〜少女〜
「で、お前はなんでこんな所にいるんだい?」
何度目になるかわからない質問を俺は繰返した。
気配の正体は一人の少女だった。年はおそらく15、6だろう。
着ている服はボロボロでしかもこんな山奥にこんな夜中に一人で居たのかまったく持って判断がつかない。
「だんまりを決め込むつもりか?」
少女は火の脇に座り込んでただ火を見つめている。よくみると少女は小刻みに震えていた。
服装をよく見たらどうも薄着の服を着ていて寒いようだ。靴を見てみると泥だらけで少女が獣道を一人で長時間歩いていたのが解る。
「寒いのか?もう少し火を強くしてやるよ」
俺は火に薪を投げ込んだ。どうせ朝には帰る予定だったから残しておく必要もないだろう。
「ありがとう…」少女は呟いた。
ようやく喋ったと思ったが彼女はまた口を閉じてしまう。
パチパチと火が燃える音だけが続く。一体コイツはなんなんだ?
この辺りでキャンプをしていた奴は居ないはずだ。山籠もりをするときはあまり他人に会いたくはないのでその辺りは丹念に調べていた。近くに別荘地が有る事にはあるが車で2時間はかかる距離だ。まさかそこから歩いてきたのだろうか?
「お前何処から来たんだ?名前は?何でこんな所に?」
ぐー……。
返事の代わりに腹の鳴る音が聞こえた。
「お前、腹へらしているのか?」
少女が顔を赤らめる。返事は無い。
「……ったく。まぁ目の前で飢え死にさせるのも目覚めが悪いわな。」
俺はテントから缶詰とパン、それに魚を持ってきて火にかけた。パンを二つに割って少女に投げる。少女はうまくパンをキャッチしてこちらを見つめ返し『いいの?』という目でこちらを見返した。俺がうなずくと少女はパンにかじりついた。
「魚もすぐ焼ける。俺の明日の朝食の予定だったがお前にくれてやる」
そう言いながら俺は残りのパンにかじりつく。パンを口に含みながら缶詰を開けて温めはじめる。
「ありがとう…。」また少女は呟いた。
「別に構わねぇよ。どうせ明日の朝には帰るつもりだったんだからな。礼なんかはいらねぇから名前ぐらいは教えろ。いつまでもお前って呼び続けるのもなんだしな。」
少女はもくもくとパンを食べ続ける。パンを食べきった少女に俺は温めた缶詰の半分を紙皿に取り分けて差し出してやった。
「……月」少女が呟いた。
「えっ?」
俺は聞き返した。
「私の名前。神無月。神無月紗耶香」
ようやく名前を名乗った少女。「良い名前じゃないか。俺は高松健一ってもんだ」
俺はようやく心を開いてくれた紗耶香に焼けた魚を差し出した。紗耶香が魚にかじりつく。
「おいしい」紗耶香は微笑みながら言った。
「名前は分かった。次は何でお前がこんな真夜中の山の中に居たのか理由を教えろ」
少女はこちらをまっすぐに見つめてくる。透き通った目をしている。こちらのすべてを見透かすような透き通った目。少女は少し考えるそぶりをしながら口を開いた。
「わからない」
「どういうことだ?」
「名前以外は思い出せないの。私がなんでここに居るのか。」
「……記憶傷害ってわけか?」
紗耶香がコクンと頷いた。
「気づいたら山の中で倒れてたの。長い時間歩いていたら火を見つけて人がいると思ってここまで来たの」
「記憶障害ねぇ……、信じろってのか?」
また辺りを静寂が包む。俺は少女を観察した。
ボロボロの服装…元々、年頃の少女が着るような飾り気のある服装ではなく機能だけを重視した服装。それにウェストバッグをつけてる。
「そのウェストバッグの中身は?なんかお前の正体がわかるかも知れない。」
「…バッグの中身」
「そうだ。バッグの中にお前の身元や何かを示すものがあるかも知れないだろ。見せてみろ。」
紗耶香はバッグを外して中身を取り出した。
「手帳に…それはフロッピーディスク?」
手帳の中身を見て良いか?と目で紗耶香のほうを見る。頷いた紗耶香から手帳を受け取り手帳の中身を見る。
「スケジュール帳か……?」
手帳の中身は一般的なスケジュール帳だった。ただ書いてある内容がいまいちわからない。
いくつか○印が付けられている日付。時間と単語だけ書いてある項目。単語の意味も分からない。船、車等とと書いてあるものもあれば地名と時間だけのものもある。
「意味がわからねぇな。紗耶香、コレみて何か思い出せそうか?」
「思い出せない。……頭痛い。」
