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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もう一つの空

作者: 黒星 白

 

 身をよじっても、つかまれた顎のせいで動くことができない。


「……んっ」


 素肌の背中に触れるコンクリートのつめたい感触に、拓夜は身をすくめた。


「大丈夫?」


 拓也は黙って頷いた。

 そう聞いてきたのは城野秀星きの しゅうせい18歳高校三年生。


「んー、そろそろ人が集まってきたなー……」


 キスの合間に言われ焦って城野の着たカッターシャツの裾を引くのは山根拓夜やまね たくや17歳同じく高校三年生だ。


「ちょっ……しゅ、せっ……」

「だーいじょうぶだって」


 壁のすぐ向こう側では同じ部活の仲間が、照りつける太陽の下で光の反射するプールで思い思いウォーミングアップをしているというのに。


 今拓夜たちのいるのはプールへ続く階段の半ば、拓夜の頭上にはフェンスがありもうそこはプールサイドだ。


 部員たちが普段使う西側の階段は更衣室や校舎につながっているが、北側にあるこちらの階段はボイラーやプールの管理設備などがあるだけなのでとくに利用するものはいない。


「拓夜……」

 薄暗い場所に響いた自分の名前を呼ぶ低くかすれた声に、拓夜は思わず自ら唇を寄せた。


「あれー、山根達まだきてないのかー?」

 すこし離れた場所で自分たちを呼ぶ部長、関和己せきかずみの声に我に帰る。


「しゅ、秀星っ……俺先行くから」

 整った気の強そうな顔を赤く染め、拓夜はさっさと階段を駆け上がり関になにやら話しかける。


「おう、どこ行ってたんだよ。」

 丁度自ら体を挙げた関には顧問に頼まれて秀星と設備の様子を見に行っていたのだと伝えた


「ふーん、ま。さっさと準備してこいよー」

  

