表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
浮く村を、帰る場所にする

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
178/192

第170話 南第一灯の二つの返事

 朝の豆鍋は、いつもより少し静かに煮えていた。


 火を弱くしたわけではない。井戸では桶が上下し、干し場では返却布がぱたぱた鳴り、荷車の車輪は倉庫前で小さく土を噛んでいる。ただ、誰も南の第一灯だけを見つめすぎないように、いつもの仕事へ手を置いていた。


「水、豆、布。昨日と同じです」


 ミオは木盆の上を指で確認した。白湯の椀、豆三粒、白糸を入れた濡れ布。どれも特別な宝ではなく、朝の村で本当に使っているものだった。


 白狐さんは盆の横で尾をそろえる。


「系統確認は私が行います。南以外を呼んでいないか、それだけを見ます」

「お願いします、白狐さん」

「ミオは、承認確認です。本接続の線は閉じたままにします」

「はい。小さく返事をもらいます」


 リタが荷車の覆い布を結び直した。豆袋は濡れないよう油布の下へ入れ、ルーナ村へ戻す返事布は別の籠へ分けてある。荷車は試しのために止めるものではなく、試しのあいだも動かすものだった。


「ミオ様、荷車はいつもの線で出します」

「お願いします。戻る人の席も、そのままで」

「白湯の椀は二つ空けています。増えたら水を足します」


 受け入れ場のおばさんが、腰掛けの敷き布をぽんと叩いた。その音がやわらかくて、ミオは少し息を吐いた。


 広場の端では、ルーナ担当の女の人とリュミナの若い働き手が、地上標識を二人で立てていた。泥なし。傾きなし。荷車よし。低い灯りあり。昨日と同じ四つの絵が、朝露で少し黒く見える。


「標識、立っています」

「こっちも見ています。倒れたら布を振ります」


 南第一灯の石面へ向かう前に、ミオは透明板を開いた。ミオにはアナライザブルデバッガーの細い構造線が、供物と標識と承認布をつなぐ白い糸のように見えている。村人たちは、聖石板へ白い文様が浮いたのを見て、そっと手を合わせた。


[第一灯・低出力手順]

――――――――――

供物:水・豆・布を同順で維持

地上標識:ルーナ低灯と荷道を確認

系統確認:南のみ

承認布:村人の手で触れる

本接続:未実施

目的:返事のみ

――――――――――


「本接続の線は閉じたままです。空へ返す鍵も眠ったままです」


 ミオが大事な行だけ読むと、神官が頷いた。


「大きな扉を開ける祈りではなく、扉の向こうへ声をかける作法ですね」

「声をかける、くらいです。眠ったまま返ってもらいます」

「起こさずに返事をいただく」

「はい。それが近いです」


 白狐さんが石面へ近づき、鼻先を少し下げた。小さな白い毛が朝の光を受け、南の石の古い土埃だけがふわりと動く。


「系統は南です。余計な灯を呼んでいません」


 リタが盆を置いた。白湯を左、豆を中央、濡れ布を右。昨日と同じ順番である。


 広場から白布が一度振られた。標識、立ったまま。荷車、動行可。受け入れ、継続。


 ミオは承認布の結び目を見る。南担当の若い働き手、ルーナ担当の女の人、豆鍋のおばさんが、順番に指を置いた。


「水をくむ村として」

「荷を帰す村として」

「豆を煮る村として」


 ミオは透明板の承認枠を指先で押し込まない。ただ、三人の触れた布と、石面へ伸びる細い線が同じ白になったことだけを確認した。


「低出力、開始します。小さく返してください」


 ぽう。


 南第一灯の石面が、息をするように低く明滅した。


 強い光ではない。白湯の水面を一度だけ丸く揺らし、豆皿の影を薄くして、濡れ布の白糸を端から少し乾かす程度の明かりだった。空へ伸びる線は出ない。村を持ち上げる気配もない。


 それでも広場から、すぐに声が返った。


「井戸、止まってないよ!」

「荷車も進んでる!」

「帰り線、足元の外側に出てる!」


 ミオは胸の奥がきゅっと温かくなるのを感じた。第一灯が返事をしたことより、その声がみんな別々の仕事場から届いたことがうれしかった。


[第一応答確認]

