形見のブローチ
赤い絨毯に広がったのは美しい銀細工で作られたブローチの欠片。
ほんの数刻前まで令嬢の胸元で美しく輝いていたが今ではそんな姿が想像もできない程無残な姿に変わり果てていた。バラバラになった残骸を一つ一つ零れ落ちない様に拾い上げる令嬢の瞳から涙がこぼれる。はらはらと落ちる姿はまるで絵画の様に美しいが、あまりにも痛ましいその姿に誰もが心を痛めた。
だが、静まり返ったそんな空気などお構いなしに悪意に満ちた声が響く。
「これはお前への罰だ。アイビー。
僕の愛がメディに向かうのを恐れたお前は嫉妬に狂った。
そんな浅ましい感情にかられるなど、次期王妃としての自覚が薄い証拠だ。
メディはお前にされた事をずっと耐えていたというのに、
自分がされればそんなみっともない姿を晒すとは呆れて物も言えない。
なんと情けない姿だ。侯爵令嬢とあろう者がこの程度で泣くとは」
「アイビー様、本当は謝って欲しいですが、
これであなたもわたしの痛みを理解したでしょう?
理解してくれたら、それでいいんです。もうそんな事してはいけませんよお」
学園主催で行われた夜会。
今日は新入生たちにとっては歓迎会でもあるそんな楽しい時間を今から始めようとした矢先、
誰より派手なドレスと礼服に身を包み、声高に叫んだのは学園でも有名な才媛たるアイビー・レットー侯爵令嬢がメディ・スーフォン男爵令嬢に嫉妬から嫌がらせをしていた言う驚きの告発だった。
騒めく生徒たちのことなど気にせず次々悪行と称し上げて言ったのはクリストファー・デヴァイス。
誰もが知るこの国の第一王子だった。
第一王子とはいっても生まれたのが先だったというだけの事実のみの肩書。
誇れるのは整った顔の容姿とその血筋だけでそれに相応しい努力はせずにただ驕り高ぶるのをよく産みの母である側妃に咎められているのにそれを顧みることなどなかった。
そもそも己の不出来を顧みる冷静さと客観的な視点があるのならばこんな事になどなっていないだろう。勉強するだけならば王宮でも十分な程の教育が受けられる所を息がつまる量の勉強の日々に嫌気がさして尤もらしい理由をつけて王立学園へ行く我儘を叶えて貰ったのにコレである。
仮に次代の王となるならば、仮に王とならなくとも後ろ盾の低さが足枷にならない様にと優秀な侯爵令嬢との婚約が結ばれたというのに何が気に入らなかったのか恋に浮かれた結果、真実の愛を通すために男爵令嬢と共にありもしない冤罪を捏造し、貶めると言う体たらく。
周囲の学生たちはあまりの身勝手さに呆れかえってしまった。
婚約破棄を宣言するどころか、特に何もしていない侯爵令嬢を悪者だと晒し上げて、更には彼女の持ち物を強奪し、破壊する。
盗賊だって吐き気を催すかもしれない悪質な見世物に周囲は厳しい目を隠さない。
けれど、それさえも二人にとっては自分たちの都合の良い様に捉えるばかりだった。
ここでまともに自分たちへの非難だと思っていればこんな事はしないだろう。
「やだわ。あんな欠片を拾い集めるなんて。
あんなゴミ同然の欠片を必死に拾い集めるなんて侯爵家は余程困窮してるのですね。
みっともないわあ!」
「見ろ。みんなお前を嫌悪して、非難の目をしているのによくもそんな姿を晒せるものだ。
俺はあと少しで、そんな薄汚い女を王妃にする所だったのと思うと
背筋が震えてたまらない。二度と顔を見せるな!
まあこんな姿を晒して、平気な顔ができるなんて思わないがな!
ずっとそうして這いつくばって暮らすといい」
アハハハ、キャハハハハ!