  関は、身長も170センチなく水泳部の中でも一番小柄だった。


 それでも部長を務めているのは、彼の泳ぎもさることながら人当たりの良さもあるのだろう。

 小動物のように人懐っこいく頼りない男かと思えば、彼なりの器の大きさというのもあって周りには自然に人が集まった。


 それに対し、拓夜は身長もそこそこある、と言っても大柄な秀星と並べば、181センチと172センチ。差は一目瞭然だった。


 大きくいつも潤んだようなつり目は長いまつげがふちどり、高い鼻に控えめだが赤い唇に惹かれる女も多い。


 水泳部の割に、日焼けしない質らしく、周りの部員に比べひときわ白さが目立っていた。


「あ、出てきた。なんだよあいつーまだ着替えてないの?」

「え、あ。ああ、そうみたいだな。」


 渋々と階段を登ってくるのは、先程の行為を中断したからなのか。

 自分で切り上げたとはいえ、思い出すと体に熱がもどるような気がして、拓夜は秀星の顔から目をそらした。




 飛び込み台に上り、ゴーグルを装着する。台に指を掛け前かがみでコースを見据える。



 ――この瞬間が好きだ。


 拓夜は思った。



 ――自分が水になる、プールの色が視界を埋める、この瞬間。


 短く、息を吸った。







「拓夜あー、マックよってかね」


「いいけど」


 釣れない返事が、決して迷惑さを含むものでは無いと気づく者は、一体何人いるのか。

 秀星は純粋な呆れと自分の独占欲を思わせる疑問にため息をついた。


 着替え中だった拓夜は反応して振り返れば一転、気遣わしげな瞳が秀星を見据える。


「いいけど、なんなの」


 秀星が改めて聞くと、拓夜はなんでもないことのように「別に、」今日は俺の誕生日だから。とつづけた最後の方は、聞き取れないくらいの小さな声だった。


「えぇ? なにそれ、俺聞いてない」

「言ってないもん」


 拓夜と秀星が関係を持つようになったのは、進級してからだ。

 年間を通して部活で一緒にはいるものの、中学も同じではないことからお互いそれぞれの友人とつるんでいたような状況だ。


 それが覆ったのは、三ヶ月前のクラス替え当日。






 HRも終わり、改めて自分達の引っ張っていくチームだと、気持ちもあたらに一人早足でプールに向かった秀星。


 部室の鍵は朝練から開けっ放しだったので、なんの躊躇いもなくドアを開ける。


「えっ……う、うそ……」


 細い声を出すのはチームメイトで同級生の山根だった。

 既に下は競泳パンツに着替えたらしく、羽織ったジャージの下から細く白い太ももが覗いていた。

 ――ほっせえな。よくあれで泳げる。


 自分に比べれば一回りも華奢な身体で、タイムは全国でも競えるレベルなのだから、感心こそすれ女のようだとからかう気もおきない。


 あからさまにうろたえた態度に不思議に思うが、別段変わったこともない。


「早いな、拓夜……だっけか」

 びくっと肩を震わせ焦ったように俺の方を振り返ると、来ていたジャージを脱いでなにも言わずに出ていってしまった。


 不審に思った秀夜は、拓夜が存外大切にそうにベンチに置いていったジャージに目をやると背中の名前にが目に入った。


 ――え?



『KINO .S』

 ――俺の、ジャージ?


