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隣の芝生は青く見える

作者: 宮崎

「エリー、お前には付き合えない」


 ある屋敷の中。

 私の婚約者であるマッドは話を切り出す。エリーはマッドの様子を見て、別れ話だとすぐにわかった。


「……」


 エリーは「付き合えないのはこっちの方だ」という文句を押し殺して、マッドの話に耳を傾ける。


「元々親同士が決めた婚約だ。しかし僕と君では互いに合わなかった。……僕は父に相談して、この婚約を破棄することにしたよ。そっちのほうが君にもいい選択だと思ってね」

「ええ、そうね。しかし婚約を破棄してしまってもいいのかしら?家のこととか……」


 エリーの家系は代々伝わる商人の一族。貴族ではないものの、この町ではかなり顔が利く立ち位置にある。そこで、この町との伝手が欲しいと考えた貴族は私たちの家とつながりを持つことにした。

 そうした背景から、この婚約は双方にとって大きな利がある話になる。心情はともかくとして、婚約破棄は難しいだろうとエリーは考えていた。


「家のことは問題ないよ。見てもらえばわかる」


 マッドはそういうと、使用人に指示を出している。エリーは他の女がいるのだとわかった。マッドは浮気先の女を本気で気にいったらしく、エリーは「だらしない男だ」と軽蔑する。

 しかし、その浮気先の女を見てエリーは驚いた。


「紹介するよ。とはいっても知っているだろうが、彼女はリリー。僕はこの人と付き合うことになった」

「はじめまして、という間柄でもないよねっ、お姉ちゃん」


 ニコニコと愛想よく笑うリリーに、エリーは開いた口が塞がらないようであった。


「この通り、君の妹と婚約すれば家のことは何も問題はない。彼女と何回も話したところ、気が合いそうだったからね。僕らの両親にも話は通してある」

「そういうことだからお姉ちゃん、何も心配しなくてもいいよ!マッドくんは私が幸せにするから!」


 勝ち誇ったような顔で私の方を見る妹に、エリーは呆れるばかりだ。

 リリーは何かと姉であるエリーの物を欲しがる悪癖があった。まさか婚約者まで欲しがるとはエリー自身も思わなかったが。


「……ええ、そうね。リリーなら安心だわ」


 しかし、エリーにとってはありがたい話だった。

 マッドという男は、遠くから眺める限りでは優良物件だ。外から見れば短く整えた金髪の美王子。しかしリリーはすぐに後悔することになるだろうと、エリーはほくそ微笑んだ。


―――――


 それから一ヶ月ほど過ぎたこと。

 エリーの予想通り、リリーは婚約者との生活で後悔することになる。マッドは外面こそ素晴らしいものの、内面は最悪であった。気に入らないことがあればすぐに怒る。特に家事に関することでは、些細なことで怒鳴られることをエリーは知っていた。

 

「もう嫌だ!」とリリーは父に婚約破棄を申し出たらしいが、父は一切聞き入れていない。父からすれば、家の事を考えれば婚約破棄をするわけにはいかないのだ。父はリリーのワガママっぷりに愛想をつかしたのか、「婚約破棄になってみろ、二度と家の敷居はまたがせん!」と怒鳴りつけていた。


 「ほら見たことか」と、エリーは喫茶店の中で妹の失敗を笑っていた。


「隣の芝生は青く見えるってやつよ。実際はそんないいものでもないのにね」

「へえ、そんなことになっていたのか。お互い不出来な身内がいると大変だね」

 

 ハンスは紅茶をゆっくりと傾けながら言う。


「兄さんも兄さんでね、親父にこっぴどく怒られたらしいよ。君の妹さんに逃げられそうになった時、女関係のトラブルを起こさないようにって丸坊主にされてさ」

「自業自得ね」

「まあ、あまりにも不義理だったから仕方ないよ」


 ハハハと笑うハンス。

 ハンスはマッドの弟である。マッドとは違い長い茶髪に地味目な顔立ちをしている。しかし、人当たりが良いのか、常に誰かの相談を受けていた。


「リリーもマッドも、私から言わせてもらえば内面が腐っているのよ。人をないがしろにして許されると思ってるから罰が当たったのよ!」

「まあ、確かに兄さんは何かと人に文句を言い過ぎだと思うけどね」


 ハンスは空になったカップを置く。それを見て、エリーは意を決したように話を切り出す。


「それで、話って何だい?」

「……ほら、何度も貴方に相談に乗ってもらったじゃない?私の言うことに、嫌な顔せず聞いてくれていたでしょう?」

「まあ、そうだね」


 エリーにとってハンスは恩人である。マッドとの生活に耐えきれなくなったエリーは、ハンスに八つ当たりをするように愚痴を吐くようになった。ハンスは愚痴に相槌を打ちながら話を聞いていたようで、エリーにとってそれは心の支えになっていた。

 いつしか、エリーの中には恋心が芽生えるようになったのだ。


「……だから、これ」


 ハンスの前に差し出したのは白い小箱だ。ハンスが小箱を開けると、そこには指輪があった。

 その意味を察したのか、ハンスは驚いた顔をしている。しかし、ハンスは断るように、そっと小箱を閉めた。


「君は良い友人だとは思うけど、それはいいかな」


 なぜ?とエリーは問いかけるも、ハンスは笑って答える。


「ほら、隣の芝生は青く見えるものだからね」


 余談だが、ハンスは自身の兄から相談を受けていた。曰く「人の悪口ばかり吹聴して回る婚約者と別れたい」とのことだった。


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