下品な大きな笑い声を響かせて、クリストファーは腕にしなだれるメディと共にその場を去った。
二人が去った後、アイビーの周りには人々が駆け寄り、涙を零す彼女に助けられなかった事を謝罪し、寄り添った。
生まれはどうであれ王族と言う事実は曲がらない。
ここにいるのは第一王子に身分で勝てる者はいない。意見などすることもできない者たちしかいないこの場で二人は文字通りの独壇場を繰り広げた。
「なんて酷い事をなさるの。だってあれは」
「ああ。俺たちだって知っている事なのにあんな事をするなんて信じられない」
「目撃したのが私たちだからと言ってもみ消せるものではありませんのに。
たしかに私たちが目撃した事はどうとでもいえましょう。
けれど、この場を取り仕切っているのは私たちではないと理解してますのかしら」
次々広がる言葉たちは水の波紋の様に広がった。
それは第一王子と男爵令嬢への非難、そしてあまりにお粗末な行動に対する言葉だった。
そして、もう一つ。
透き通るような美しい声が響いた。
「まあ。本当になんてお馬鹿なのかしら」
とても辛辣な、厳しい言葉が。
〇〇〇
クリストファーは上機嫌だった。
数日前に起こした断罪劇はまるで世界の中心に降り立ったように痛快で今思い出しても興奮してしまう程に彼を満足させていた。
物心つく前から婚約者として繋がりのあった関係。それがアイビーだった。
夜空の様な髪も、星の様に輝く瞳も今は彼には魅力的に映らない。
たいして美しくもない暗くて根暗な印象を持つ髪に、こちらを睨む様な程鋭く光る眼、そして何より澄ました態度や自分よりも優れた才覚を持つアイビーの事が鬱陶しくて仕方がなかった。
そんな感情を見せない彼女があんなにみっともない姿を晒し、そして非難の目に晒せた事がこれ以上なく愉快だった。
ずっと見下されていたように感じていた彼女をやっと見下せた様でクリストファーの心は高揚した。
自分に泣き縋る事をしなかったのは唯一の不満だが、あれだけの恥を晒せたのだから彼は満足していた。それにあんなみっともない姿を晒せば、自分の婚約者としては不釣り合いだと堂々と言える。
嘘の罪をいくつも着せて、性悪女として認知されて、そしてあんなゴミ同然の欠片を拾い集める侯爵令嬢として誇りもないみっともない姿を晒したのだ。
もう顔を合わせることなんてないと思うと清々しい気持ちで一杯だった。
これで彼は思う存分に真実の愛を見出した相手を堂々と愛せると上機嫌だ。
あれから数日たつのに、特にお咎めがないのを良い事に彼らはもう愛を隠さなかった。
元々隠れてはいないが、更に目に余る程の振る舞いが加速する。
だが不思議な事に一か月が経った頃、二人の姿は学園からぱたりと消える。
最初は不審がられたが、あんな事を起こして無事でいた方がおかしいと、皆どんどんと話題にあげる事をやめた。
薄暗くかび臭い地下牢に似つかわしくない豪華なドレスに身を包んだ少女がいた。
茶色の瞳にはギラギラと怒りと憎しみの炎を滾らせ、爛々と光る。
きっと贅の限りを尽くし作られた派手なドレスはあちこち汚れ、その美しい姿は見る影もなかった。
手入れが行き届いていないのか黒い髪は乱れ、はっきりと隈が付くほど荒れた肌。
クリストファーと共に派手で愚かな茶番を繰り広げたメディだった。
冷たい鉄格子を掴んで、ガラガラになった声で地下牢に叫ぶ。
「こんな事をして良いと思っているの!?
あたしはっ! クリスの大切な恋人で未来の王太子妃なの!
