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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
外縁祠群と星見台の先

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第57話 風受けの小祠に、最初の風が戻る

 入口祠の向こうに現れた外の道は、朝になると少しだけ輪郭を濃くしていた。


 草の中に並ぶ白石は、村の白石道より細い。ぽう、ぽう、と弱く光りながら、丘の向こうへゆるく曲がっている。昨日までは何もなかった場所に、足を置く場所がある。道の先には、第一外縁祠。風受けの小祠。名前だけだった場所が、今は現実の草の中へ伸びている。


 ミオは透明な板をかざし、白石の列を見た。アナライザブルデバッガー越しには、入口祠から外へ伸びる細いリンクが見える。水、塩、豆札、村の名、白狐さんの守護印。それらが一本の線になり、まだ眠っている小祠へ向かっていた。今日は、その道を歩く。外縁祠群へ向かう最初の一歩を、村の足で踏む日だ。


「ミオ様、供物札はこちらでよろしいでしょうか」

「うん。水札、塩札、豆札、道守り札。四つで行く」

「油揚げは」

「白狐さん、すごく自然に入ってきた」

「道守り札には、供物が必要です」

「必要なのは分かるけど、量は?」

「普通です」

「昨日の交渉、まだ効いてる」

「普通は大切です」


 リタは小さな包みを大事そうに抱えた。中には水をしみこませた布、塩の小包、豆札、そして薄く切った油揚げが入っている。神官は祈り札を持ち、村人二人が白石片と小さな道具を持ってついてくる。大人数では行かない。まずは道が通れるか、供物札が迷わないか、風受けの小祠が応じるかを見る。


 白狐はミオの横にいた。昨日、一瞬だけ増えたように見えた尻尾は、今は一本に戻っている。それでも、歩き方が少し違う。足先が迷わない。草の中に隠れた白石を、見なくても分かるように歩いている。


[OUTER ROAD START]

――――――――――

初期参道:表示安定

入口祠:受付起動

接続先:第一外縁祠/風受けの小祠

供物札:携行

守護印:維持

推奨:徒歩通行確認/小祠前供物確認

――――――――――


「徒歩通行確認。つまり、ほんとに歩く」

「道が歩かれることで、道になります」

「白狐さん、今日は祠っぽいこと言うね」

「道守りですので」

「戻ってきてる?」

「少しだけです。まだ、油揚げの方がはっきり分かります」

「そこは強いんだ」

「はい」


 ミオは一歩目を踏み出した。


 白石が、足元でぽうっと光った。二歩目。三歩目。草が足首に触れ、朝露が靴に少しだけしみる。村の白石道より細いから、並んで歩くことはできない。ミオが先頭で、白狐が横、リタと神官が後ろ、村人たちが少し間を空けて続く。


 道は思ったよりやわらかかった。石そのものは硬いのに、踏むと下からふわりと支えられるような感覚がある。古い祈りの道が、まだ歩く人を覚えている。ミオはその感覚に少し驚きながら、透明な板で足元を確認した。通行記録が、入口祠へ戻っている。祠は、ミオたちが道を乱さず歩いていることを見ていた。


「ミオ様、石が、足に合わせて光っています」

「うん。通行記録が戻ってる。ちゃんと歩けてるって、入口祠に伝わってる」

「見られているのですね」

「そうだね。でも、嫌な感じじゃない」

「見守りです」

「白狐さん、うまい」

「道守りですので」

「二回目」


 白狐は少し得意そうだった。


 しばらく進むと、風の音が変わった。村の方から来る風ではない。丘の向こうから、すうっと細く抜けてくる風だ。草の先が同じ向きに倒れ、白石の列が少しだけ明るくなる。遠くに、小さな石のかたまりが見えた。


 風受けの小祠だった。


 祠というより、低い石の台と、背の低い柱が三本並んだ場所だった。柱の上には丸い穴があり、風が通ると音が鳴る仕組みに見える。けれど、今はほとんど土に埋まり、穴にも枯れ草が詰まっている。風は来ているのに、音は出ていない。


[FIRST OUTER SHRINE APPROACH]

