第102話 祠へ持っていくもの
祠へ行く、と決まると、村の空気が少しだけ変わった。
水路を直す時とは違う。豆を運ぶ時とも、塩を分ける時とも違う。村人たちは忙しく動いているのに、声が少し低い。笑ってはいけないわけではない。けれど、古い祈りの道へ向かうと聞いただけで、足元を確かめるような慎重さが出ていた。
ミオは教会の小さな机に、持っていくものを並べた。
水の皮袋。乾いた麦。豆。少しの塩。香草。薄い布。基本札。細いひも。小さな木べら。あと、透明な板。
「多いかな」
「少なくはありません」
「白狐さん、どれが多いと思う?」
「豆は多くても困りません」
「聞く相手を間違えた」
白狐は豆の包みの横に座り、当然のような顔をしていた。
リタが麦の包みを整え、神官が古い香草を布に包む。村人の一人は、帰り道に目印として置く札をまとめていた。札の表は道の印。裏には水、支援、交易の簡単な補助印だけを入れる。
ミオは一度、別の札も作りかけた。
「祠用の札、作った方がいいかな」
「増やさない方がよいでしょう」
「まだ何も言ってない」
「言う顔でした」
「今日、顔でバレすぎじゃない?」
白狐はしっぽをふわりと揺らした。
「祠へ行くのに、札を増やしすぎると、札を見に行くのか祠を見に行くのか分からなくなります」
「それはそう」
「今ある札で、足りる範囲を見ましょう」
「水、支援、交易。あと、供物は札じゃなくて包みで分ける」
「よいです」
「よい、いただきました」
ミオは作りかけの札を机の端へよけた。やりすぎる前に止まれた。白狐が少し満足そうにしているのが、なんとなく悔しい。
神官が香草を包み終えた。
「祠へ持っていくものは、祈りに使うものと、道で困らないためのものを分けましょう。供物を食料として扱いすぎるのはよくありません。ですが、道で倒れては祈りにもなりません」
「供物と非常食の境目、むずかしいね」
「境目があることを忘れなければ、よいのです」
「神官の言い方、便利」
「便利ではなく、慎みです」
白狐が豆の包みを見た。
「慎みは大切です。ですが、豆は大切です」
「白狐さんの中で、豆がけっこう上位に来てる」
「供物運用の安定に関わります」
「その言い方だと仕事っぽくなるね」
「仕事です」
リタが小さく笑った。ミオもつられて笑いそうになり、すぐに標識の方角を見た。
教会の戸口から、第三標識が見えるわけではない。けれど、村の北東へ向かう道の先に、今は細い光の気配がある。標識の根元から伸びた光は、もう目には見えない。けれど、アナライザブルデバッガーには、未確認経路として残っていた。
ミオは透明な板を持ち上げる。
[ROUTE PREP]
――――――――――
目的地候補:古い祠
経路状態:未確認
持出物:供物/水/基本札/香草
読み取り範囲:入口層
優先:祠としての確認
――――――――――
「入口層だけ、まだ読む」
「よいです」
「白狐さん、見張り役みたいになってる」
「見張ります。ミオは動きが早いです」
「いい意味で?」
「だいたいは」
「残りが気になる」
ミオは板をしまい、包みを小さなかごに入れた。全部を持つと重い。だから、分ける。リタが供物を持ち、村人が水と札を持つ。神官は香草と古い布。ミオは板と、簡単な道具だけ。白狐は何も持たない。
「白狐さんは何か持たないの?」
「私は神獣です」
「理由になってるようで、なってない」
「封印中です」
「それは理由になる」
「でしょう」
白狐は少しだけ得意そうだった。
村の入口に向かうと、数人の村人が見送りに来ていた。大げさな行列にはしない。祠の反応が本物かどうかも分からないのに、村中で押しかけるわけにはいかない。神官がそう決めた。
ただ、見送りの手は多かった。
小さな子が、リタの持つ包みを見て聞いた。
「それ、神さまにあげるの?」
「祠にお供えするものです」
「白狐さんが食べるの?」
「食べません」
「状況によります」
「白狐さん」
白狐がすました顔で横を向いた。
子どもは真剣にうなずいた。
「状況ならしかたない」
「納得しないで」
ミオが言うと、周りの村人が少し笑った。重かった空気が、ふっとやわらぐ。
神官が村の入口で手を合わせた。
「この道は、荷だけの道ではありません。祈りだけの道でもありません。乱さず、欲ばらず、戻すために進みます」
「戻すために進む」
「はい」
ミオはその言葉を小さく繰り返した。
アナライザブルデバッガーで見ると、道はリンクで、標識は端末で、祠は外縁ノードに見える。けれど、村人にとってはそうではない。祈る場所で、手を合わせる場所で、昔から道のそばにあったものだ。
その両方を間違えないようにする。
今日は、それが最初の作業だった。
村の入口を出る前に、ミオは第三標識へ続く道を見た。朝の草が光っている。まだ踏み固められていない細い道に、荷を持った村人の影が落ちた。
リタが供物のかごを抱え直す。
「ミオ様、行けます」
「うん。無理そうならすぐ止まる。祠に着くことより、ちゃんと戻れること優先で」
「はい」
「白狐さんも、それでいい?」
「よいです。祠は逃げません」
「逃げる祠だったら困る」
「まれに、動くものもあります」
「今それ言う?」
白狐は何もなかったように、先に歩き出した。
ミオは一瞬だけ止まり、透明な板を第三標識の方角へかざした。
[ROUTE TRACE]
――――――――――
第三標識:応答維持
未確認経路:北東方向
祠道外縁:微弱
同行者:神官/リタ/村人二名/白狐
状態:出発可能
――――――――――
表示は弱い。
けれど、消えていない。
ミオは板を下げた。
「じゃあ、行こう」
村の外へ一歩出ると、草の下に古い石の端が見えた。
第三標識の先へ続く道だった。
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