いいえっ、未来の王妃に対してっ! こんな事をして無事でいられるとでも!?」
もうここに来て何度も何度も叫んだ言葉。
しかしそれに対する返事はない。
それに対して腹が立ったのか、彼女はガンガンとあちこちを叩き、大きな音を出す。
だが、それでも彼女の近くに人がくる事はなかった。
ここに来てそんな事を何度も何度も何度も繰り返しても誰も、何も、相手にされない。
愛するクリストファーとすら会えない生活に彼女の精神は荒れ果てていた。
元から気性の激しい性格ではあるものの、こんな所に閉じ込められたと言うストレスが更に拍車をかけた。メディは特に貧乏でもなければ、裕福でもないごく普通の暮らしをしている男爵家の娘だった。
平凡で平穏な暮らし。毎日変わらない日々。
それが彼女は気に食わなかった。
夢見がちで思い込みの激しい彼女は物語のヒロインの様にこんなつまらない毎日から連れ出してくれる王子様を求めていた。自分の理想である華々しい贅沢な暮らしの為に奔走した。
それは決して褒められた行為でもやり方でもなかったが、彼女は構わなかった。
男を繋ぎとめる事が出来ない女どもの醜い嫉妬も、良識ある人々からの苦言の言葉も気にも留めていなかった。そうして彼女は出会った。
真実の相手、クリストファーに。
第一王子という誰もが羨む身分に、金の糸の様な輝く金髪に宝石の様なみどりの瞳。
誰もが惚れ惚れする見目麗しい彼と運命の出会いを果たした。
それは物語の様に刺激的で今思い出してもうっとりとする程だった。
それからの甘くとろける様な日々も幸せでこれからの幸せもメディは信じていた。
だが自分たちの未来を邪魔する存在がただ一人。アイビーだった。
二人は自分たちが被害者であり、そしてそんな下劣な令嬢を退けた英雄として自分たちを物語の主人公の様に美しい存在になろうとしていた。
そうしてようやく排除して、掴んだ幸せの日々は脆くも崩れ去った。
お腹いっぱい贅沢をしようとしたはずなのに、今では固いパンが贅沢だと言われる始末。
沢山のドレスと宝石に囲まれて着飾る毎日を望んだのに、ただ一枚のドレスはすっかり汚れてしまった。ものの見事に反対になった現実に、メディは腹が立って腹が立って仕方がなかった。
わなわなと怒りと憎しみに震えるメディは憎々し気に名前を呟く。
「アイビー…! あいつが、あいつがあたしの幸せをっ」
〇〇〇
更に数日後。
メディはようやく日の光の元に出る事ができた。
更に悲惨になった彼女の姿は最早笑い者というより皆が憐みの視線を向けた。
派手で豪華なドレスは汚れ切り、あちこちがボロボロになっていた。
隈に加えて頬もやせ細り、ふっくらとした頬は見る影もなくこけていた。
やせ細った体はフラフラとしていたが、唯一変わらなかったのは怒りと憎しみに燃える瞳だった。
彼女がつれていかれた先は荘厳な玉座のある広間だった。
その場にきて、瞳からはほんの少し光が灯る。
メディは信じていた。ようやくあの悪女が捕まり、相応の処分をされたのだと。
地下牢に入れられたのだってあの悪女を油断させて、尻尾を掴ませる為だったのだと。
悲惨な末路を見られないのは悲しかったがこれから幸せになれるのだと思うと嬉しさが止まらない。
「アイビーが、やっと捕まったんですね!
あの、悪女が、わたしたちを、こんな酷い目に遭わせて、本当に許せないっ」
ガラガラの声がそう嬉しそうに叫ぶ。
にやにやが止まらないメディだが、周囲はメディの想像する様な反応ではなかった。
ひそひそと何か話し合い、そして厳しい目を向ける。
大きなため息が聞こえ、高い高い玉座から見下ろされる。
「何を言っているのかな。スーフォン男爵令嬢」
「アイビーとはレットー侯爵令嬢かしら。呼び捨てだなんて失礼ですよ。
それに、悪女とは一体なんの事かしら」
メディは驚いた。
あれだけ派手に罵り、醜聞を張り付けたと言うのに。
まるで何もなかったようにされているなんて驚きを隠せなかった。
「クリスから何も聞いていないの!?
あっ、いえ、聞いていないんですか! あの女が、クリスを罵って、蔑んでいた事を。
それに、私も婚約者に近づくなんて、と酷い事をされたのにっ」
「クリス……? 誰の事かしら」
「そんな名前の者は知らないな。君の知り合いかね」
国王と王妃が首を傾げた。
そんな白々しい態度にメディはふつふつとまた怒りと憎しみを燃え上がらせた。
メディはガラガラの声で怒りに任せて叫ぶ。
「酷い! 親が子に対する態度じゃないです!
クリスは、クリストファーはこの国の第一王子でしょう!
