第126話 草の下の祠石
北の入口を越えると、草の音が変わった。
村の中で聞く草音より、少し乾いている。足首に触れる葉は細く、根は石の間へ入り込んでいた。白い筋は草の下に残っている。強くはない。だが、入口で見た右の石から、北へまっすぐではなく、ゆるく曲がりながら続いていた。
ミオは透明な板を胸の前に止めたまま歩いた。深く読まない。足元を見る。白狐さんの耳が動く。神官の杖が草を分ける。リタは水袋を抱え、見届け役の村人は少し後ろからついてくる。誰も大きな声を出さなかった。
[NORTH GRASS PATH]
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入口石:通過済
白い筋:継続
石道:断続
草根:多
人数:少人数維持
供物追加:なし
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「石、全部は残ってないね」
「はい。沈んでいる場所があります」
リタが足元を見ながら答える。
石道は途切れているように見える。けれど、完全に消えたわけではない。草の根の下に角があり、土に埋もれた白い面がある。足を置くと光が返る場所もあれば、土だけが柔らかく沈む場所もあった。
白狐さんが先に止まった。
「ミオ、そこは右です」
「こっち?」
「はい。左は土が返事をしています」
「石じゃなくて?」
「はい」
ミオは足を右へずらした。確かに、そこだけ草の下が固い。石の端だ。光は薄いが、足は沈まない。見届け役の村人が、後ろで小さく息をのむ。
「そんなことまで分かるのですか」
「白狐さんが」
「私は、少しだけです」
白狐さんはそう言ったが、耳は北を向いたままだった。
しばらく進むと、白い筋が曲がった。
125話で見えた、あの細い曲がりだ。実際に来てみると、そこは草が濃く、土が少し盛り上がっているだけの場所だった。祠でも標識でもない。けれど、白狐さんは足を止めた。
「ここです」
「祠石?」
「たぶん」
ミオはしゃがみ、草を手で分けた。湿った土が指につく。根の下に、平たい石の角があった。小さい。祈り場の石ほど大きくない。標識でもない。表面に、細い線が一本だけ残っている。
神官が近づき、杖を横に置いた。
「途中の祠石でしょうか」
「供物皿はないみたいです」
「では、礼だけでよい石ですね」
リタがかごへ手を伸ばしかけ、すぐに止めた。
「置かないのですよね」
「うん。今日は増やさない」
「はい」
ミオは透明な板を少しだけ傾けた。
[OLD WAYSTONE]
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種別:祠石候補
供物皿:なし
灯り:微弱
接続:北側線と一致
推奨:礼のみ
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「礼だけ、って出てる」
「ならば、それで」
神官が手を合わせる。リタも続く。見届け役の村人も、少し遅れて頭を下げた。ミオも手を合わせた。白狐さんは祠石の横に座り、石の線をじっと見ている。
祠石の細い線が、ぽうっと光った。
一度だけ。
強い光ではない。草の影に隠れるくらいの白だ。けれど、その光は祠石のところで止まらず、北へすっと走った。草の根をくぐるように、白い筋が先へ伸びる。
見届け役の村人が、思わず前へ出た。
「今、北へ」
「はい。返りました」
神官の声が低くなる。
ミオは顔を上げた。
白い筋の先、草の切れ目がある。その向こうに、小さな屋根のような影が見えた。木ではない。石でもない。草に半分埋もれた、低い屋根。古い祠よりずっと小さいが、形ははっきりしている。
「見えた」
「何がですか」
リタが背伸びする。
「屋根。たぶん、北の小祠」
白狐さんが立ち上がった。尾の先が、今度はほんの少しだけ揺れる。
「あります」
「白狐さん、覚えてる?」
「名前はまだです。でも、あれは、途中ではありません」
「次の場所?」
「はい」
神官が草の向こうを見たまま、杖を握り直した。
「北の小祠……」
その名を口にした瞬間、草の向こうの屋根影が少しだけ白く縁取られた。見間違いではない。見届け役の村人も、リタも、同じ方を見ていた。
[NORTH SMALL SHRINE VISUAL]
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祠石:礼成立
北側線:延伸
北の小祠:視認
灯り:未点灯
距離:短
次確認:小祠前到達
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「未点灯」
「でも、見えています」
リタの声が弾んだ。
ミオはうなずいた。見えている。それが大きかった。祠石を見つけた。礼だけで光が北へ返った。草の先に小祠の屋根影が出た。今日は、入口の先がただの草道ではなく、次の場所へ続いていることが分かった。
神官が村の方を振り返った。
「ここまで、村の者に見せるべきでしょう」
「戻る?」
「はい。小祠へ踏み込むのは、次でよいかと」
ミオは北を見た。
屋根影は近い。走ればすぐに届く距離に見える。だが、草の下の石はまだ途切れている。祠石から先の白い筋も、今出たばかりだ。小祠の灯りはまだ入っていない。
ミオは板を下げた。
「戻ろう。見えたことを持って帰る」
「はい」
白狐さんは小祠の影を少し見つめてから、ミオの横に戻った。
「ミオ」
「うん」
「あれは、待っていた場所です」
「誰を?」
「分かりません」
「そっか」
「でも、空ではありません」
ミオはそれを聞いて、草の先をもう一度見た。
小祠の屋根影は、白い線の先で静かに残っている。
村へ戻ると、第三標識の前にいた人々が近づいてきた。見届け役の村人が、神官より先に口を開いた。
「祠石がありました。途中に。そこで礼をすると、光が北へ返りました」
「小祠も」
「見えました。屋根が、草の向こうに」
ざわめきが広がる。
神官が手を上げると、声はすぐに小さくなった。
「今日は、入口から祠石までを確認しました。供物は置いていません。礼だけです。北の小祠は見えましたが、まだ灯りは入っておりません」
村人たちは北を見た。
第三標識、古い祠、北の入口、途中の祠石、その先の小祠。見えていない場所もある。だが、頭の中でつながったのだろう。村人たちの視線は、昨日より遠くへ向いていた。
ミオは透明な板を開く。
[NORTH PATH UPDATE]
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北の入口:通過確認
途中祠石:発見
礼:成立
北の小祠:視認
供物追加:なし
次回目的:小祠前到達
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「次は、小祠前まで」
「はい」
リタが力を込めてうなずく。
白狐さんは第三標識の横で、北を見たまま座っていた。少しだけ静かな顔をしている。置いていかれた顔ではない。何かが戻ってきたわけでもない。けれど、草の向こうに見えた小祠の影が、白狐さんの中にも残っているのだと思った。
ミオは板を閉じた。
北の入口は、もう入口だけではない。
その先に祠石があり、さらに小祠の屋根がある。
村の北側は、草の向こうで一段広がった。
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