表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
外縁祠群と星見台の先

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/69

第54話 入口祠の中を、少しだけ読む

 入口祠の前の供物場は、朝の光の中で、ぽうっと小さく光っていた。


 水を受けた溝はまだ青く、塩受けには白い点が残り、豆札受けには淡い緑の光がにじんでいる。油揚げを置いた場所だけ、なぜか少しあたたかそうに見えた。ミオはそれを見ないふりをした。横にいる白狐の尻尾の先も、見ないふりをした。


 今日は、入口祠の本体を少しだけ読む日だ。開けるわけではない。起こしきるわけでもない。供物場から祠の輪郭へ、ごく低い出力で問いかける。祠が何を覚えているのか、どこへつながっているのか、白狐さんに関係する反応が本当にあるのか。それを、手前からそっと見る。


「ミオ様、供物場は、昨日より明るく見えます」

「うん。水と塩と豆が残ってる。ちゃんと受け取ったままみたい」

「油揚げもです」

「白狐さん、そこだけ早い」

「供物場の安定に関係しています」

「そういうことにしておく」

「事実です」

「じゃあ、事実として少しだけにしようね」


 白狐は少しだけ目を細めた。食べたいのをがまんしているのか、祠から何かを感じているのか、ミオには半分くらいしか分からない。たぶん、両方だ。


 神官は供物場の前に膝をつき、短く祈りを捧げた。村人たちは白石道の少し後ろで見守っている。リタは新しい水と塩と豆を小さな布の上に並べていた。今日は、供物を置くためというより、祠にこちらの名をもう一度伝えるためのものだった。


[ENTRY SHRINE READ PREP]

――――――――――

供物場:安定

白石道リンク:維持

入口祠輪郭:表示継続

祠本体:未読取

白狐関連反応:微弱継続

推奨:低出力読取/本体開放禁止

――――――――――


「本体開放禁止、出てる」

「開けてはいけないのですか」

「今日はね。読むだけ。戸を開ける前に、中がどうなってるか確認する」

「それは慎重でよいです」

「白狐さん、今日は止める側?」

「はい。なつかしい場所ほど、急に触ると危ないです」

「……それは、分かる」

「はい。ゆっくりでお願いします」


 白狐の声がやわらかかった。


 ミオはうなずき、透明な板を供物場の上へかざした。アナライザブルデバッガーの画面に、供物場の線が浮かぶ。水の青。塩の白。豆札の緑。そこへ、油揚げを置いた場所から、ごく薄い金色の線が混ざっていた。


 ミオは少しだけ目を細めた。


 やっぱりある。


 白狐に関係する線だ。供物場から入口祠へ向かう線の一部に、白狐の封じられた力と似た反応が混じっている。ただ、それは強いものではない。糸の端が引っかかっているくらいの細さだ。無理に引けば切れる。だから、読みに行くのではなく、向こうから返ってくるものだけを受ける。


「低出力で読むよ」

「はい」

「白狐さん、変な感じがしたらすぐ言って」

「分かりました」

「リタ、水の瓶、少しだけ供物場の横へ」

「はい。少しだけですね」

「うん。少しだけ。今日は、全部少しだけ」


 ミオは透明な板の端を軽くなぞった。


 供物場の光が、ふわっと広がった。水溝の青が祠の輪郭へ伸びる。塩の白がその横を支え、豆札の緑が小さく点を打つ。金色の細い線は、少し遅れて、白狐の足元から供物場へ戻るように揺れた。


 入口祠の輪郭が、昨日よりはっきりした。草の奥に、低い石室の入口が浮かぶ。入口には小さな石扉がある。扉には文字ではなく、丸と線と点の印が刻まれていた。村人たちには古い祈りの印に見えるだろう。ミオには、権限印と接続順序に見えた。


[LOW POWER READ]

――――――――――

入口祠:低出力読取開始

本体開放:未実施

供物場経由:有効

権限印:一部確認

白狐関連反応:同期揺れ

注意:深層読取禁止

――――――――――


「深層読取禁止」

「深く読んではいけない、ということですか」

「うん。たぶん、今の私だと奥まで読めない。読めたとしても、白狐さんに負担が行く」

「私にですか」

「反応が白狐さん側にも揺れてる」

「……そうですか」


 白狐は供物場の前に座った。いつもより姿勢がきれいだった。食べ物を待つ時の座り方ではない。昔、自分が何かを守っていたことを、体だけが先に思い出しているような座り方だった。


 ミオはその横顔を見て、少しだけ息を吐いた。


 急がない。


 白狐さんは、いま全部を思い出す必要はない。封じられたものがあるなら、無理に剥がさない。ミオは村の水路や道なら大胆に触る。けれど、白狐やレンに関係するものには、手を洗ってから触るくらいでちょうどいい。


「白狐さん、痛くない?」

「痛くはありません」

「苦しい?」

「苦しくもありません。ただ、遠くで誰かが戸を叩いているような感じがします」

「開けてって?」

「いえ。まだ、起きていますか、と聞かれている感じです」

「じゃあ、返事だけしよう。開けない」

「はい」


 ミオは透明な板を供物場へ近づけた。画面に古い構造が浮かぶ。入口祠は、祠群の端にある小さな受付だった。外縁祠群へ入る前に、誰が来たのか、何を持ってきたのか、祈りと供物が乱れていないかを確かめる場所だ。


