おじいさんの犬
おじいさんの犬とは?おじいさんが飼っている犬なのでしょうか
太一は、ペットショップのガラスケースの中にいた。
小さな箱のような空間。毎日、誰かが自分を抱っこしてくれる。
「かわいい!」
「この子がいい!」
子どもたちは目を輝かせて言うけれど、親はたいてい首を振る。
「ダメよ、お世話できないでしょ」
「犬は簡単じゃないからな」
太一はそのたび、ケースに戻された。寂しさが胸に染みる。
ある日、ひとりのおじいさんが来た。
頭は真っ白だったけど、太一を見つめる目は優しかった。
「……どうかな」
おじいさんはそう言って、しばらくじっと見つめたあと、帰っていった。
次の日も、おじいさんはやってきた。
今度は長い時間、太一と見つめ合った。
数日後、おばあさんを連れてまた来た。
「この子なの?」
「ああ。気になるんだ」
おばあさんは少し考えてから、店員さんに言って太一を抱っこした。
太一は不安だったけれど、なぜかこの二人の腕の中は、あたたかかった。
「一緒に帰ることにしましょう」
「うん、そうしよう。名前は太一に決めているんだ」
その日、太一はついに家族を手に入れた。
けれど、家に帰ってみると、想像していたのとは違った。
走りたい。でも、おじいさんは歩くのがゆっくりで、一緒に走ってくれない。
ボールを投げてくれるけど、拾って戻しても、ぼんやりした顔をしている。
「おーい、太一? どこ行った?」
「ここにいるよ!」と言いたかったけど、言葉は通じない。
お腹が空いてくんくん鳴いても、耳が遠いのか、おじいさんは反応しない。
水の皿が空になっても気づかない。
なんとかまともに面倒を見てくれるのはおばあさんだが
耳や目が悪いのはあまり変わらないみたいだ。
太一は心の中で叫んだ。
「なんでこんなところに来ちゃったんだよ……!
じーさんなんか、犬飼っちゃダメだ!」
夜、寝る前。おじいさんが太一の頭をなでながらつぶやいた。
「ありがとな。いるだけでうれしいよ」
その声だけは、不思議と心にしみた。
時が流れ、太一は成犬になった。
元気いっぱいだった体は落ち着き、感情も安定してきた。
おじいさんとの暮らしにも慣れてきた。
散歩はのんびり、匂いを嗅ぎながら歩くのが好きになった。
ごはんを忘れられることもあるけど、その時は裾をかんで引っ張る。
ごはんが出てくるまであきらめないのがポイントだ。
「おっと、すまんすまん」
「忘れたらダメだぞ」
そんなやりとりも、もう日常だ。
数年が過ぎて、今度は太一が年を取った。
目もかすみ、耳も聞こえづらくなった。
足がふらつき、散歩も半分はおじいさんに抱っこしてもらう。
それでも、おじいさんは文句を言わない。
太一が立ち止まれば、一緒に止まり、無理をさせない。
「おまえも、年取ったなあ」
「おじいさんもね」
「茶色かった毛も白っぽくなってきた」
「追いついちゃった」
太一の声は届かないけど、心は通じている気がした。
ある日、散歩中に近所の人が声をかけてきた。
「この子、もう年なんですね」
「そうなんだ。目も耳も悪くなった。でも、かわいいんだよ。わしの生きがいさ」
おじいさんはそう言って、太一の背中をやさしくなでた。
その夜、太一はおじいさんのそばで眠りながら思った。
「ありがとう、おじいさん。
小犬のころ、じーさんは犬なんか飼っちゃダメって思ってごめん。
あなたこそ、本当の犬の飼い主だった」
太一は、感謝の気持ちを胸に、静かに眠りについた。
おじいさんの犬とはおじいさんになった犬というのが結末なんです