涙の理由
一度流れでた涙は簡単には止まらず、結局遥香さんにあやしてもらうことになってしまった。「大丈夫」と繰り返し言われ、わたしはそれに甘えた。恥ずかしい、なんて思う間もなかった。
人前でこんなに泣いたのは久しぶりな気がする。
幼稚園のときだって、泣いて先生を困らせるなんてしなかったのに。
「……、ごめんなさい。服を濡らしてしまいました……」
「いいのよ。気にしないで。大丈夫だから」
赤く腫れているだろう目に遥香さんは水で濡らしたタオルをのせてくれた。
クッキーは私が作っておくから部屋で休んでいて。そう言われたわたしは素直に部屋に戻った。
タオルを目にのせたままベットに仰向けに寝転がり、お腹の上で手を組み合わせた。
どうして、泣いていたのか。
自分でもよく分からない。
「泣いてるのに気が付かないとか……意味分かんない」
遥香さんに指摘されるまで、自分が泣いていることに全く気が付かなかった。
ねぇ、どうして?
「……だれか、おしえて」
父さんの好きなもの知らないってことが悲しかったから?
遥香さんが父さんの好きなものを知っていたから?
コンコン。
思考を遮るようにして、ノックが聞こえた。「どうぞ」と答えれば、ゆっくりと扉が開き誰がか足を踏み入れる音が聞こえた。
「明奈……?」
侑斗君の声。
「何?」
起き上がろうとすると、いつの間にか近づいていたらしい侑斗君に頭を抑えられてしまった。起き上がれない……。
「そのままで、いいから」
「ごめん……ありがとう侑斗君」
赤く腫れた目を見られるよりは気が楽だ。侑斗君の行動に助けられた。
「何があったんだ?」
「………………」
「話したくないなら、別にいい」
「話したくないわけじゃ、ないわ……わたしにも何があったか、よく分からないの」
クッキーを作ることになったこと。
ナッツが嫌いなこと。
父さんがナッツを好きだったこと。
自分がどうして泣いていたか分からないこと。
鼻声でゆっくりと話した。侑斗君は相槌を打ちながら最後まで話を聞いてくれた。
「人の気持ちなんて、他人には分からない。けど、たぶん明奈は寂しかったんじゃないか」
「寂しい?」
「今までずっと柚樹さんと2人だっただろ。前触れもなく家族が増えて、しかも自分のほうが長く一緒にいたのに知らないことがあった。悲しいとか、寂しいとか感じることがあっても仕方ないだろ」
「侑斗君も、そうだった?遥香さんと2人だったのに、父さんとわたしがそこに入り込んで、知らないこととかがあるって分かって、悲しかった?」
「どうだろうな。俺は、母さんが笑ってればそれで良かったからな。再婚て聞いて驚いたけど、柚樹さん良い人だから安心した。俺の父さん最低な奴だったから」
互いに似た境遇であったからか、話を聞いたり話したりする中で理解し合える部分が多かった。
「話、聞いてくれてありがとう。助かりました」
タオルを目の上から外し、ゆっくりと起き上がってわたしは侑斗君にお礼を言った。
「どういたしまして。もう大丈夫だな」
「うん」
侑斗君が出ていった扉をじっと見つめている中で、わたしは胸が熱くなるのを感じた。
もっと一緒にいたい。
もっと話していたい。
もっと……。
こんな感情わたしは知らない。
この感情の名前は、なに?