 それだけなら分かる。


 ただし、奥へ続く線は複雑だった。白石道からの線、星見台からの線、供物場からの線、そして白狐に似た金色の線。それらが入口祠の奥で一度集まり、さらに外縁祠群へ分かれている。今の状態では、その先は白い霧に包まれていた。


[ENTRY SHRINE STRUCTURE]

――――――――――

用途:外縁祠群入口受付

確認項目:通行/供物/祈り/守護印

白石道:接続

星見台:接続

外縁祠群:未開放

守護印:白狐関連

――――――――――


「守護印……」

「ミオ様?」

「白狐さんに近い反応。入口祠は、白狐さんの力を鍵みたいに使ってたのかも」

「鍵、ですか」

「開ける鍵というより、ここを通っていいか見る印。たぶん、守り役」

「私が、ですか」

「たぶん。まだ確定じゃないけど」


 白狐は黙った。


 いつものように油揚げの話に逃げなかった。草の音だけが、さわさわと供物場のまわりを通っていく。リタも神官も、何も言わなかった。村人たちは、会話の細かい意味までは分からない。それでも、白狐が何か大事なものに触れていることだけは、伝わっているようだった。


 ミオは画面の奥へ触れようとして、指を止めた。


 触れば、もう少し読めるかもしれない。外縁祠群の配置。白狐の封印の端。入口祠の奥にある次の祠の名前。知りたいものは、いくつもある。


 でも、今日は少しだけ。


 ミオは指を戻した。


「ここで止める」

「よろしいのですか」

「うん。今日は受付が何か分かった。白狐さんの守護印があることも分かった。これ以上は、白狐さんにも祠にも急すぎる」

「ミオ」

「なに?」

「ありがとうございます」

「……うん。どういたしまして」


 リタが目を丸くしていた。白狐がまっすぐ礼を言うのは、少しめずらしい。ミオも少し照れた。何か返そうとして、うまく出てこなかったので、透明な板の表示を保存するふりをした。


[READ RESULT]

――――――――――

入口祠:低出力読取完了

本体開放:未実施

用途:外縁祠群入口受付

守護印:白狐関連

外縁祠群:未開放

次作業:入口祠前で守護印安定化

――――――――――


「次は守護印安定化か」

「何をするのですか」

「たぶん、白狐さんに無理させない形で、供物場と入口祠の線を整える。祠本体を開けるのは、そのあと」

「供物は必要ですね」

「白狐さん、戻った」

「必要です」

「油揚げ?」

「水、塩、豆、祈り、油揚げです」

「順番が自然になってきた」

「よいことです」


 ミオは小さく笑った。場の空気も、少しだけほどけた。神官は供物場の前に新しい祈り札を置き、リタは水瓶を持ち直した。村人たちの中から、ほっとしたような息がこぼれる。


 入口祠は、まだ開いていない。


 けれど、何かを拒んでいる感じではなかった。むしろ、まだ寝ぼけていて、誰が来たのかをゆっくり確かめているようだった。供物場の光も、祠の輪郭も、帰り道の白石道も、すべてが弱く、やわらかくつながっている。


 ミオは供物場の前にしゃがみ、透明な板を閉じた。


「今日はここまで。祠に、読ませてもらってありがとうって伝えて戻ろう」

「はい」

「白狐さんも、それでいい?」

「はい。今日は、それがよいです」

「油揚げは?」

「置いて帰ります」

「食べないんだ」

「祠前の供物です」

「えらい」

「あとで確認に来ます」

「食べる気はあるんだ」

「確認です」


 リタが小さく笑った。神官も、目元だけで笑った。ミオは油揚げをひと切れ、供物場の横へ置いた。白狐は見ていたが、動かなかった。尻尾の先だけ、少し光った。


 祈りを終えると、白石道の光が少しだけ強くなった。入口祠から村へ戻る道が、ぽう、ぽう、と順に光る。行きの道より、帰りの道の方が明るい。祠が帰り道を覚えたようだった。


[ENTRY SHRINE LOW READ COMPLETE]

――――――――――

供物場:安定維持

入口祠:低出力読取済

守護印:確認

白狐負荷:軽微

祠本体開放:保留

次作業:守護印安定化/入口祠開放準備

――――――――――


 帰り道、ミオは何度か振り返った。


 草の奥に、入口祠の輪郭が見える。まだ小さい。まだ眠っている。でも、もうただの石ではない。村の外へ続く祠群の入口で、白狐さんの守護印を覚えていて、供物を受け取り、こちらを少しだけ見返してくれた場所だ。


 白狐はミオの横を歩いていた。いつもより静かだった。けれど、沈んでいるわけではない。何かを思い出しかけて、まだ大事に包んでいるような静けさだった。


「白狐さん」

「はい」

「なつかしいの、少し増えた?」

「はい。少しだけ」

「怖い?」

「いいえ。今日は、怖くありません」

「そっか」

「油揚げを置いてきましたので」

「そこ?」

「それもあります」

「それもなんだ」


 ミオは笑った。


 全部は分からない。白狐の封印も、外縁祠群も、入口祠の奥も、まだ先だ。でも、今日はひとつ分かった。祠を直すことは、ただ設備を起こすことではない。そこに残っているものへ、急がずにあいさつすることでもある。


 リュミナ村へ戻る白石道は、草の中でやわらかく光っていた。


 村は、外の祠に触れる前に、まず声をかけることを覚えた。

「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