死滅の樹海
第二章 死滅の樹海で
ゼノ――そう名乗ることにした。忘れてしまった本当の名はもう要らない。600億年も経てば、名前など砂に書いた文字と同じだ。
ここは「死滅の樹海」。一度足を踏み入れれば二度と帰れぬ呪われた森。普通の人間なら恐怖で足をすくませる場所だが、ゼノにとってはただの散歩道にすぎない。
しかし、進むうちに違和感を覚えた。腐敗した空気の中に、わずかな人間の匂い。しかも――子供のものだ。
「……は?」
木の根元に、小さな影が倒れていた。まだ4〜5歳ほどの男の子。全身に傷と痣、骨が浮き出るほど痩せ細っている。呼吸は浅く、今にも消えそうな命。
ゼノは無意識に駆け寄っていた。
「お、おい……お前……」
自分でも驚くほど声が震えた。600億年ぶりの人間。それも、男の子。女ではない。
「……よかった……男か。」
思わず心底ホッとした声が漏れる。
久しぶりの“人”に加え、極度の女嫌いのゼノは、目の前の存在に異様な安堵を覚えた。
少年の体を抱き上げる。軽い。骨と皮しかない。
「……死ぬなよ。」
ゼノの指先から、音もなく魔力が流れた。詠唱も名もない無色の光が少年を包む。血が止まり、肉が再生する。世界最高峰の回復魔法でさえ霞む技だが、ゼノは表情を変えず、ただ黙々と施した。
やがて少年が小さく咳をした。かすれた声が漏れる。
「……た、すけ……て……」
その瞬間、ゼノの胸に何かが走った。600億年ぶりに、心臓が“痛む”感覚。
「……あぁ。お前は俺が助ける。」
感じた感覚に自身が一番驚きながらも
気が付けば応えていた
呟く声は、誰よりも優しかった。
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◆
少年が目を覚ましたのは数時間後だった。焚き火のそばで、ゼノが木の枝を削って何かを作っていた。
「……お、おじさん……?」
ゼノの手がピタリと止まる。
「……おじ...さん……だと?」
「ご、ごめんなさいっ……」
「あ、いや……そうか。俺、三十五だから……いや、まあ……」
珍しく言葉を詰まらせ、少しだけ頬を赤くするゼノ。600億年の修行を経て最強になった男が、子供に「おじさん」と呼ばれて動揺している。
「……俺はゼノ。お前の名前は?」
少年は小さく首を横に振った。
「……ない、です。」
ゼノの目が細くなる。その一言で、少年がどんな扱いを受けてきたか、理解してしまった。
「……なら、俺がつけてやる。」
そう言って、焚き火の炎を見つめた。
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