 何故山根が、今朝来てきてからしっかりロッカーに締まったはずの自分のジャージを着ていたのか。

 手に取ると、たしかに自分のものではないぬくもりがあった。


 気づくと、秀星は山根を追って部室を飛び出していた。

「山根っ!」拓夜はボイラー室へ続く階段に山根は縮こまっていた。


「山根、なんで俺のジャージ着てた?」


 途端、肩を震わせ腕で顔を覆い膝に顔をうずめてしまう。


 秀星は少し心配になり腕を掴んでどかすと拓夜は顔をおそるおそるといった風に顔をあげた。

 見事に泣いていた。

 大きな瞳には涙でマーブル模様が描かれ、目元も赤く染まっている。


「おい……」

「気持ち悪かったんだろ」


 秀星が口を開きかけると遮るように拓夜が口にした。

 たった今まで泣いていたハズの瞳はしっかりと秀星を睨みつけ、口を次ぐのは自虐の言葉だ。

 本の容姿も相まって生意気に自分をにらみ上げるその姿に、秀星の苛虐心が湧く。


「……だから、なんで俺のジャージ着てたんだよ」


 一転。拓夜は目を伏せて黙り込んでしまった。

 つかんだままだった腕がわずかに震えているのを感じ、今度ははっきりとした確信をもって拓夜に問う。


「じゃ、なんで、今泣いてんの」


 今度秀星を見返したのは、先程の生意気な目ではなかった。

 はっきりと色をにじませるそれは、懇願するようで、縋るようで、秀星が今まで向けられたことの無い種のものだ。


 秀星はとったままの腕を拓夜の背にしているアスファルトに押しつけ、驚いている拓夜をよそに自分の唇を拓夜のそれと重ねた。


「……っ」


 咄嗟に挙げられたもう片方の腕が自分の胸を押しのけようとしているが、ただ添えられているかのようなそれは無意味だ。


「で、なんで泣いてたんだっけ」


 ただ押し付けるだけの不器用なくちづけを終え、呆然としている拓夜に再び聞いた。


「べ、別に意味なんてねえよっ、そんなことより何するんだ! 俺は男だぞっ、男とこんな……」


 その瞳に先程のような色はなく、気の強そうな態度で拓夜が言い募るが、秀星は飄々とした態度を崩さなかった。



「……じゃ、なんでお前はそんな嬉しそうなの?」







 それから、今までの時間を埋めるように二人一緒に過ごすようになった。

 最初の頃こそお互いに戸惑いもあったものの、もともと趣味も考え方も合う質らしく、すぐに気の許せる相手となった。


 最近では、放課後お互いの家に立ち寄ったり、ファストフードで食事をしたりとますます二人で過ごす時間は長くなっていた。


 しかし、実は相手誕生日も知らなかったのかと、秀星は若干愕然としていた。


「わ、わりい、なんか。俺なんも用意してないけど……」

「いいよ別に、俺もお前の誕生日知らないし」


 そうは言っても、秀星の誕生日は4月6日、毎年春休み中でこれといって祝ってくれる人も居ないし、実際自分でもどうでもよかった。

 だが、なんとなく。なんとなくだが、秀星の中に、拓夜のことは祝ってやりたいという気持ちがあったのだ。


 近頃うっすら出来つつある「恋人同士」という関係での自分の立場上、自分が拓夜の誕生日くらい祝えなくてどうする、と。


「なんか欲しいもんないの? 先週バイト代でたんだ」

「いいってば、別に欲しいものもないし」

「いいから言ってくれよ、俺がなにかお前にしてやしたいんだ」


 とは言われても、拓夜にもそんな秀星の金銭事情くらい考慮できる。

 お互い金欠なのは当たり前だとして、秀星に至っては親元を離れて一人暮らしをしている。


 日々の生活費やらなにやらの一部をバイト代で工面することで、学校の近くにアパートでの一人暮らしを許してもらったのだということは、いつもの会話のなかから把握していた。


「じゃ、星の中で泳いでみたいな。真っ黒な空に星が浮いた真ん中で、お前と泳いでみたい。」


 口にしたのは、小学生に上がったばかりの頃の絵空事だ。


 ブレザーの前を止め終わり、鞄を抱えながら続けた。


「可愛いだろ。俺の小さい頃の夢」


 冗談を交えながら言うと、存外真面目な顔をした秀星がいた。


「行こう」


「は?」言葉が理解できないというふうに、拓夜が言っても秀星には届いていないのか、それとも故意に無視しているのかはわからないが、言葉をつなぐ。


「今日ってよく考えたら七夕じゃん。晴れてるし、うん。大丈夫、泳げるよ」


 俺がお前を星の真ん中で泳がしてやる。そう言って不敵に笑った秀星に、拓夜は内心嫌な予感しか覚えなかった。





 ――数時間後、なぜか拓夜は校門の前にいた。


 10時をまわり、さすがに校内には誰もいない。

 住宅街からもすこし離れた場所にある周りにも人影はなかった。


「なんで……こんなことに……」


 秀星から携帯に電話がかかってきたのは30分前。

「今から学校に来い、誕生日を祝ってやる」拓夜が何か言う前に、電話は切られてしまった。


「おお、早いな。さ、いくぞー」

「いくぞーって、何処にだよ、こんな時間に!」


 自分が呼び出しておいて、(しかも学校も近いのに)遅れてきた挙句さっさと先に行ってしまう秀星のあとを追いかけながら言うのに、秀星はなんでもないように学校の門を登っている。


