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【ひとまず完結】異世界の偏屈爺、かく語りき  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ


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02:最新鋭のミスリル鎧

筆者:石臼翁



 私は魔道具の修復師などという大層な看板を下ろして久しい。今は首都の裏通りで、埃をかぶった品々に囲まれながら古物商を営むしがない爺だ。

 それでも昔取った杵柄というやつか、古い馴染みやそのまた弟子筋の者たちが、時折やっかいな代物を持ち込んでは私の知恵を借りにくる。その伝手もあって、表通りには流れてこないような様々な情報が入ってくることもある。


 先日もそんな客人が私の『ヘムロック堂』の扉を叩いた。

 まだ若者と呼んで差し支えないだろう三人組の冒険者パーティーで、リーダー格の青年が恭しく包みを差し出す。中から現れたのは、磨き上げられた胸当てだった。月光を溶かし込んだような、滑らかな光沢。紛れもないミスリル製だ。聞けば、先日のゴブリンの群れとの小競り合いで、運悪くウォーハンマーの一撃を食らってしまい、一部が歪んでしまったのだという。

 青年いわく、最新鋭のミスリル鎧なんだとか。しかしどの工房の職人にも手に負えないと言われ、たらいまわしにされた果てに、私のような裏通りの爺のもとへやってきたらしい。


 青年は、最新鋭のミスリル鎧を使うほどの凄腕なのだぞ、と言わんばかりに胸を張った。確かにその若さでミスリル鎧に手を出すというのだから、それなり以上の腕前なのだろう。


 差し出されたミスリルの胸当てを改めて見てみる。なるほど、確かに見た目は立派なものだ。縁には精緻な龍の彫刻が施され、中央には小さな魔石まで埋め込まれている。作りも昔とは違うのだなぁ、と感心したふりをしながらじっくりと検分を始める。合わせてミスリル鎧の他の部分も見せてもらったが、私の指先はどうにも言いようのない違和感を覚えた。


 まず、手に持った感触が妙だ。ミスリルはその軽さにこそ真価があるが、これはあまりに軽すぎる。まるで中身のない書き割りのようだ。ミスリル自身が金属であることを忘れてしまったかのような心許なさを感じる。

 次に、歪んだ箇所を指でなぞってみる。なるほど、確かにゴブリンの得物ごときでへこむ程度の強度では話にならん。早々に修復が必要だろう。

 だが問題はそこではない。歪み方だ。本来、鍛え上げられたミスリルというのは、強い衝撃を受ければ繊維状に裂けるように傷がつくものだ。それは幾重にも折り重ねて鍛錬された金属の層が、衝撃を分散させながら持ち主を守った証なのだ。しかしこの胸当ての歪みは、まるで粘土を強く押したかのように、ただぐにゃりと凹んでいるだけ。これではダメージを防ぐどころか、内臓にまで衝撃を届けてしまうだろう。


 私は思わず、今は亡き師の顔を思い出していた。ドワーフの国から流れてきた、偏屈で無口な鎧職人だった。彼の工房はいつも鉄の匂いと、槌の音と、そして彼の怒声に満ちていた。「鎧は第二の皮膚、着る者の命を預かるということを片時も忘れてはならない」というのが口癖で、装飾なんぞには目もくれず、ひたすらに機能だけを追求する男だった。彼が鍛えたミスリルは、一見すると地味なくすんだ銀色で、お世辞にも美しいとは言えなかった。だがそのミスリルの一枚一枚には、何百、何千という槌の跡が魂のように刻み込まれていた。関節のつなぎ目はまるで生き物のように滑らかに動き、剣を振るうにも盾を構えるにも、一切の淀みを生じさせない。あの精緻さは、人間の骨格を知り尽くし、金属の声を聴くことのできる者にしか生み出せない芸当だった。


 対してこの「最新鋭」とやらはどうだ。肩当てと胸当てを繋ぐ蝶番の作りは甘く、これでは腕を真上に振り上げることも難しいだろう。埋め込まれた魔石はおそらくは低級の光魔法を付与したものだろうが、こんなものは夜道で足元を照らす程度の役にしか立つまい。飾り立てる前に、まず「守る」という鎧の本質を考えるべきではないのか。


 私にはこの胸当ての正体が分かってしまった。これは純粋なミスリルではない。鉄や錫といった安価な金属を混ぜ込んだ「合金」だ。それも、鋳型に溶かした金属を流し込んで固めただけの、いわゆる「鋳造品」。だから軽い。だから脆い。だから、職人の魂がどこにも宿っていない。手間を惜しみ、材料をケチり、ただ「ミスリル製」という看板と見栄えの良さだけで高く売りつける。今の王都にはそんな商売がまかり通っているのだろうか。どこの工房も修復を引き受けなかったということだが、そのあたりを見抜いたのだろう。


 だが作り手ばかりを責めるのも酷というものかもしれぬ。そもそも、買い手の側に本物を見抜く目がないのだ。

 人は「最新鋭」という言葉に弱い。「限定品」という謳い文句に心を躍らせる。鎧本来の価値ではなく、それが持つ記号、つまりはブランドに金を払っていると言っても過言ではない。そういった類の者たちが求めているのは、命を守るための堅牢な道具ではなく、仲間内で自慢できるきらびやかなアクセサリーなのだろう。


 私はゆっくりと顔を上げ、このミスリル鎧は直せないと告げた。青年は狼狽しながら何故と問い詰めてくる。なじってダメならおだててみればどうだと、私を腕利きの翁と聞いたと持ち上げてくる。だがなにを言われても直せないものは直せない。これは鎧のようで鎧ではない。私が扱うのは真っ当な道具だけだ。

 私の言葉の意味が分からず、若者たちは呆然と立ち尽くすばかり。彼らがこの先、この見掛け倒しの鎧を着て、本当に死線を彷徨うような戦いに臨むことがないようにと、柄にもなく祈ってしまった。


 見栄ばかりで実のないものを身に着けていると、人間、その中身まで薄っぺらくなっていくものだ。そのピカピカの鎧に、いつか本物の傷が刻まれる日が来ないことを願うばかりである。もっとも、その時が来れば、傷がつく前に持ち主のほうがどうにかなっているだろうが。はてさて。



 -了-

 ※次回の更新は、7月30日(水)の朝8時になります。

 ※週1回の更新となっています。

 ※感想や評価などいただけると励みなって嬉しいです。よろしくお願いします。


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