国王様たちの息子じゃありませんか! なのに、どうして、そんなっ」
悲痛な訴えが響くが二人は顔を見合わせ、ふぅとため息をついた。
「なんにもしらないのねお嬢さん」
「だ、誰よ!!」
美しい凛とした声。
そんな声には似合わない悪い言葉にメディは振り返る。
ガラガラの声とは正反対の透き通った声の持ち主はメディの後ろに佇んでいた。
清楚で可憐な印象を与えるメディとそう変わらない年齢の少女だった。
煌めく銀の髪に、瞳と同じ水色のドレスはシンプルだが彼女の美しい佇まいをこれ以上なく引き立てた。ごてごてと飾りばかりのメディのドレスが悪趣味だと言える程に清楚な魅力で魅せていた。
「これはこれはあの男にお似合いのお嬢様。
わざわざ化粧まで施してここへ訪れてくれたのに申し訳ありません。
私は第一王女のメルティーナ。覚えてもらえたら幸いです」
「だ、第一…? それはクリスのはずでしょう?」
「あらあら冗談がお上手ね。女の私は性別を変えない限り
王子だなんて名乗れませんもの。第一王女と名乗るのは当然。
王位継承権第一位の王女。それが私です」
「だ、だから、その王位を継ぐのがクリスだって」
「もういない者に王位継承権はありません」
ばっさり切り捨てられる言葉。
メディは理解できなかった。次代の王となると鼻息荒く言っていた姿が焼き付いているのに目の前でばっさりと切り捨てられた。
頭の中をかけめぐるのはそんなのありえないと言う言葉ばかりでそれらが更に理解する速度を邪魔をする。嘘だ、ありえない、そんな馬鹿な。ぐるぐるぐるぐる言葉が駆け巡る。
にこり、と微笑む妖精の様な少女メルティーナはそんな微笑みには似合わない言葉を更に続けた。
「まさか、あんな恐ろしい犯罪者と繋がっていたのですか!?
ありえませんわ! だって、あいつはか弱い令嬢のブローチを強奪し、破壊する。
そんな野蛮な事ができる王族の誇りも品格もない、平民ですら悪いと分かる事が分からない者。
人間としては生活できませんから、お山に帰してあげましたの。
今まで人間として最高クラスの衣食住を与えていたのが間違いでしたのよ。当然でしょう」
「な、な、なんて失礼なの!?
あなたクリスの家族なんでしょう!?
同じ血の繋がった人間にする仕打ちじゃないわ!!」
メディは顔を真っ赤にして怒りだす。
次々出てくる愛する人を馬鹿にして、侮蔑する言葉はすぐにわかった。
酷く吊り上がった瞳はまた怒りと憎しみに燃え上がった。
「あら。でしたら、血の繋がりのない人間には何をしてもいいと。
……ありもしない罪を着せて、悪人に仕立てあげて、挙句ブローチを破壊しても、赤の他人なら許されると言うの」
酷く冷めた言葉だった。
冷たくて、凍てついた言葉が、視線が、突き刺さる。
血が上って赤くなった顔はすっかり冷え、次は青くなっていく。
「な、なんで、それを」
「ですって。お父様、お母様」
ぐるり、と振り返ればそこには同じように冷えた視線で見つめる国王夫妻がいた。
もちろん最初からそこにいたはずなのに全くの別人のように感じた。
「ちが、ちがいます!! あいつが、あいつが!
アイビーがっ、あいつがっ」
「何が違うというのか。アイビー・レットー侯爵令嬢が、何だと」
「もうよろしいわ。今更何を聞いても、何も元通りになんてなりませんわ」
氷の刃の如く冷たい声だったが、王妃のその一言でメディは焦りが消えていく。あれ以上の地獄をみるだなんてもう御免だった。もういい、その言葉はメディを安心させた。
これ以上の罰はないと、メディは確信する。
ごとり。
そんなほんの少し安心したメディの足元に大きな宝石が輝くブローチが雑に投げられた。
メディはそれに覚えがあった。忘れるはずもなかった。
地下牢へ入れられる前にクリスが買ってくれたブローチだった。
目立つ事がなにより大好きなメディが強請った大きな宝石のブローチ。
繊細な装飾よりも何より目立つ事、自分は金を持っていると高々と宣言しているブローチ。
「こ、れは…」
国王夫妻に認められたらそれをつけて盛大な結婚式をあげるのだと興奮気味に言っていた光景が映る。
「それを持っていなさい。
それは、あの男の形見のブローチです。
我々には不要ですから、持つのに相応しい者が持つべきでしょう」
拾い上げると涙があふれた。
知らない間にいなくなった愛しい人の最期の贈り物。
メディは大事そうに抱え、国王夫妻を見上げた。
「あ、ありがとうございます。わたし、大事にします!」
「ええ。そうして頂けると助かります。
それは、あなたに対する罰なのですから」
また、メディの頭は理解を拒否した。
言葉が受け入れられなかった。
何を言っているのだと、ぽかんとした顔を見てはあ、とため息をつかれた。
「まさかそれをただの贈り物だと思われたの?