――――――――――

名称:風受けの小祠

状態:休眠

風路:閉塞

供物台:低反応

道守り補助:停止

推奨:風穴清掃/供物札提示/低出力起動

――――――――――


「着いた。ここが風受けの小祠」

「思ったより、小さいですね」

「小さいけど、役割は大きそう。風路が詰まってる」

「風を受ける穴が、草でふさがっています」

「そこを掃除すれば、動くかも」

「油揚げは」

「白狐さん、まず風穴」

「はい。風穴のあとです」


 ミオは小祠の前にしゃがんだ。石の台には、浅いくぼみが三つある。水、塩、豆札を置く場所だろう。その横に、小さな平らな場所もある。白狐が見ている。ミオも見た。たぶん、道守りの供物を置く場所だ。


 村人たちは、小祠の周りの草を手で押さえた。刈り取るのではなく、まず道と祠の形が分かるように倒す。神官は小祠の前で短く祈った。リタは供物札を布の上に並べる。白狐は三本の柱の前に立ち、耳を澄ませていた。


「白狐さん、何か聞こえる?」

「風は来ています。でも、祠の中で止まっています」

「風穴が詰まってるから?」

「はい。それと、道守り補助が眠っています」

「起こせそう?」

「ミオなら、少し」

「少し、ね」

「今日は、よい少しです」

「それならいいか」


 ミオは透明な板を三本の柱へかざした。柱の丸穴の内側には、細い溝があった。そこに風が通ると、下の石台へ記録が落ちる。風の向き、強さ、道の状態、外縁祠群の入口側の乱れ。それらを拾う小さな観測器だった。


 ただ、枯れ草と土が詰まり、風が抜けていない。ミオは木べらで穴の中を傷つけないように掃除した。リタが細い刷毛で土を払う。村人が白石片で柱の根元を支える。作業は地味だが、風が少しずつ通り始めると、柱の中から、ふう、と小さな音が漏れた。


[WIND HOLE PATCH]

――――――――――

風穴一:清掃中

風穴二:閉塞軽減

風穴三:土詰まり

風路反応:微弱

道守り補助:待機

――――――――――


「一つ目、少し通った」

「音がしました」

「うん。風が入った」

「供物を置けば、もっと通るかもしれません」

「白狐さん、供物の圧が強い」

「風にも供物は必要です」

「まあ、今回はそうかも」


 ミオは水札を一つ目のくぼみに置いた。水そのものではなく、水の記録を持たせた札だ。次に塩札。最後に豆札。三つの札が石台に並ぶと、風穴から入った弱い風が、札の上をなでた。


 ぽう、と石台の内側が光った。


 白狐は平らな場所を見ていた。ミオは小さく息を吐き、油揚げをひと切れ置く。白狐は何も言わなかったが、尻尾の先がすぐ光った。


「早い」

「風です」

「今、風は向こうから来てる」

「では、向こうの風です」

「だんだん雑になってる」

「ミオも慣れてきました」

「そういう問題?」


 小祠の石台に、金色の細い線が走った。入口祠で見た守護印よりさらに細く、外縁の道に沿って伸びる線だ。白狐の足元へ一度戻り、そこから三本の柱へ広がる。


 風が少し強くなった。


 三本の柱の穴を、順番に通っていく。ふう、ふう、ふう。まだ音楽には遠い。けれど、ただの風音ではない。石の中を通った風が、祠の奥に眠っていた記録を起こしている。


[OFFERING WIND TEST]

――――――――――

水札:受理

塩札:受理

豆札:受理

白狐供物:受理

風路:低出力通過

道守り補助:一部起動

――――――――――


「道守り補助、一部起動」

「それは、白狐様のお力ですか」

「近い。でも、白狐さん本人の力というより、この小祠が白狐さんの守護印を使って道を見る感じ」

「では、私が全部見るのではありませんね」

「うん。小祠が手伝ってくれる」

「それは助かります」

「助かるんだ」

「全部見ると、油揚げを見る時間が減ります」

「そこかあ」


 リタが笑い、村人たちも小さく笑った。その瞬間、三本目の風穴から土のかたまりがぽろっと落ちた。村人の一人が慌てて受け止める。ミオは目を丸くした。


「今ので詰まりが取れた」

「笑ったからでしょうか」

「まさか」

「祠も笑ったのかもしれません」

「リタ、そういうのいいね」

「はい。そうだと、よいです」


 風が通った。


 三本の柱が、同時に鳴った。


 りん、ではない。ふう、と、ほう、の間のような、やわらかい音だった。草が一斉に揺れ、初期参道の白石が入口祠の方から順に光る。光はミオたちの足元を抜け、風受けの小祠へ入り、三本の柱を回って、さらに先へ少しだけ伸びた。