「頭でも強く打ったのか?山道で転んだとか。気づいたときは倒れてたんだろ?」
「そうかもしれない。」
俺は紗耶香の頭を明かりで照らして触ってみる。
「血は出てない…痛いか?」そのまま頭をなで回す
「少し痛い…」後頭部にこぶが出来てるようだ。
俺は煙草に火を点けて腕を組んで考え込んだ。バッグの中に財布でもあれば学生証とか身分を証明できるモノが出てきただろうがバッグの中身は何が書いてあるか分からない手帳とフロッピーディスク。分からない事だらけだ。
「まぁいい。さてどうするかな。朝にはテントをたたんで帰るつもりだったが、寄るところが増えちまったな」
紗耶香は、はっとした目をこちらに向ける。
「警察に寄らなくちゃな。保護くらいはしてくれるだろ」
「嫌」
……拒絶された。
「お前だって何時までも一人で山の中ふらつくわけにいかねぇだろ。ここにお前を置いていくわけにもいかねぇし」
「警察は嫌」
はっきりと紗耶香は言い切った。
「紗耶香、お前どういうつもりだ?警察に行けば保護してくれてお前の両親が見つかるかも知れないだろ?」紗耶香は首を強く横に振った。
「両親の所に戻らないでいいってのかよ?何を考えてんだ?」
紗耶香は黙ってうつむく。こうなったら無理矢理にでも警察に連れて行ってやろうか?
「このままじゃダメだってわかってる。でも警察は嫌」
「いつまでわがままを言うつもりだよ。いい加減にしろ。」
俺は紗耶香の腕を取って車まで連れて行って押し込もうときめた。
「来ないで!」
紗耶香が俺の手をはらう。
「……お願い。警察だけは…嫌」
なんだってこんなめんどくさい奴に会ってしまったのだろう。自分の運を呪う。
「……わかったよ。警察には連れていかねぇよ」
「本当?」紗耶香が俺を見つめ返す。
「嘘はつかねぇよ、約束する。これからテントたたんで何処でもお前が好きなところまで連れてってやる」
紗耶香はまた俯いて少し考え込む仕種をした。
「………家」紗耶香が呟いた。
「あなたの家に連れて行って」
なんて事を言い出すんだコイツは。この期におよんで俺の家に転がり込むつもりだろうか。
「何処でも好きなところって言ったよね、高松さん」
「確かに言ったが」
「嘘だったの?」紗耶香が悲しそうな目を向ける。
「仕方がないな、わかったよ…」紗耶香が満面の笑顔をこちらに向けてくる。
「確かに何処にでも連れて行ってやると言ったからな。男に二言はねぇよ」
『本当?』という目でこちらを見つめてくる。仕方がない。「しばらくの間だけだぞ。思い出すまで付き合ってやるつもりはない」
「それでもいい」
思い出せない不安ってのが紗耶香にはあるんだろう。記憶を無くして初めて出会ったのが俺だが。
「しかし紗耶香、俺は男でしかも一人暮らしだぞ?」
あらかじめ断っておくが俺はロリコンではない。「お前だって見も知らない男の家に転がり込むのはいい気がしないだろう」当然の事だ。年頃の少女が男と住むなんてのもな。
「高松さん…やさしそうだから」紗耶香は微笑みながら返した。
「やさしいたって年頃の女が男の家に転がり込むってこたぁ」俺の言葉を紗耶香は遮った。「高松さんはロリコンなの?」俺は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「馬鹿な事を言うんじゃねぇ!誰がお前なんかに欲情するんだよ!」コイツはなんて事を言い出すんだという目でにらみ返す。
「なら安全」紗耶香はうんうんと腕組みをしながら頷く。俺は馬鹿にされているんだろうか?
「そうと決まったら早く貴方のお家へ行きましょう」紗耶香は車の方へ向かっていく。記憶を無くして心細いなんてそぶりは微塵も感じられない。なんて奴だ。最初のしおらしさも全部演技に見えてきたのは気のせいなんだろうか。俺は呆れかえりながらもテントをたたむ準備をはじめた。「お前も手伝え、そこにバケツがあるから川へ行って火を消す水をくんでこい」俺は紗耶香にバケツを指さしていった。「わかったよ、高松さん」
「俺の事は健一って呼べ」俺は紗耶香に言った。「これからしばらくは一緒に暮らす事になったんだ。いつまでも苗字ってのも味気がないな」
「わかったよ健一さん。これからよろしくね」
俺は頷いた。
「名前じゃなくて…お父さんって呼びましょうか?」
「ふざけるな。俺がそんな年に見えるってのかよ!」
紗耶香は笑いながら川の方へ歩いていった。