言ったでしょう。我々には不要だと」
「な、なにを、どうして、罰なんて……。
だって、だって、これは」
「そうね、それはあの元第一王子が所有していた物。
大切そうにしまい込んでいた、婚約発表などに使う為に用意していた物。
そして、いつかあなたにつけてもらうはずだったブローチ。そうでしょう?
側妃から生まれ、順番だけで第一王子などとふんぞり返った傲慢な者からの
最後の贈り物であるそのブローチ」
思いのほか筒抜けであった事よりも、メディは『側妃』『順番だけ』と言う言葉に驚いた。
あんなに自信満々に次代の王だと言っていたのに。
それだけでメディはふらつきそうになる。
思い描いていた幸せの未来、それはこうならなくてももしかして叶わなかったのではとヒビが入り始める。けれど、まだ話は終わっていなかった。
「あなたはそれを一生身に着けなさい。
それがあなたに対する罰です」
「……え。それが、わたしへの罰?」
きらきらと輝く大きな宝石が付いた豪華なブローチ。
これを一生身に着ける。
それが罰だなんてメディは思えなかった。
一生着けるはずのない豪華なブローチをつける事が罰だなんて本当なら高笑いが出る程嬉しかった。
もう会えないクリスの最期の贈り物。
側妃の子供だったとしても、王の血縁に間違いはないクリスの贈り物。
誰もが羨むブローチには違いない。
これからは、愛する王子と引き離された悲劇のヒロインとして、そしてその形見のブローチを着ける健気な令嬢として過ごせば、きっとみんなの同情を引けるだろう。
そうすればいつもの、もしかしたら以前よりも目立つ美しいヒロインになれる。
これからの幸せは安泰だとメディはまだ始まってもない未来を妄想する。
「……まさか、この罰が軽いとでも思っているの?」
心を見透かされた様な言葉に現実に引き戻される。
「言っておくけれど、あなたがアイビー嬢にした事は既に皆が知る事。
加えてそんな恐ろしい事を国外追放された元第一王子と共謀した事も、よ。
あんな馬鹿者を見放すことなく婚約者として長年我慢していたレットー侯爵令嬢を
悪人に仕立てあげた上に、人前で晒し者にしようとした人物が軽い罪で済むものですか」
「ええ、全く。
既にレットー侯爵家に対する慰謝料で男爵家はなくなったそうですが、
ただの平民より貧しい生活を送る事になるあなたにこのブローチは相応しいかしら」
衝撃の言葉だった。
メディの知らない間に家は消えていた。
メルティーナの冷たい声が残酷な現実が更に酷いことのように突きつけられる。
だが、それだけでは終わらない。
メディは自分が歩む残酷な現実が突きつけられていく。
「な、なんで! どうして、わたしの家が!」
「当たり前でしょう。レットー侯爵家は令嬢を晒し者にされたのですよ。
次男に続いて一人娘の婚約まで駄目にされたのですよ。
侯爵の怒りはそれは凄まじいものでした。
長男を病で幼いころに看取っているレットー侯爵夫妻はね、
元から子煩悩でしたけどその一件で更にそれを強くしたのよ。
幸せになって欲しくて、時に厳しく、時に甘くね。
そうして立派に育った次男様は私の親友の公爵家の令嬢との婚約が結ばれたの。
幼いころから二人は想いあう二人は美しかったわ。
ようやく認められ、想いあった二人が幸せになる、そうなるはずだった。
でも、それは叶わなかった。
どうしてだかわかるかしら、平民のメディさん」
急な思い出語りが始まったと思ったら、話を振られた。
メディは驚き、言葉が出てこなかった。
やっと出てきたのは、言葉にもならないみっともない声だった。
「………潰されたのよ、婚約を。
隣国の王族の我儘によって、ね。
女の私からもみても美しい自慢の親友だった彼女は
留学で来ていた王子に一目惚れされて、是非自分の婚約者……いいえ。
そんなのを飛び越えて、彼女を王妃にしようとしたの。
どうしても彼女が欲しい馬鹿王子は彼女の婚約者であるレットー侯爵令息を
悪者に仕立てあげた。貴方たちのようにね。
……間違っても公爵令嬢は加担なんてしてないわ。
