戦えない契約主
神殿を出てから、私は街の外れにある簡素な宿に泊まることになった。
理由は明確で――
「建物、壊さないようにしてくださいね」
宿主がそう言って、遠い目をしたからだ。
「……モコ、大きくなりすぎなんだよ」
「ワン」
反省している様子はない。
宿の裏手、空き地に用意された“モコ専用スペース”で、彼は気持ちよさそうに丸くなっていた。
私はというと、狭い部屋のベッドに腰掛け、深いため息をつく。
「聖獣の契約主、か……」
街ではすでに噂になっているらしく、すれ違う人々の視線がやけに熱い。
尊敬、畏怖、期待――どれも重い。
ノックの音がした。
「失礼します」
入ってきたのは、昼間神殿で会った若い神官だった。
「体調はいかがですか?」
「元気です。元の世界より健康かもしれません」
冗談めかして言うと、神官は少し笑った。
「今日は、契約主様に確認していただきたいことがありまして」
「様、いらないです」
「……では、あなたに」
神官は一枚の紙を広げた。そこには剣や魔法陣の絵。
「戦闘訓練の提案です」
「無理です」
即答だった。
「剣も振れませんし、魔法なんて使えません」
「聖獣の契約主であれば、補助程度の力は――」
「期待されても困ります」
声が少し強くなった。
神官は黙り込み、やがて静かに言った。
「怖い、ですか」
図星だった。
「……はい」
異世界。魔物。剣。
全部、命に関わる。
「私は、モコの後ろに隠れていたいだけなんです」
そのとき、外から大きな影が差し込んだ。
「ワフ」
モコだ。私の気配を感じたのか、頭を低くしてこちらを覗いている。
神官はそれを見て、少しだけ表情を和らげた。
「聖獣は、弱き者を嘲りません」
「……そうでしょうか」
「ええ。だからこそ、あなたを選んだ」
私はモコの額に手を伸ばす。
もふもふは、変わらず温かい。
「……戦えなくても、いいですか」
モコは鼻を鳴らし、私の手を舐めた。
「ワン」
それで十分だった。
神官は立ち上がり、深く一礼する。
「戦わない契約主も、契約主です」
扉が閉まる。
私はモコに寄りかかりながら、ゆっくり息を吐いた。
強くなくていい。
ヒーローじゃなくていい。
このもふもふの隣にいられるなら――
それが、私の役割だ。




