通院
「また少し体温が下がっていますね」
主治医である柳川先生の一言に溜息をつきそうになる。
34.8度。人の体温としては低い。あたしの病は徐々に体温が低くなっていくというものである。原因は不明。母さんはこの病によって、20歳で亡くなった。長く生きたほうだと、父さんは言っていた。遺伝的なもので、母は祖母から、わたしは母からこの病を受け継いでしまった。母さんを恨んだことがないとは言えないけれど、わたしは産んでくれたことに感謝している。弱った体に宿った命を捨てたりしなかった母さんを恨んでは罰があたるだろう。
「柳川先生、わたしはあとどれ位学校にいられますか?」
「このままの速度で進行が進めば、進級できるか分からない」
体温が34度を下回った時点で、入院することを約束させられている。残り0.8度の猶予はあまりにも短い。高校2年生になってから、体温が低下する速度が格段に上がった。わたしの命の火は急速に小さくなりはじめたのだ。
隣に座る父さんがそっとあたしの頭を撫でた。何も言わないのは、何を言っていいのか分からないからか。それとも、母さんを思いだしているのか。
「明奈ちゃん、今日は精密検査を受けていってくれるかい?」
「分かりました」
問診が終わり、とりあえず待合室に戻る。
「父さん、家にいったん戻っていて。終わったら、連絡するから」
精密検査を受けるとなると、長くかかるだろう。待たせるのは、わたしが嫌だ。
「うん。ご飯作って待ってるから」
「あははっ、久しぶりの父さんのご飯楽しみだなぁ」
「とびきりおいしいもの作るからね」
「うん」
バイバイ、手を振って父さんは家へと帰っていった。
これで気が楽になる。目をつぶって名前を呼ばれるのを待った。
「明奈さんか?」
名前を呼ばれるには早くないか?不思議に思って目を開ければ、来週からわたしの弟になる榊侑斗がいた。どうして病院なんかにいるのだろう。
「こんにちわ、侑斗君。どうして病院に?」
「それはこっちのセリフだ」
一緒に食事をした後、病気の事を黙っていて欲しいと父さんに頼んだ。もしかしたら、遥香さんは知っているかもしれない。けど、少なくとも彼はわたしの病気を知らないはず。
「友達のお見舞い、かな。侑斗君は?」
知られたくないと思った。だから、嘘をついた。
「・・・知り合いの見舞い」
嘘つきなわたしだから分かる。彼は今、嘘をついた。わたしと同じ種類の嘘。
「明奈ちゃん、いいかな?」
わたしの思考を遮るように聞こえたのは、柳川先生の声。
「はい、今行きます。じゃあ侑斗君、またね」
「あぁ」
詳しくは言わなかったし、詳しく聞かなかった。そして、わたしたちは嘘をつきあった。
どうして嘘をついたのかなんて、聞けない。聞かれて困るのはわたしなのだから。
文章中にある病は架空のものです。実際に存在するものとは一切関係ありません。