できるはずもない。
彼女は既に攫われて、隣国に運ばれている最中。
馬鹿王子に買収された馬鹿者どもしかいない夜会で茶番に巻き込まれて
悪役に仕立てあげられた侯爵令息は何もできない。
隣国の王族に何か言える立場なんて彼にはないもの。
ようやく駆け付けられた頃には馬鹿な茶番は終わり、いたのは慟哭する侯爵令息だけ。
聞かされた茶番は酷い物だったわ。
ありもしない罪を捏造して、彼を、侯爵令息に向かって下品な笑い声を向けた。
私ですら許せない事を、彼を大切に育てて、その幸せを願った親が許せるとでも?」
「そ、そんなの、そんな昔の話知らないわっ。
そんな昔の事と、わたしの家が無くなるの、何が関係あるのよっ」
アイビーの金切声が響く。
何故自分が、そんな気持ちが隠されてすらいない。
はあ、と大きくメルティーナはため息をつく。
「ここまで言って分からないの?
レットー侯爵家はね、そんな事を二度もされたのよ。
何の非もないのに、笑い者にされて、晒し者にされて許せると思うの?
それに、あなたたちが壊したブローチは、その侯爵令息の形見なのよ」
あの日。
小さな宝石が散りばめられたブローチ。
なんて質素で見栄えのしないものなのだろうと、メディは鼻で笑ったブローチ。
あんなものより大きな宝石が輝く物の方が価値があり、誰しもが羨ましがるのに可笑しな人だと思った程だ。
がしゃん、ぱりんと音を立てて崩れたゴミとしか思わなかったあのブローチ。
あんな地味なものが、形見?
「あの後、大切な婚約者を守れなかったと侯爵令息は自害をなさったわ。
自分を笑い者にされたことより、婚約者を守れなかった自分は価値がないと文を残して。
その後に見つかったのがレットー侯爵令嬢が身に着けていたブローチよ。
公爵令嬢が義姉になることを誰より望んだのはレットー侯爵令嬢なの。
義姉と実兄の形見のブローチをそれはそれは大事にしていたわ。
二人の分も幸せになるのだと言っていた彼女に対して、あなた達は何をしたのかしら」
「あ、え、それ、は」
がしゃん、ぱりん。
壊れたブローチの音が頭に響く。
絶望に染まったあの顔がたまらなく気持ちよかった。
どんなにお前なんて愛されてもいないと見せつけてやっても澄ました顔でいたあの顔が
ようやく歪んだと、情けなく縋りついて、恥を晒せばいいと思った。
「元々は元第一王子であるあいつが一目惚れしたと無理やり婚約を宣言した。
レットー侯爵家は子供とはいえ王族の発言を翻すなんてと、
あいつの立場を立ててくれた。
当時は長男を亡くしたばかりだと言うのに、だ。
娘との時間を奪われる事を知っていて承知してくれた。
それなのに、時が経てば『自分が惚れられて婚約させられた』と宣った。
どれだけ大切にしろと言っても聞く耳を持たない。
それどころか、彼女に対してあんな酷い事をしでかした。
これを聞いても、まだ私たちの方が酷いと言うのかね」
「うそよ、だって、クリスは、」
「酷いと分かった所であなたの処遇は変わりません。
子供の発言、側妃の生まれとはいえ、あれは王族の発言です。
子供のころの発言だからといって軽く扱われて良いなんて事はありません。
そんな子供のころの口約束なんて、思っているのでしょうけど
それ程に王族とは重いものを生まれながらに背負っていると自覚すらない者が
次代の国王などと口にしていたなんて教育を見直さなくてはならない程です」
メディにはもう口を挟む暇などなかった。
自分を無視した様に話はどんどん進んでいく。
それは、まるで。
「謝罪なんて必要ないわ。
あなたは人の痛みなんて塵の欠片程も分からないのですものね。
理解しなくてもいいの、もうあんな馬鹿な事する暇もない所で生きなくてはいけないのだから」
「え……っ」
メルティーナの言葉はまるで。
「どうぞその美しい形見を一生身に着けるとよろしいわ。
それを売る事も、粉々に壊して拾い集めて捨てる事も許さない。
国外に追放なんてしません。
この国で慎ましく生きるといいわ。それができるなら、ね」
「な、なにを言っているの?
