7 当たり前の幸せ アロイスside
「――旦那様、お帰りなさいませ」
「……」
フィオナがフェンダル公爵邸を出て行った日の夜。
当主であるアロイスが帰宅した。
(昼には戻ると伝えたのに、結局遅くなってしまったな……)
今日は彼の二十五歳の誕生日だった。
アロイスは自身の誕生日にあまり関心が無かったが、毎年この時期になると、フィオナが盛大にパーティーを開こうと言ってきかなかった。
(アイツにも困ったものだな……)
フィオナとは、彼の幼馴染で同居人だった。
彼女との関係はそれ以下でもそれ以上でもない。
二人が出会ったのは二十年前――彼が五歳の頃だ。
フィオナは彼の一つ年下で、名門セレナイト公爵家の令嬢だった。
お互いに高位貴族であり、年も近かった二人はすぐに親友となった。
それからは多くの時間をフィオナと過ごしてきた。
彼の両親は多忙な人だったため、幼少期は親よりもフィオナの顔を見ていたかもしれない。
それほどに、二人は仲が良かった。
フィオナはアロイスのことが好きだったようだが、彼は彼女のことを恋愛対象としては見ていなかった。
時が過ぎ、十五歳になったアロイスは運命の女性と出会う。
当時辺境の小さな村に住んでいた平民の女性・セレシアだ。
セレシアは誰から見ても美しく、慈愛に満ちた優しい心を持っていた。
彼は戦地で重傷を負ったとき、彼女に献身的に看病をしてもらった恩がある。
共に過ごしていくうちに、二人は惹かれ合った。
一つ下のフィオナと違い、セレシアは彼の三つ上で、大人びたところに惹かれたのかもしれない。
当初は身分差を理由に諦めていたが、後に彼女はロレンツォ伯爵が侍女に産ませた私生児であることが明らかになった。
セレシアは正式に伯爵令嬢となり、アロイスとの交際を始めた。
しかし結局は、二人は結ばれることができなかった。
(セレシア……)
彼は今でも彼女のことを考えると胸がギュッと締め付けられた。
女好きの皇帝に連れていかれる彼女を、助けてあげられなかったからだ。
セレシア・ロレンツォはアロイス・フェンダルの愛する唯一の人だった。
彼は二十五になった今でもなお、彼女のことを忘れられずにいた。
たとえ彼女が皇帝陛下の側室になろうと、彼らの愛が終わったわけではない。
二人は今でも愛し合っている。
(セレシア……何故君が俺の傍にいないんだ……)
フィオナがセレシアならよかったのに、と思ったことも実は一度や二度ではなかった。
常にセレシアのことを考えているあまり、アロイスは気付くことができなかったのだ。
――誰が自分の傍を守り、支え続けているかということを。
(部屋に行くか……どうせアイツがパーティーの準備をして待っているんだろう)
フィオナは毎年アロイスの誕生日を盛大に祝った。
部屋を飾り付け、手作りのケーキを用意して部屋で彼の帰りを待っているのだ。
「旦那様」
「フィオナの部屋に行く」
「かしこまりました」
アロイスはフィオナが暮らす部屋へ向かった。
(今年は一体どんな装飾になっているんだろうな……派手すぎるのは片づけが大変だ。勘弁してほしい)
そんなことを考えながら扉を開けた彼は、驚きで目を見開いた。
「………………何だ、これは」
部屋の中には誰もおらず、元から人が住んでいなかったかのように殺風景だった。