「こんな時間じゃないと泳げないだろ、あ。ほら、晴れてる晴れてる」


 嬉しそうに空を見上げていう秀星に、拓夜は今更ながら呆れていた。


(実は本当に馬鹿なのかもしれない……)と。



 ついたのはいつものプールだった。

 プールサイドへ続く階段の途中で、秀星が様子を伺うように壁から顔を覗かせる。

 そうして初めて、学校に深夜侵入している。という状況を意識した。それを意識させないほどに、秀星の態度は楽天的だったのだ。


「ちょ、秀星。やっぱり帰ろうよ、見つかったら……」

「おっけー、完璧。」

「は?」


 自己完結したようなことを行って一人プールサイドへの階段をかけ登って行ってしまう秀星、心細さを覚え、急いであとを追うと修正はいつも使う飛び込み台の上にいた。


「来いよ」


 月明かりが照らしているわけでは無い、暗い中でも秀星の顔が思いの外はっきりと見える。

 すこし不思議に思いながらも近くに行く。


「登れって、綺麗だぞ」


 星空ならすでに見えているというのに、よくわからない事を言う秀星のしかしその顔に惹かれ踏みなれた飛び込み台に足をかけた。


「……!」


 そこは立ち慣れた場所のハズなのに、景色は全く違った。

 風のない夜、静かな水面には星の一つ一つがしっかりと映り込みそこにだけ星空が広がっているようだ。


「す、ご……」

「だろー、前に忘れ物してさ。夜部室来た時見つけたんだ」


 なんてことないように言う秀星の声を聴きながら、拓夜は突然地面に咲いた星の花に目を奪われていた。


「ほら、泳ぐんだろ」

「え、うっわあっ!」


 不意に背中を押され、次の瞬間には水の中だった。

 身に付けていたジーンズと白いYシャツが水を吸い重たくなっているのがわかる。


「急に押したら危ないだろう!」

「いつも飛び込んでるじゃん」


 それとこれとは話が違う。と言おうとして、拓夜は秀星の自分に向ける眼差しに気がついた。同時に、お互いの顔がはっきりと見える理由にも。


 水面に反射する星の光だ。


 拓夜は、秀星を見上げると背泳ぎの容量で星空を見上げるように浮いた。


 拓夜が不本意に飛び込んだ水面は静まり、上も下も空に挟まれているような錯覚に陥る。

 冷たい水が、いつにもまして自分の火照った身体を覚ましているようで気持ちよかった。


 ――あ、天の川……綺麗だな。

 拓弥がそんなことを考えていると、


「好きだよ」


 突然、鼓膜に響いた秀星の声。

 内心慌てたが、見上げる星の静かさにじたばたともがかずに済んだ。


「言えなくて悪かった。俺は、拓夜が好きだ」


 拓夜は目を閉じて秀星の告げる言葉に耳を傾ける。


「少し……怖かったのかもしれない。お前に気持ちを言うのが。

 でも、それも終わりだ。」


 目をやると目があった。

 波を荒らげないように水に入ってくると拓夜を立たせる。


「秀せ……俺も、秀星が……」


 気持ちをはっきりと伝えていないのは、実は拓夜も同じだった。

 本当は、秀星の気持ちなど自分に向いていないのではないか。好きなのは自分だけで、秀星は自分をからかっているか、一時的に感化されただけの衝動的なものなのではないか。


 一番答えを出すのを恐れていたのは拓夜だ。


「だから……なんで泣くんだよ」

「ご……め……俺も、俺も秀星がす……」


 拓夜が言い終わる前に、秀星が拓夜の唇を塞ぐ。


「……んっ、ぅあっ……」


 突然されたキスに、慣れているわけではない拓夜は呼吸が乱れる。


 今までも毎日のようにされてきたが、ここまで濃厚なものは初めてだ。後ろ頭をしっかりつかまれていては逃げることもできない。

 お互いの呼吸まで貪るような行為に少なからず慌てて秀星の来ている黒いTシャツの裾をひくことで苦しさを訴える。


 ようやくつかんでいた頭を話され、空気を肺に取り込むことに一生懸命になる。


「で、なんて?」


 秀星は、質問ばかりを拓夜に投げかける。

 それも、拓夜が頬を染めるような、意地の悪いものばかりだ。


 秀星が、普段澄ました拓夜の、誰にもみせることのない照れたような困ったような顔を独占し、自分だけがみたいからだということに拓夜は気がづいていない。

 秀星も、今後言うつもりはなかった。


「し、秀星が……俺も秀星が好きだ。ずっと好きだった。

 ジャージを着てたのも、あの時泣いたのも、ぜんぶ、秀星が好きだったからっ……」


 堰を切ったように溢れる涙を拭う必要もないほど、拓夜は濡れていた。


 秀星は拓夜を抱きしめ、嗅義慣れた塩素の匂いのする髪に鼻をうずめた。一瞬身体をこわばらせたものの、すぐに緊張がとけて、拓夜が自分に身体をあずけたのが分かった秀星はさらに腕に力を込めた。


「しゅ、せ……い、いたい……」


「俺んち来いよ」


 拓夜の言葉を無視して告げられた秀星の言葉に、拓夜は赤かった頬をさらに染めながら小さく頷いた。





ブログにて、七夕用に書いたSSです。

この話は初めてモデルが存在します笑


本当あの二人仲良しなのよね。

リアルは駄目だっていう人も多いけど黒星は行きます。(どこへ

これはなんというかシリーズ化の予感しかしないですよね(*´∀`*)

関くんが隠れ美少年だといい!!←


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