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【ひとまず完結】異世界の偏屈爺、かく語りき  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ


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17:草の生えた銅像

筆者:石臼翁



 この王都の中央広場には、一体の巨大な銅像が建っている。百年前、国を滅亡の淵から救ったとされる「建国の英雄」、初代国王アレクシス一世の騎馬像だ。天に掲げられた剣、勇ましい表情、そして今にも駆け出しそうな馬の躍動感。実に立派なもので、王都を訪れる者は誰もが一度は足を止め、その威容に感嘆のため息をつく。そういった類のものだった。


 だが、今ではまったく異なる理由から名を馳せていることは、王都の者ならばご承知の通り。あの像はそんな大層な代物だったのか、と驚く人もいるかもしれぬ。無理もない。あの銅像は、とある呪いの如きものが掛けられているのだから。


 それには、王宮の権威に関わる重大事であると同時に、まるで出来の悪い喜劇のようなひどく滑稽な経緯がある。


 あの銅像は、きらびやかな「正義の剣」を掲げている。その剣は、初代国王が建国に際する戦いにおいて、常に傍らにあったという。そう聞けばいかにも英雄譚のような話に聞こえるが、歴史の真実はかなり異なる。

 実際には、流さなくてもよい血をいたずらに流したという。建国の英雄としての名を広めるために、血塗られた剣の真実を隠し、勇名轟く英雄物語をでっち上げた。英雄アレクシスという男の足元に、どれほど多くの名もなき者たちの骸が、名誉もなく打ち捨てられてきたか。歴史とは、いつだって勝者によって都合よく書き換えられる、壮大な作り話に過ぎないのだ。


 その作り話に、先日、実にささやかで、しかし痛烈な亀裂が入る出来事があった。きっかけは、中央広場で毎日のように行われている、王宮主催の「薬草配布会」であったという。この催しは、貧しい民のために、王家が慈悲深くも治癒効果のある薬草を無償で分け与える、という名目の、実に欺瞞に満ちた人気取り政策だ。配られる薬草は、どれも効能の薄い、ありふれたものばかり。だが、民衆はそれに気づかぬほど愚かではないにせよ、ただでもらえるものならと、毎日長い行列を作っている。


 その日も、行列はいつものように、あの英雄の銅像の足元を取り巻いていた。神官たちがもったいぶった仕草で薬草を配り、人々がありがたそうにそれを受け取る。そんな見慣れた光景の中に、ひとりの異様な老婆が混じっていたという。背は大きく曲がり、顔には深い皺が刻まれ、その瞳だけが、まるで闇夜に燃える熾火のようにぎらぎらと異様な光を放っていた。

 彼女は、順番が来ても、差し出された薬草を受け取ろうとはしなかった。ただ、じっと、神官たちの背後にそびえるアレクシスの銅像を、呪うような目で見上げていた。


 そして、彼女は震える声で、しかし広場の隅々にまで響き渡るような鋭い声で叫んだのだ。

「その男が掲げているのは、聖なる剣などではない! それは我が一族から奪われた『血啜りの魔剣』、呪われた悪の剣だ!」と。


 広場は、一瞬にして静まり返った。老婆は続けた。自分は、百年前に英雄アレクシスによって滅ぼされた、北の少数民族「影の民」の最後の生き残りである、と。影の民は代々、森の奥深くで自然と共に生き、強力な呪術と、そして一本の恐ろしい魔剣を守り続けてきた一族だった。その剣は、斬りつけた相手の生命力を吸い取り、持ち主に無尽蔵の力を与えるという、まさに悪の剣。だが、影の民は、その強大すぎる力を畏れ、決して使うことなく、ただ封印を守り続けてきたのだという。


 だが、当時まだ一介の将軍であったアレクシスは、その剣の噂を聞きつけ、己の野望を叶えるために、軍を率いて彼らの集落を襲った。彼は、女子供の見境なく皆殺しにし、抵抗する者たちの血でその手を染めながら、ついにその悪の剣を奪い取った。


 そして、その呪われた力を使って敵国の軍勢を打ち破り、ついには王座にまで上り詰めた。それが、我々が「建国の英雄譚」として教えられてきた物語の、おぞましい裏の顔であったのだ。


 老婆の告発は、もちろん、その場にいた衛兵たちによって、すぐに力ずくで止められた。彼女は「狂人」として、どこかへ連れ去られていったという。王宮はこの一件を「玉座を狙う反逆分子による、卑劣なデマだ」と一蹴した。民衆も、最初はざわついたものの、すぐにいつもの日常に戻っていった。誰もが、その不都合な真実を聞かなかったことにしたのだ。それで、話は終わりのはずだった。


 奇妙な現象が起きたのは、その数日後のことだった。英雄アレクシスの銅像の、ちょうど剣を握るその右腕の付け根から、一本の、名も知れぬ草の芽が、にょっきりと顔を出したのである。


 最初は、誰も気に留めなかった。鳥が運んできた種でも芽吹いたのだろう、と。だが、その草は驚くべき速さで成長を始めた。たった数日で、青々とした蔓となり、英雄の腕に、まるで緑色の蛇のように絡みついていく。職人がいくら引き抜いても、次の日にはまた、以前よりもさらに力強く、その芽を伸ばしている。


 やがてその草は、銅像の全身を覆い尽くさんばかりの勢いで繁茂し始めた。英雄の勇ましい顔は、草の葉に隠れて見えなくなった。天に掲げられた「正義の剣」の周りには、いつしか可憐な白い花まで咲き乱れる始末。かつて王都の威厳の象徴であった銅像は今や、まるで忘れ去られた古代遺跡のように、緑に覆われてしまったのだ。


 王宮の魔導師たちが躍起になって原因を調査したが、その草からは一切の魔力が検出されなかったという。それは、どこにでも生えている、ごくありふれた、ただの草だったのだ。


 私はこの滑稽な顛末を聞いて、ひとり、店の奥でほくそ笑んだ。これは、あの老婆の呪いなどではない。もっと根源的で、そしてもっと抗いがたい、自然の摂理そのものだろう。


 歴史は、確かに、権力者によっていくらでも塗り替えることができる。英雄は作り上げられ、悪の剣は聖剣として語り継がれる。だが、大地は、そしてそこに根を張る名もなき草は、嘘をつかない。たとえ銅像という、硬く、冷たい権威の象徴で真実を塗り固めようとしても、その足元に流された無念の血を吸って、いつか必ず、新しい命が芽吹くのだ。その草は、声高に何かを告発したりはしない。ただ静かに、しかし確実に、偽りの英雄像を覆い尽くし、その虚飾を無言のうちに暴き出していく。


 今や王都の子供たちは、あの銅像を「草のおじさん」と呼んでいるらしい。かつての英雄の名は、忘れ去られようとしている。王宮の連中がどんなに躍起になって草を刈り取ろうとも、もう無駄なことだ。一度、大地が記憶してしまった真実を、消し去ることなど誰にもできはしないのだから。


 あの老婆は、今頃どこでどうしているだろうか。英雄像が草に覆われてしまうのが、彼女の復讐によるものだったのかどうか、実際のところは分からない。だが結果として、最も静かで、そして最も美しい形で、その復讐は成し遂げられようとしているのかもしれない。



 -了-

読んでいただきありがとうございます。

次回の更新は、11月26日の予定です。


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