わたしは、クリスの婚約者で、それで、未来の王妃で、
贅沢をたくさんして、みんなに羨ましがられて、それで、それで」
「あら、心配しなくても生活はできるわ。
あなたのお父様が慰謝料を返す為に見つけてきたそうよ。
良かったわね、娘想いのお父様で」
「いや、いや! いやよ!!
わたしは、幸せになるはずだったのにっなんで、なんでよおお」
聞こえたのはそれだけだった。
メディは口を塞がられ、ぼろぼろのドレスとぼさぼさの髪のまま、放り出された。
胸元にはそんな装いには不釣り合いな程豪華なブローチをつけられて。
すっかり汚れた姿のまま、もう何もない男爵家の邸に戻るともうそこには何もなかった。
狭くて小さくて、何もない邸と思っていたがそこは思った以上に広かった。
がらんとしたそこは、押し込められた地下牢なんて比ではなかった。
綺麗で、広くて、贅沢な場所だった。
だが、そんな風に思えたのは僅かだった。
「良くもおめおめと入れたものだわ! お前のせいで、私は、私たちはっ!」
「おやめなさい、怒ったところでもう何も変わらないのよキャサリン」
何もかもなくなったそこには煩くて、邪魔だと思っていた家族がいた。
怒りに震えた顔で睨みつけているが、メディはもう何も思わなかった。
二つ上の姉と、母は抱き合って泣いていた。
それを支える様に父が抱きしめ、辛そうにメディを見た。
「メディ、お前を正しく導けなかった父を許してくれ。
そして、二度と助けられない事も、だ」
「お、とうさま。なにを」
父も、母も、姉も、メディに近づかなかった。
手を伸ばしたら触れられるというのに、メディには大きな溝に隔たれた様に感じる。
「わたしたちは妻の男爵領で仕事をする事にしたよ。
三人だけなら、妻の両親が許してくれた。
あれだけの事をしたお前は、どうしても受け入れられないと言われた。
すまない。私が見つけられたのは日々困らないだけの稼ぎがある仕事だけだ。
これからは、せめて元気で生きていてくれ……。
それしか、それしかしてやれないんだ」
「そんな、どうして。
どうして、わたしが、わたしの家が。
それも、これも、全部あいつが、アイビーがいけないのよっ」
ようやく口にしたのは、またアイビーに対する恨みの言葉だった。
ぽろぽろと涙が溢れる。
幸せになるはずだった夢はガラガラと崩れた。
どんなに泣きわめいても、誰も、メディの肩を支える事はなかった。
いつまでも止まる事のないアイビーへの恨みの言葉尽きなかった。
「おい、何してるんだ。早くしろ」
「仕事中だろうが、そのふざけたブローチを」
「ああダメだよ。アレはあれはさ、ほら」
「……ああ。バカ騒ぎをした男爵令嬢って、あんたの事だったのか」
あれから数年。
メディはようやく自分が置かれた立場を理解した。
これが罰であることを身に染みて、理解させられたのだ。
かなり前に書いたものですが、楽しんでもらえたら幸いです。
短編をまとめられる方はすごいなあと思います。
今改めてみると分けて色々書きたい…
なんでこうなったかとか、だらだら書いてしまう悪い癖がでそうですが。