫉妬深いよ……」

 唇を離して確認をとる。黒薔薇の名字は伊達ではない。彼が他の女子と談笑している時でさえ、嫉妬心が出て来てしまうくらいなのだから。

 だが、彼は笑って言った。

「上等だよ、杏奈。俺はお前を一生愛することを誓う。だから、お前も俺を一生愛してくれ」

「うん……!!」

 笑顔のまま彼に口づけ、そして――――






「行ってくるね、お母さん……」

 ご飯を食べ終えた後、ドアを開けて外に出る。するとそこには、

「よ、杏奈」

 私の彼氏となった、祐也の姿があった。

「……今日も、負けた……」

「じゃ、明日はもっと早く起きることだな」

「意地悪……」

 ぷくっと頬を膨らませながら言う。最近は祐也に負けてばかりだ。明日こそは早く起きないと。

 後一つ、変わったことがある。それは――――

「さ、行こうぜ杏奈」

「うん……」

 手を繋ぎながら登校するようになったこと。なんか初々しいカップルみたいで嬉しい。実際そうだけど。

「……でさー……」

「え……そうなの……?」

 そんなどうでもいい会話をしながら、校門前へと到着する。いつものように祐也が行こうとするのを呼び止め、

「……ん……」

 生徒達が見ている中、その唇を奪う。

 これが最近の私の生活だ。まあ、何が言いたいかというと、

 私は今、幸せだってことだ。


暇があれば、祐也視点のものも投稿します。

読んでいただきありがとうございました。


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