17 決別
「フィオナ……どうしてここへ……!」
「お父様、アロイスと二人で話がしたいんです。部屋を出て行ってもらえませんか」
「フィオナ……」
公爵は娘の並々ならぬ覚悟を感じ取ったのか、不安そうにしながらも、渋々部屋を出て行った。
客間には、フィオナとアロイスの二人だけになった。
フィオナはチラリとアロイスに視線をやった。
彼はどこか緊張した面持ちでフィオナを見つめていた。
(……どうしてあなたがそんな顔をしているのよ)
フィオナは、アロイスとは十年ぶりの再会だった。
とはいっても、彼のほうは数日前に会ったばかりだが。
(当たり前だけど、私が最後に見た彼よりも随分と若いわね)
アロイスはつい先日、二十五歳の誕生日を迎えたばかりだった。
今でこそ見目麗しい彼だが、フィオナは彼の最期の悲惨さをよく覚えていた。
筋肉は衰え、骨と皮だけが残ったうえ、最後の最後までセレシアを想いながら死んでいくのだ。
今思えば、天下の公爵閣下としてはあまりにも悲惨な最期だった。
しかし、彼がどのような末路を迎えようとも今のフィオナには関係なかった。
「フェンダル公爵閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
彼女はドレスの裾を持ち、丁寧にカーテシーをした。
「フィオナ……?顔を上げてくれ」
困惑したようなアロイスの声が頭上から聞こえた。
彼らは少なくとも、このようなことをするほど遠い仲ではなかった。
「……座りましょうか、話はすぐに終わらせます」
「……」
フィオナとアロイスは、客間に向かい合って座った。
「閣下、先日は何も言わずに出て行って申し訳ありません」
「フィオナ、いつまでそんな喋り方をしているんだ。俺たちの仲だろう」
アロイスはそう言ったが、フィオナは敬語をやめるつもりはなかった。
今日で彼との関係を断ち切る。
(私たちは一緒にいないほうがいいのよ、お互いのためにもね)
フィオナは冷たくアロイスを見据え、口を開いた。
「私が今回ここへ来たのは、閣下に最後の挨拶をするためです」
「最後の挨拶だと……?」
アロイスは何故だか胸がギュッと締め付けられた。
数日前のフィオナはこんな感じではなかった。
いつものように満面の笑みで、彼を優しく包み込んだ。
「閣下、突然私が出て行って困惑したと思います」
「ああ、どうして何も言わずに去ったりしたんだ!」
アロイスはフィオナに責めるような目を向けた。
彼の瞳に映るのはあれほど望んでいたことだというのに、まったく嬉しくなかった。
むしろ気分が悪くなった。
「私はフェンダル公爵邸へ戻るつもりはありません。これから結婚するまではずっとセレナイト公爵家で過ごすことになるでしょう」
「結婚……?」
フィオナは結婚という道を捨て、自分を選んだのではなかったのか。
彼女が彼ではないほかの誰かと結婚する。
その姿を想像すると、彼の胸はチクリと痛んだ。
「さっき、何故公爵邸を去ったのかとおっしゃいましたよね……」
「ああ」
「私はこれまで、閣下の傍にいること。それが自分の幸せだと、そう思っていたんです」
「……」
アロイスはじっとフィオナの話を聞いていた。
「今は幸せとは言えなくても、きっといつかは幸せになれる。そう思って生きてきました。ですが……それは間違いだったことに気付いたんです」
そう口にしたフィオナの瞳はどこか切なげで。
アロイスは困惑したまま何も言うことができなかった。
「私の幸せは別の場所にあったのだと、遅ればせながらも気付いたのです」
フィオナは家族やセレナイト家の使用人たちを思い浮かべた。
アロイスの傍にいなくとも、彼女は幸せだった。
そこでフィオナは立ち上がり、アロイスを見下ろした。
「――閣下の幸せを、遠く離れた場所からお祈りしています」
「フィオナ……」
フィオナはそれだけ言うと、アロイスを残して部屋を出て行った。