 外縁祠群の次の線が、ほんの短く見えた。


[WIND SHRINE ACTIVE]

――――――――――

風受けの小祠:低出力起動

風路:通過

道守り補助:一部復帰

初期参道:安定

次線:短距離表示

次候補:未確定

――――――――――


「起きた」

「風が、鳴りました」

「うん。小祠が動いた。初期参道も安定してる」

「次の線も、見えますか」

「少しだけ。まだ名前は出ない。でも、風が次の方向を教えてる」


 ミオは透明な板を空へ向けた。風の流れが、薄い線になって見える。村から入口祠へ。入口祠から初期参道へ。初期参道から風受けの小祠へ。そして、小祠からさらに外へ。道は、地面だけではなく風でもつながっている。


 白狐は三本の柱の前で目を閉じていた。尻尾の先が光る。今度は、もう一本の尾が見えたような気がするだけではなかった。淡い光の尾が、半分ほど形を持って、すぐ消える。


 白狐が小さく息を吐いた。


「白狐さん?」

「少し、楽になりました」

「力が戻った?」

「力というより、見張りを一人でしなくてよくなった感じです」

「小祠が手伝ってくれるから」

「はい。風が、道の乱れを少し教えてくれます」

「それ、すごいよ」

「すごいのですか」

「すごい。かなり」

「では、油揚げも」

「そこに戻るの早い」

「安心しましたので」


 ミオは笑って、供物の油揚げをもうひと切れ出そうとして止まった。普通。今日は普通の量。白狐がじっと見ている。ミオは半分だけ出した。


「半分」

「普通より少ないです」

「追加分だから」

「なるほど」

「納得した?」

「仮に」


 風受けの小祠の光は、強すぎない。けれど、確かに残っている。村人たちは、三本の柱を見上げ、何度も手を合わせた。神官は風を受けながら、静かに祈りの言葉を唱える。リタは供物札の残りを包み直しながら、顔をほころばせていた。


 ミオは今日の状態を保存した。


[FIRST OUTER SHRINE RESULT]

――――――――――

風受けの小祠:低出力起動

初期参道:安定

風路:復帰

道守り補助:一部復帰

白狐反応:安定

次線:短距離表示

次作業:次候補の方角確認/風路維持

――――――――――


「今日はここまで。小祠を起こして、風路が戻った。次の線も少し見えた」

「次へは進まないのですね」

「うん。風受けの小祠が動いたばかりだから、ここを安定させる。次は風の向きと道の乱れを見てから」

「よいです。今の風を覚えたいです」

「白狐さんがそう言うなら、そうしよう」

「はい。あと、供物の残量も覚えます」

「そっちは私が管理する」


 白狐は少し残念そうな顔をした。リタが笑いをこらえた。神官も、わずかに肩を揺らしている。村人たちの顔にも明るさが戻っていた。


 帰り道、初期参道は行きよりも歩きやすかった。白石の光が安定し、風が後ろからそっと押してくれる。村へ戻る道が分かる。入口祠も、白石道も、リュミナ村の方角も、迷わず見える。


 ミオは一度だけ振り返った。


 風受けの小祠の三本の柱が、草の中で静かに立っている。風が通るたび、ふう、とやわらかく鳴る。まだ小さい音だ。でも、外縁祠群の最初の祠は、もう眠ったままではない。


「白狐さん」

「はい」

「外の道、始まったね」

「はい。始まりました」

「怖い?」

「少しだけ。でも、今日は風がいます」

「風がいるなら平気?」

「はい。油揚げもあります」

「それもいるんだ」

「大切です」


 ミオは笑った。


 リュミナ村は、入口祠の向こうへ進んだ。風受けの小祠に最初の風を戻し、外縁祠群の道を少しだけ安定させた。


 次は、風が教える方角を見る。


 村の外の道は、もう草むらではない。祈りと供物と、風の音で、少しずつ目を覚まし始めていた。

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