71 シエルの暗躍(5)
複数視点
「これまでにも妨害? しちゃってるみたいだから一人二人くらい増えても良いんじゃない?」
困惑するネストをどう捉えたのか、シエルはそう付け加える。
「まぁ、それも偶然って言うか、結果そうなっただけだから、意図的に出来るのかはちょっと分からないんだけど。駄目だったらごめんね?」
「いえ、十分です……」
これまでにもやったのか。それも複数……。
神は人に近い存在ほど神威が弱く、人から遠いほど神威も強い、という傾向がある。
人に近い、とは【商業】や【芸術】など人の営みを前提としたものを司る神の事。【花と恋の神】もここに分類され、浅層位と呼ぶ。
浅層位の神は影響力が弱い変わりに、『人の世への不干渉』の禁による縛りも緩く、偶に奇跡を起こしたりしていて人からの認知度も人気も高い。
対して深層位は、言ってしまえば人が居なくとも存在するものの神だ。
【光の神】、【闇の神】が代表例になるだろうか。こちらは人の世に干渉する事はほぼ無く、分かっている事も少ない。
ちなみに祝福を与える与えないと位は関係無い。
深層位でも親人派で多くの人に祝福を与える神も居れば、浅層位の人間撲滅派で人に一切祝福を与えない神もいる。
何が言いたいかというと、神にも序列があり強者と弱者が居るという事。
ネストに神託を降し今も操ってる神はネストの予想では深層位で、その神の干渉を防げるという事は、シエルの背後に居る神は更に高位であろうという事だ。
歴史上確認されている神子では、ヨーコの守護神【太陽と秩序の神】(深層寄りの中層)が最高位とされていたが、その記録は大幅に更新されそうだ。
う〜ん、と顎に手を当てて考えていたシエルは「取り敢えずコレでいってみるか」と呟き、ネストの隣へ移動し、額に手を当て、言う。
「『※※※※※※※※※』の推し、シエルが許可する。ネストに、神託に抗う自由を」
「!」
その言葉と共に、プツリと何かが切れる感覚がした。そしてやって来る解放感。
その解放感をもって初めて、『ああ、縛られていたんだな』と実感がやって来る。
「どう?」
「上手く行ったようです」
「わかる?」
「はい」
シエルの文言になぜか聞き取れない部分があったが、それについては考えまいとネストは決意する。
『干渉してくる何か』についてはこれ以上新しい情報はなく、シエルは今度こそ帰った。
帰り際、訪ねられた。
「答えたくなければそれでもいいんだけど……ネストは、この世界を終わらせたい?」
半ば予想していた問いに、ネストは静かに答えた。
「私は、現状にうんざりしています。いっそ終わってしまえと思うほどに。けれどいざ終わるとなった時、自分がどんな反応をするかは、想像できません」
「……そっか」
変な事聞いてごめん。
そう言い残して青灰色の神子は姿を消した。
翌日、ネストの元に使いが訪れた。
魔物暴走の詳しい調査の為に、鑑定を受けて欲しいとの事だった。
あからさまな疑いの目に、ネストは笑って快く応じた。ポカンとした使者の顔は観物だった。
ネストにとってもその申し出はありがたいものだった。
早くドリースに自身の変化を気付かせ、神子の仕返しを成就させられるのだから。
「う〜〜〜ん」
再びルルソティールの背に戻り、夜闇を翔けながらシエルは唸る。
「いかがなさいました? 収穫はありませんでしたか?」
「いやあったよ収穫。あり過ぎるくらいに」
いやホント、衝撃の事実だ。
神気って何。聞いてないよ『✡世界創造の意思✡』さん?
内心悪態を付くと同時に答えも出ている。気が付いてないな? 当たり前だ、神にとっては髪とか皮膚とか、要は体の一部みたいなものだ。それが別の種族から見て異質だなんて、指摘されなきゃ分からないだろう。
日本人の小ささや童顔も、外国人と接点をもって初めて判明した事実なのだ。それと同じ事である。
「ねぇ、ルーさんは神気って分かる?」
「神の気配の事でしょうか? 分かりますが」
「って事はさぁ、俺に直接会う前から俺の存在に気付いていたり?」
「ええ勿論。もうすぐ十五年になりますか。陰が陽に切り替わる日の早朝、暗闇の中に突然太陽が現れたかのように莫大な神気が出現し、我等一族は騒然としたものです。それまでにも度々神子様は現れましたが――」
軽い気持ちで話題を振ったら滔々と語られてしまった。
纏めれは、ドラゴンや神の眷属の一部は神気を感知出来て、神子が現れたら世界の何処に居ても察知出来るという事。
そして神子には求められない限り干渉しないという不文律があり、シエルの方から接触しない限り、関わって来る事は無いという事。
瘴魔の森の面々に関しては、異世界転生にウッキウキ状態のシエル(当時五歳)が森に突撃したのが『会いに行った』と見做されたらしい。
その後もちょくちょく遊びに行ってたからね。あれこれ質問したし、剣術(?)の相手にもなって貰ったし。
その話は一旦置いとくとして。
「で、その神気ってどういう人なら感知出来るの? ネストは感知してたけど」
「さすがに人の事情は分かりかねますが……。そうですね、“自由民”は当然分かるでしょうし、“解放者”でも、真面目に修練を積んだ者なら理解出来るのではないでしょうか?」
「そう……」
なら、アグノスは十中八九、シエルが神子だと察しているだろう。カイヤは分からん。
……知った上で、今まで対等に接してくれていたのか。
どういう意図か知らないが、その対応はシエルにとって嬉しいものだ。今度ちゃんと話をしよう。
そしてメインディッシュ。
「じゃあルーさんは、今王都に三柱の神の気を纏ってる人が居る事もs――」
「なんですって!?」
ルルソティールは急停止して背中のシエルへ顔を向ける。その姿勢辛くない?
