3 発つ
フィオナは部屋に置いてあった荷物を簡単にまとめ、公爵邸から出た。
出発の馬車の前で、彼女は侍女と向き合っていた。
「令嬢、本当に旦那様に何も言わずに行かれるのですか?」
「手紙を残していったから、事情は察するはずよ。私は公爵夫人でもないから、急にいなくなったところでそこまで問題にはならないでしょう」
「ですが……」
渋る侍女に、フィオナは言い放った。
「――貴方も知っているでしょう?旦那様の心にいるのは昔からあの方だけだということを」
「……!」
フィオナとアロイスは幼馴染だった。
アロイスにとってフィオナはただの友人にすぎなかったが、彼女は一目見た瞬間彼に恋に落ちた。
それから二人は幼少期の多くの時間を共にし、親友となった。
もちろん、フィオナは彼を友人だと思ったことなんて一度もなかったが。
状況が一変したのは彼が十五歳の頃だった。
一兵士として戦場へ赴いた彼は隊からはぐれ、重傷を負ってしまう。
そんな彼を看病したのが一人の平民女性だった。
――セレシア
美しいブロンドの髪に青い瞳を持つとても綺麗な人だった。
一週間、自分を献身的に看病する彼女の姿は彼の心をとらえ、二人は恋にあっという間に落ちた。
しかし、公爵家の嫡男が平民と結婚することなどあってはならない。
身分差を理由に彼は彼女を諦めていた。
だが後に彼女はロレンツォ伯爵家の私生児だということが判明し、二人はすぐに恋人同士になった。
帝国一の美男子と称されたアロイスと、社交界の華となったセレシアは誰からみてもお似合いの二人だった。
――しかし彼が十八になり、婚約の準備も着々と進んでいた頃、ある不幸が彼らを襲う。
セレシアが皇帝陛下に見初められ、側室として皇家に嫁ぐことになってしまったのだ。
元々私生児を疎ましく思っていたロレンツォ伯爵家は何の迷いもなくセレシアを差し出した。
いくら公爵家の嫡男といえど、帝国の最高権力者である皇帝陛下に対抗などできるわけがない。
愛する女性を失った彼は憔悴し、執務すらこなせないほどに疲れ果てていた。
フィオナはそんな彼を支えるために結婚という道を捨て、自ら公爵邸へ足を踏み入れた。
しかし、結局彼女では昔の彼を取り戻すことは出来なかった。
彼は最後まで彼女のことしか頭になかった。
たかが一週間くらいなんだというのだ、こっちは二十四年間看病し続けたのだ。
フィオナは心の中で前世の彼を呪った。
「令嬢、これからどうなさるおつもりですか?」
「そうねぇ……しばらくは実家の公爵家で過ごすつもりよ」
その後は良い人を見つけて結婚したい。
前世で幸せになれなかった分、今世では自分のために生きたかった。
「令嬢、何だか表情が明るくなったようです」
「あら、そうかしら?」
「はい、どのような心境の変化があったのかは存じ上げませんが……」
侍女はニッコリと笑った。
「――令嬢が幸せになることを、心から願っております」
「……」
フィオナは何だか久々に誰かに優しくされたような気がした。
彼女が気付いていないだけで、フェンダル公爵邸でも気遣ってくれていた人はちゃんといたのだ。
「ありがとう、行ってくるわ」
馬車に乗り込んだフィオナは、これから始まる新生活に思いをはせた。
「さようなら、アロイス……」
私がいなくても元気でね。
そう付け加えて、彼女は公爵邸を去った。




