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【ひとまず完結】異世界の偏屈爺、かく語りき  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ


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21:いばらの冠

筆者:石臼翁



 王都の酒場ではこのところ、同じような話題で持ちきりである。先日この紙面でも取り上げた、あの「新生・王宮騎士団」の、実に情けない顛末についてである。あれほど華々しく始まり、竜の頭のように誇示されたものが今や見る影もなく、惨めな蛇の尻尾と成り果てた。民衆は、国王陛下の若さゆえの理想主義を嘲笑し、あるいはその経験不足を嘆き、「やはり、先王陛下のような老練な方が玉座におられたなら」などと、勝手なことを言い合っている。


 なるほど、結果だけを見れば、彼らの言うことにも一理あるのかもしれぬ。

 だが、物事というものは、そう単純なものではない。


 そもそも先王陛下は、まだまだ壮健であらせられた。にもかかわらず、なぜ、あれほど早くに若き王子へとその玉座を譲られたのか。巷では、ご自身の病を隠しておられたのだとか、あるいは宮廷内の権力闘争に嫌気が差したのだとか、様々な憶測が飛び交っている。だが、そのどれもが的を射てはいない。私が、古くからの馴染みである宮廷の老侍従から又聞きした話によれば、その真相はもっと深く、そしてある意味では遥かに示唆に富んだものであったようだ。


 先王陛下、レオナルド三世。在位時の彼は、どのような王であったか。民衆の多くはおそらく、「温厚で、争いを好まれぬ、慈悲深い王」といった印象を抱いていることだろう。

 確かに、彼の治世は大きな戦争もなく、比較的平穏であった。だがそれは彼が特別に優れた為政者であったから、というわけではない。むしろ、その逆だ。彼は、あまりに「良き人」過ぎたのだ。


 先王陛下は、誰よりも平和を愛し、民の安寧を願っておられた。それは疑いようのない事実だ。だがその優しさゆえに彼は、王として最も重要な「決断」を下すことから常に逃げ続けてこられた。貴族たちが己の利権のために法を歪めようとすれば、彼はその双方の顔を立てようと玉虫色の裁定を下す。隣国が国境で不穏な動きを見せても、彼は対話を重んじるあまり断固たる態度を示すことができない。その結果、問題は先送りにされ、国の内側では腐敗という名の膿が、静かに、しかし確実に溜まり続けていったのだ。あの王宮騎士団の堕落もまた、そうした彼の「不決断」が生み出した、数多くの病巣のひとつに過ぎない。


 先王陛下自身、そのことに気づいておられなかったわけではないだろう。だが、長年染みついた気質というものは、そう簡単には変えられぬ。玉座にあって、彼は常に苦悩していたという。己の優しさが結果として国を緩やかに蝕んでいる、その痛烈な自己矛盾に。


 転機が訪れたのは、数年前のことだ。当時、まだ王子であった現国王陛下が成人を迎えられた頃。王子は、その若さゆえの真っ直ぐさで、父である王に、こう進言されたという。「父上。このままでは、この国は、外からではなく、内から腐り落ちてしまいます。貴族たちの専横を許し、軍備の弛緩を放置していては、いずれ取り返しのつかないことになる。今こそ、大鉈を振るうべき時です」と。


 その言葉は、正論であった。だが、先王陛下には、その大鉈を振るうだけの「冷徹さ」がどうしても持てなかった。貴族たちの抵抗、それに伴う宮廷内の混乱、そして何より、改革の過程で誰かが傷つき血が流れるかもしれないという可能性。そうしたものを想像するだけで、彼の心は重く沈んでしまうのだ。彼は良き人ではあったが、国の膿を切り裂くための冷たい刃にはなれなかった。


 その時、先王陛下はひとつの、実に賢明で、そしてある意味では非常に狡猾な決断を下された。それは「己の手に血を塗る」ことから逃れるための究極の選択であったのかもしれない。彼は、こう考えたのだ。「私には、この国を膿むところを大きく断ち切るだけの覚悟はない。だが、この若き獅子にはそれがある。ならば、私がすべきことは、この獅子に思う存分暴れさせるための舞台を、今のうちに整えてやることではないか」と。


 そして先王陛下は密かに、しかし着々と、その準備を始められた。彼は、まだ若い王子をあえて様々な国政の場に引き出し、その理想主義がいかに現実の壁にぶつかるかを、その身をもって学ばせた。彼は、王子が提案する急進的な改革案を、頭ごなしに否定しなかった。その実現のために、どのような根回しと、どのような妥協が必要になるかを、粘り強く説いたのだ。そして何より彼は、自らが退位した後に王子が孤立無援とならぬよう、宮廷内の古参の重臣たちの中から信頼できる者を密かに選び出し、「いずれ我が息子が痛みを伴う改革を断行するだろう。その時、お前たちだけは彼の盾となり、支えとなってやってくれ」と、頭を下げて回ったのだという。


 それはまるで、老練な棋士が何手も先を読んで布石を打つような、実に用意周到な「譲位」であったのだ。


 そして、機は熟した。先王陛下は、まだ若い王子に、その重い王冠を譲り渡した。それは決して、責任を放棄したのではない。むしろ、彼にできる最大限の責任の果たし方であったのだ。彼は、己にできぬことを、己よりもそれにふさわしい者に託した。そして、その者が失敗した時のための安全網までをも、見えぬところで張り巡らせていた。


 さて、件の騎士団改革の失敗だ。若き新国王は、己の理想がいかに現実の泥にまみれているかを、手痛い形で学んだことだろう。民衆は、彼の未熟さを嘲笑している。だが先王陛下はおそらく、離宮の窓辺でその知らせを静かに聞きながら、こう呟いておられるに違いない。「それでよいのだ」と。


 若さとは、失敗する権利そのものだ。そして、王の仕事とは、国を揺るがさぬ範囲で、次の王に、思う存分失敗をさせてやることでもある。今回の失敗は、若き国王にとって何物にも代えがたい薬となるだろう。彼は、机上の空論だけでは国は動かせぬことを知った。人の心には、理想だけでは割り切れぬ、嫉妬や、傲慢さや、怠惰といった、どうしようもない感情が渦巻いていることを知った。そして、本当の改革とは、竜の頭を掲げることではなく、蛇の尻尾に至るまでの、地味で、骨の折れる作業を厭わぬことだと学んだはずだ。


 先王陛下は、自らの手で国を治めることは諦めた。だが彼は、次代の王を育てるという、最も重要で、そして最も困難な仕事において、見事な手腕を発揮されたのだ。今回の騎士団騒動は、彼の描いた壮大な脚本の一部に過ぎないのかもしれない。若き獅子が傷つき、学び、そしていつか、真の王として覚醒する。そのための、計算され尽くした試練。


 そう考えると、あの情けない蛇の尻尾も、また違った意味を帯びてくる。あれは終わりの惨めさではない。始まりの、産みの苦しみそのものなのだ。


 この国の物語は、これから一体どこへ向かうのか。はたしてこの老いぼれには、それを見届けるだけの時間が残されているかどうか。



 -了-

読んでいただきありがとうございます。

次回の更新は、12月24日の予定です。


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