聖獣とその契約主
森を抜けた先に、石造りの街が見えた。
「あれ……街、だよね?」
高い城壁と尖った屋根。絵本で見た中世の街並みそのものだ。
その光景よりも、私の隣を歩く存在のほうが目立っていた。
「……モコ、目立ちすぎ」
巨大な白い犬。いや、もはや獣。
通るたびに木々が揺れ、足音が響く。
「ワン?」
「うん、可愛いのは分かってるけどね……」
街道に近づくと、見張りらしき兵士たちがこちらに気づいた。
次の瞬間、剣が抜かれる。
「止まれ!」
「ま、待ってください! 怪しい者じゃ――」
言い終わる前に、兵士たちの視線は私ではなくモコに集中していた。
「……あれは、まさか」
「聖獣……?」
ざわめきが広がる。
年配の兵士が一歩前に出て、震える声で言った。
「あなた、その聖獣の……」
「飼い主、です」
とっさに答えた。
間違ってはいない。たぶん。
兵士は息を呑み、深く頭を下げた。
「失礼しました。どうか街へ」
「……え?」
あっさり通された。
街の中は活気に満ちていたが、私たちが通ると一瞬で静まり返る。
子どもが指をさし、大人が祈るように手を組む。
「なに、この扱い……」
案内されたのは、街の中心にある神殿だった。
白い石で造られた静かな場所。奥からローブ姿の神官が現れる。
「聖獣様の契約主よ、ようこそ」
「……その、違います。私はただの一般人で」
神官は穏やかに微笑んだ。
「聖獣が自ら寄り添う者を、我々は契約主と呼びます」
モコが私の隣に座り、当然のように頭を差し出す。
撫でると、満足そうに喉を鳴らした。
「この子、ただの犬なんですけど……」
「いえ。聖獣は、心を許した者にしか触れさせません」
そう言われても、実感はない。
神官は続けた。
「あなたは守られています。そして――守る存在でもある」
「私が?」
思わず笑ってしまった。
「私は、何もできませんよ」
神官は否定しなかった。ただ、静かに言った。
「力だけが、役割ではありません」
その言葉が、妙に胸に残った。
神殿を出る頃には、街の人々の視線は恐れよりも好奇心に変わっていた。
モコは相変わらず尻尾を振っている。
「……ねえモコ」
「ワン」
「ここ、どうやら普通じゃないみたいだよ」
モコは当然だと言わんばかりに、私の手に鼻を押しつけた。
異世界。
聖獣。
契約主。
分からないことだらけだ。
けれど――
「まあ、なるようになるか」
そう呟くと、モコは嬉しそうに鳴いた。
この世界での生活は、どうやら想像以上に騒がしくなりそうだった。




