15:土くれの革命
筆者:石臼翁
この世には二種類の人間がいる。歴史の教科書に名を残す者と、その教科書の余白にさえ記されぬ者だ。我々が日々、目にし、耳にするのは、決まって前者たちの物語である。王が崩御した、英雄が魔物を討伐した、大魔導師が新たな魔法を編み出した、などなど。そうした華々しい出来事が、さも世界のすべてであるかのように語られる。
だが、本当に世界を、人々の暮らしを根底から変えてしまうような出来事というのは案外、静かにもたらされるのかもしれない。教科書のどこにも載っていない、名もなき者たちの手によって。
近頃、私の耳に届いた、とある辺境の鉱山町の噂話。まさしくそんな種類の、地味ではあるが、途方もなく大きな変革の始まりを告げているようなものであった。
その町の名はグレイロック。王都から馬車を乗り継いでも半月はかかるような、山深い場所にある寂れた鉱山町だ。そこで採れるのは、ミスリルでも金でもない。魔力をほとんど通さぬ、ただの無骨な鉄鉱石ばかり。そのため、町の暮らしは決して豊かとは言えず、男たちは来る日も来る日も、薄暗い坑道で粉塵に塗れ、わずかな日銭のために命を削っている。そんな町がここ数年、奇妙な活況を呈しているというのだ。
話の発端は、ひとりの名もなき魔道具技師だった。彼は、王都の工房で使い走りをしていたが、才能に恵まれず、結局は故郷であるその寂れた鉱山町に出戻った。いわゆる「落ちこぼれ」であったという。
彼は、町の男たちが危険な坑道で落盤事故に遭い、あるいは有毒なガスに倒れていくのを目の当たりにしたという。どうにかして彼らの助けになれぬものかと、懸命に頭をひねった。そして、彼は来る日も来る日も工房に籠り、何かに取り憑かれたように研究を続ける。彼が作ろうとしていたのは、「ゴーレム」だった。
ゴーレム。粘土や石で作られた、魔法仕掛けの人形。一般的には、城の番兵や、貴族の屋敷の雑用係として使われる、いわば「魔法の奴隷」だ。それらは、一体作るのにも莫大な費用と高度な魔法技術を要するため、我々庶民には縁遠い贅沢品の類である。
だが彼が作ろうとしたのは、そんな高尚なものではなかった。彼が目をつけたのは、鉱山でいくらでも手に入る、ただの土くれと、価値のない屑鉄だった。彼はそれらを材料に、たったひとつの目的のためだけに特化したゴーレムを作り上げた。すなわち、「鉱石を掘る」という、ただそれだけのためのゴーレムを。
もちろん、彼のゴーレムは、王宮にいるような洗練された代物とは似ても似つかぬ、不格好な土人形だった。動きは鈍重で、知性もなく、ただ設定として埋め込まれた単純作業を繰り返すだけ。だが、それで十分だった。その土くれの人形は、文句も言わず、疲れも知らず、そして何より、命の危険を冒すことなく、人間以上の力で黙々と鉱石を掘り続けた。最初は、町の誰もが、彼の奇行を嘲笑したという。「あんなガラクタが何の役に立つものか」と。
だが、その評価はすぐに覆されることになる。彼のゴーレムたちが稼働し始めてから、グレイロックの鉄鉱石の産出量が大きく変わった。これまでの数倍、いや数十倍にまで跳ね上がったのだ。
男たちは、もはや危険な坑道の奥深くへ入る必要がなくなった。落盤事故で命を落とす者も、粉塵で肺を病む者もいなくなった。彼らは、ゴーレムが運び出した鉱石を安全な場所で選別し、加工するだけで、以前よりもはるかに多くの収入を得られるようになったのである。
この話を聞いて、私は素直に感心した。落ちこぼれと蔑まれたひとりの技師が、己の知識と創意工夫で、故郷の人々を救った。実に心温まる美談である。
だが話はここで終わらない。このささやかで、しかし確実な変化が、思わぬ波紋を広げることになるのだ。
グレイロックの鉱山は代々、その地を治める子爵家の私有財産であった。子爵は、鉱夫たちから産出量に応じた法外な税を取り立て、その富で王都に豪奢な屋敷を構えている。自らは一度もその寂れた領地に足を踏み入れたことのないような、典型的な怠惰貴族だった。彼は領地からの税収が爆発的に増えたことに、最初はほくそ笑んだことだろう。だが彼はすぐに、その変化が己の支配を根底から揺るがすものであることに気づかされる。
鉱夫たちは豊かになった。そして、豊かさは人に余裕と、「思考する時間」を与える。彼らは、もはや子爵の搾取にただ黙って耐えるだけの無力な存在ではなくなっていたのだ。なぜ、我々が命懸けで(いや、もはや命懸けですらなくなったが)得た富のほとんどを、顔も知らぬ領主に吸い上げられねばならないのか。その素朴な、しかし根本的な疑問が、町の人々の間に、静かに、しかし確実に広がっていった。
決定的な事件が起きたのは、子爵が、新たな税として「ゴーレム税」なるものを課そうとした時だった。一体につき、金貨一枚。それは彼らの生活を再び圧迫するには十分な額だった。その時、町の人間は初めてひとつになった。彼らは、納税を拒否したのだ。怒り狂った子爵は当然、兵を差し向けた。町の男たちを懲らしめ、再び以前のような従順な羊の群れに戻すために。
だが子爵の兵士たちが目にしたのは、鋤や鍬を手にし、震える農民の姿ではなかった。彼らの前に立ちはだかったのは、数百体にも及ぶ、無骨な土くれのゴーレムたちだった。それらは、かつて鉱石を掘るために作られた人形だった。だが、その埋め込まれていた行動指針を書き換えられ、今や町を守る沈黙の兵士と化していた。彼らは痛みを感じず、恐怖も知らず、ただ黙々と、侵略者たちをその剛腕で打ち据え、鉱山の外へと追い返してしまったのである。
これはもはや単なる一揆ではない。静かなる「革命」の始まりだ。武器を取ったのは、人間ではない。彼らが自らの手で生み出した、土くれの人形たちなのだ。この革命には血が流れない。ただ、これまで虐げられてきた者たちが、知恵と技術によって、自らの手で未来を掴み取ろうとしているだけだ。
王都の貴族たちは、この事件を「辺境の蛮族が、禁断の魔法で反乱を起こした」と断じるだろう。いずれは正規軍を派遣して、その芽を完全に摘み取ろうとするに違いない。彼らにとって鉱山とは、己の富を生み出すための都合の良い「狩場」に過ぎない。その「狩場」の獲物であるはずの民草が、己の意志を持ち、牙を剥くことなど、断じて許容できるはずがないのだ。
とはいえ、一度生じた大きな潮流はもう誰にも止められない。グレイロックで起きたことはいずれ、他の貧しい町や村にも伝わるだろう。そして、人々は知るのだ。王侯貴族の血筋や、騎士の剣だけが力ではない、と。名もなき人間の知恵と、土くれの人形が、時にどんな軍隊よりも雄弁に、自分たちの権利を主張する手段となりえるということを。
歴史の教科書には、おそらく、このグレイロックの名は記されまい。だが本当の意味で世界を変えるのは、いつだって、そうした名もなき者たちの行動だ。静かで、しかし決して屈することのない意志なのだ。
これまで王都で安楽椅子に座って安穏としていた貴族様方は、どんな行動を見せるのか。その言動いかんによって、貴族様方が果たして歴史の教科書に名を残すほどの者なのか否か、器の程を問われることになる。
-了-
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次回の更新は、11月12日の予定です。
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