ネストから聞いた話を掻い摘んで話すと、ルルソティールはその場でぐるぐると旋回を始めた。
「……申し訳ありません、私では判別出来ないようです」
「別に謝らなくていいよ。ネストの話でも、直接会って初めて気付けたレベルらしいし」
「いえ、そうではなく……」
「ん?」
悩みを表すような旋回が、ゆっくりと速度をあげる。
「神子様がいらっしゃるので、他に神気があっても分からないのです……」
「うん? どゆこと?」
「神子様の後ろにいらっしゃる御方は、大層深きにいらっしゃる方とお見受けします」
深きに、とはこの世界の神に対して、高位とか高貴に該当する言い回しだ。
シエル達が今居る地上、あるいは物質世界はほんの表面に過ぎない。真理とか魂とか生命の神秘とか、そういった者は世界の深層にある、という思想である。
「その御方の御威光を纏う神子様はとても眩しく、表層の神の気は霞んでしまうのです」
「んー……。昼間、太陽が出てると星が見えないのと一緒?」
「その理解で合っているかと」
そういやさっきも太陽に例えられてたっけ。
言われてみれば、と納得出来る話である。シエルとして産まれる前、『私』は魂のみの状態で『✡世界創造の意思✡』や何柱かの神々に会ったが、その時『私』から見た神々とは、ひたすら高濃度のエネルギー体、だった。
シエルに付随しているのはほんの一雫だが、元が元だけに、地上のものには十分眩しいのだろう。
「……ひょっとして、俺が近くに居るのって負担になる?」
「そのような事はございませんよ。むしろ、神子様の神気に押され、穢れの怨嗟の念が軽減され、心地良いくらいです」
「そう? ならいいけど」
閑話休題。
「つまり、俺の存在が隠れ蓑になってる訳か」
ドラゴンを始めとした、地上の秩序を維持する機能も、シエルの存在によりプリムラという特異な存在に気付けないと。
シエルの誕生は『✡世界創造の意思✡』が望んだ事であり、流石にそこに作為は無いだろう。
けれど一連の何かを企てた者は、それを計画に組み込んだ? 確定とは言えないが、偶然で片付けない方が良いだろう。
更に、三柱もの神が関与していると言う。
それほどの神が組んで地上に関与して、何がしたいのか。
それに、昼間の時間遡行の件もある。
あの現象は何だったのか。十中八九『✡世界創造の意思✡』がやったのだと思うが、問題は『なぜそんな真似をしたのか』だ。どれだけメッラ院長に殴られたって、干渉はしなかったと言うのに。
正直な所、シエルは神々が乙女ゲームごっこをやっていたところで興味は無い。好きにしていろ、と思う。
けれど色んな事が気になって来たし、また身近な人が危険に晒されるなら話は変わる。
――本腰を入れて、これらの件を探ってみるか。
シエルを遺跡の前まで送り、中に入るのを見届けてルルソティールは肩の力を抜いた。
今日の出来事を反芻しつつ、再び空に舞い、集会場所へと向かう。シーズレイルにも報告をせねば。
……ドォオオオォォン……
……キシャァァァ……
「……まだやってる」
ルルソティールは空から戦闘を見下ろす。大蛇と大猪がどつき合いをしていた。シエルと出た時は、マオは引け目からか応戦はしていなかったが、しつこいシーズレイルにキレたのだろうか。
ルルソティールはそっと戦場から離れた場所に着陸した。
すると、出掛けにシエルが声を掛けた狼の一団が気付いて駆け寄って来る。
『アニキ! おかえりなさいませ!』
「ただいま。あの二人、まだやってるんだね」
『そうなんスよぉ、マオさんも延々ど突き回されて堪忍袋の緒が切れちまったみたいで……。あれ、シエル様は?』
「そうか。マオ殿も気の毒に。神子様なら既にお休みになられたぞ」
『『『え゛っ!?』』』
ルルソティールの言葉に狼一同は凍り付いた。
シエル以外の誰が、シーズレイルを鎮められるというのか。
『そ、それではアニキが姐御を止――』
「それから魔物暴走スタンピードを起こした下手人は神子様が特定し、既に裁きを降された。後でシーズレイル殿に伝えておいてくれ」
『流石シエル様仕事が早い! それはそうと姐御を』
「ではな」
『ちょ、アニキ!?』
『待ってくだせぇ! 姐御に対抗出来るのはアニキしか――』
『見捨てないで〜〜!!』
ルルソティールは狼達の訴えを足元に悠々と羽ばたいた。誰があんな面倒くせぇおばさんの相手なんかするか。
シエル以外には雑なルルソティールだった。