――――――――――

第一灯:低明滅一回

本接続:未実施

水汲み:継続

豆鍋:継続

布乾燥:継続

荷車:帰り線を阻害せず

受け入れ:白湯と席を維持

――――――――――


「一度目、返りました。暮らしは止まっていません」


 ミオが読むと、リタは荷車の方を振り返りながら笑った。


「豆袋、濡れていません」

「それ、大事です」

「第一灯より豆袋ですか」

「第一灯の返事も、豆袋を濡らさず戻すためです」


 白狐さんが小さく目を細めた。


「よい順番です」


 一度目で喜びすぎないように、神官が承認布を持ち上げず、そのまま盆の端へ戻した。おばさんは豆鍋へ水を足し、若い働き手は荷車の車輪を見て泥を払う。ルーナ担当の女の人は標識を立て直さず、足元の土だけを踏み固めた。


 同じものを、同じままにする。


 それが思ったより難しい作業だと、ミオはようやく分かってきた。増やしたくなる。強くしたくなる。次を見たくなる。けれど、村の手で同じ返事を二度受け取れれば、それだけで道は一段広がる。


「白狐さん、系統は変わっていませんか」

「変わっていません。南のみです。第一灯は起き上がっていません」

「では、二度目です」


 ミオは少しだけ間を置いた。井戸の桶が上がり、水が甕へ注がれる音を待つ。豆鍋の蓋が置かれ、布干し場で白糸が上を向くのを待つ。荷車が帰り線の脇を、車輪で踏まずに通り抜けるのを待つ。


 広場の白布が、もう一度ゆっくり振られた。


 同じ三人の指が、承認布の結び目へ戻った。


「水をくむ村として」

「荷を帰す村として」

「豆を煮る村として」


「二度目、低出力。小さく返してください」


 ぽう。


 今度も、南第一灯は同じ高さで明滅した。


 一度目より強くならない。一度目より長くならない。白湯の水面が丸く揺れ、濡れ布の白糸が小さく乾き、井戸道の水甕に低い白が映る。荷車の足元には、踏まない場所だけを教える短い帰り線が残った。


 子どもが井戸端で、はしゃぎすぎない声を出した。


「二回、同じ」

「同じだからいいんだよ」


 鍋番のおばさんが言い、豆を一粒つまんで味を見る。まだ少し硬いらしい。おばさんは鍋へ戻し、何事もなかったように蓋をした。


 ミオは透明板を見た。


[再現確認]

――――――――――

低明滅:二回再取得

供物条件:同一

標識条件:同一

承認条件:同一

本接続:未実施

空帰還鍵:未起動

次確認:通常範囲

――――――――――


「二回、同じ手順で返りました。本接続はしていません。空の鍵も動いていません」


 神官がほっとしたように息をついた。


「大きな奇跡ではなく、村で繰り返せる小さな返事ですね」

「小さいままでお願いします」

「小さい祝福」

「返事です」

「返事の祝福」

「また少し増えました」


 白狐さんが丁寧に言った。


「村の言葉としては、支障ありません。手順は増えていません」


 ミオは笑ってしまった。


 荷車が南道を離れ、ルーナへ向かう。車輪は帰り線を踏まず、豆袋は油布の下で乾いたまま揺れている。受け入れ場では、戻ってきた人へ白湯が渡され、空いた席へ次の敷き布が置かれた。干し場の返却布は、白糸の側から乾き目を教え、井戸では子どもが身を乗り出さずに水量を見ていた。


 南第一灯は、もう光っていない。


 けれど、二度返事をしたことは消えなかった。水と豆と布と標識と承認布。同じものを村の手でそろえれば、第一灯は低く返事をする。ミオが一人で抱え込まなくても、白狐さんが線を見て、村人が標識を見て、暮らしを動かしたまま確かめられる。


「次は、どれくらいまでが普通か、ですね」


 ミオが言うと、リタは荷車の背を見送りながら頷いた。


「人数や荷の重さを変える確認は、次の仕事にしましょう。同じ手で二回返るところまで、村の手で届きました」

「はい。二回、ちゃんと届きました」


 白狐さんが盆の豆皿をちらりと見た。ミオが三粒のうち一粒を指差すと、白狐さんはほんの少しだけ姿勢を正した。


「供物の残りをいただく作法なら、確認後がよろしいかと」

「では、確認後です」


 ぽり、と小さな音がした。


 南の古い灯から小さな返事を二つ受け取った朝は、豆の音と白湯の湯気の中で、また村の仕事へ戻っていった。

「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