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【ひとまず完結】異世界の偏屈爺、かく語りき  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ


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27/27

27:剣が表す価値とは

筆者:石臼翁



 この王都には星の数ほどの剣が存在する。戦士の腰に差された無骨なものから、貴族の館の暖炉の上に飾られた豪奢なものまで、その種類は千差万別だ。


 だが突き詰めて考えれば、人が剣に求めるものは、大きく分けてふたつしかない。ひとつは、「敵を斬る」という冷徹なまでの実用性。もうひとつは、「己を飾る」という虚栄心にも似た装飾性だ。


 二十年以上前のことだ。私の店に二振りの剣が持ち込まれた。この剣にまつわる数奇な物語は、その二つの価値観がいかにして交錯し、そしていかにして人の運命を皮肉な形に変えていくかを、まざまざと見せつけてくれた。


 一振り目は、名を「断鉄 (だんてつ) 」といった。北方のドワーフの鍛冶師が、その生涯をかけて打ち上げたという黒鉄の剣だ。装飾など一切ない。柄には滑り止めの革が巻かれているだけで、鍔も小さく、刀身は一見するとただの鉄の棒のようにさえ見える。だが、その真価は、ひとたび振るわれた時に発揮される。切れ味や軽さなど実用性を追求した剣とは、まさにこのことだ。風を切る音さえさせず、分厚い鉄板をまるで紙のように断ち切る。重心のバランスは完璧で、長時間振るっても疲労を感じさせない。それは、命のやり取りをする戦場において、持ち主を確実に生還させるためだけに特化した、究極の「道具」であった。


 もう一振りは、名を「薔薇の棘 (ローズ・ソーン) 」といった。王都一の名工が、時の王太子のために作ったとされる白銀の剣だ。その美しさたるや、筆舌に尽くしがたい。刀身には魔力を帯びた銀で薔薇の蔦が象嵌され、柄頭には大粒のルビーが埋め込まれている。鞘もまた真珠や金糸で飾られ、まばゆいばかりの輝きを放っている。だが、その実用性は皆無に等しい。重心は悪く、装飾のせいで無駄に重い。刃も、宝石を傷つけぬようにあえて鈍く研がれている。それは見栄えを重視した儀礼用の剣、すなわち権威を誇示するための、最高級の「装飾品」であった。


 この対照的な二振りの剣が、ある時、私の店で同時に売りに出された。持ち主は、没落した伯爵家の老当主だった。彼は借金の返済のために、家宝であったこの二振りを手放さざるを得なくなったのだ。


 そして、運命のいたずらか。

 この二振りを買い求めたのは、二人の若い騎士であった。


 「断鉄」を選んだのは、平民出身の無骨な若者だった。彼は剣の見た目には目もくれず、その重心と切れ味だけを確かめると、なけなしの全財産をはたいてそれを買い求めた。「俺は戦場で生き残らねばならない。そのためには飾りのついた剣など邪魔なだけだ」と、彼は言った。


 一方、「薔薇の棘」を選んだのは、名門貴族の御曹司だった。彼は剣の美しさに一目惚れし、親の金で、言い値の倍の金額を払って、それを手に入れた。「騎士たるもの身だしなみこそが命。この剣こそが、私の高貴な血筋にふさわしい」と、彼は豪語した。


 そして時は流れ、隣国との戦争が勃発した。二人の若き騎士は、それぞれの剣を携えて同じ戦場へと赴いた。


 戦場は、地獄だった。泥と血と、鉄の焼ける匂いが充満する死の舞踏場。そこで、「断鉄」を持った若者は鬼神の如き働きを見せた。彼の剣は、敵の鎧をたやすく切り裂き、迫り来る刃を弾き返し、幾度となく彼の命を救った。飾りのないその剣身は血脂にまみれても輝きを失わず、その切れ味は戦いの終わりまで鈍ることはなかったという。彼は多くの敵を討ち取り、多くの味方を助け、ついにはその武勲によって一軍の将へと昇進を果たした。


 一方、「薔薇の棘」を持った御曹司は、どうなったか。彼は、戦場においてもその美しい剣を誇示し、敵の目を引いた。だが、いざ敵兵と刃を交えた瞬間、悲劇は起きた。装飾過多なその剣は敵の重い一撃を受け止めることができず、あっけなく折れてしまったのだ。さらに、鞘に施された豪華な装飾が、乱戦の中で彼の動きを妨げ、彼は満足に逃げることさえできなかったという。彼は敵の捕虜となり、その美しい剣だけでなく、騎士としての誇りも、家名も、すべてを失うこととなった。


 この結末だけを見れば、実用性こそが正義であり、虚飾は無意味であるという、ありきたりな教訓話で終わるだろう。だが、物語には、まだ続きがある。


 戦争が終わり、時が経って。かつて「断鉄」で武勲を立てた若者は、将軍として国を守り続け、老境に入ろうとしていた。ある日、彼は王宮での式典に招かれた。そこにはかつての敵国の使節団も来ていた。平和条約の調印式である。老将軍はいつものように、あの無骨な「断鉄」を腰に差して出席しようとした。


 だが、王宮の儀典官は、彼を止めた。「将軍閣下。そのような血の匂いの染みついた薄汚れた剣を、平和の祭典に持ち込むことはまかりなりません。それは相手国への非礼にあたります」と。彼は、抗議したが、聞き入れられなかった。結局、彼は王宮から借りた、きらびやかな儀礼用の剣を腰に差し、窮屈そうに式典に参列したという。


 一方、あの「薔薇の棘」はどうなったか。折れた剣は、敵国の将軍に拾われ、その美しさを惜しんだ彼によって修復された。そして、戦利品として敵国の王宮に飾られていた。平和条約の席上、敵国の王は、友好の証としてその剣をこちらの国の王へと返還したのだ。


「この美しい剣は、かつて貴国の騎士が持っていたものです。戦場では折れてしまいましたが、その輝きは平和な世においてこそ、真の価値を発揮するでしょう」


 その言葉と共に返還された「薔薇の棘」は、両国の友好の架け橋となり、新たな平和の象徴として、再び王宮の宝物庫に収められたのである。


 私は、この顛末を聞いて、剣というものの因果な運命に思いを馳せずにはいられなかった。


 戦場において、命を守り、敵を倒すためには、実用性を極めた「断鉄」こそが至高の剣だ。だが平和な世において、国と国とを結び、争いを未然に防ぐための象徴として、見栄えを極めた「薔薇の棘」はその役割を果たした。


 剣に求めるものは、時代によって、状況によって、まるで気まぐれな空模様のようにその色を変える。どちらが優れているとか、どちらが正しいとか、そんな単純な話ではない。剣は、それを使う人間の業と、その時代が求める価値観を映し出す、ただの鏡に過ぎないのだ。


 かつての将軍は今、引退し、静かな余生を送っているという。彼の腰にはもう剣はない。だがその手には、孫のために木切れで作った小さな剣が握られているそうだ。おそらく、その不格好で、何の役にも立たない木剣こそが、彼にとって、生涯で最も価値のある一振りになるのかもしれない。



 -了-

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