70 シエルの暗躍(4)
「コクレンならいつか、魔道具のみでの浄化も実現するかも知れないね」
言いながらシエルはペンダントをドリースの首に戻した。
「さて、どうするかな……。ネスト、この人ってどんな性格? なんで魔物暴走起こしたかとか、想像つく?」
本題に戻ったが、その話題の切り替えに少しだけ違和感を覚えた。それには触れずに、ネストは答える。
「そうですね、選民思想の強い、傲慢で自意識過剰、周りは自分に傅いて当然、と言う人間です。要するに典型的な思い上がった貴族、ですね」
その流れで魔物暴走直後の、門の近くでのやり取りを語った。
シエルは眉を顰めただけで、感情的になる事はなかった。
「それはまた、典型的な悪役ムーヴだね。……そういう事なら」
シエルはまたドリースの額に、ちょん、と指先を当て、数秒後に離した。
「じゃ、引き上げようか」
「それはいいのですが、何をしたのかお聞きしても?」
「祝福を変更した。【牽引】持ってたんで【下働き】に変えてみた」
「それは……ドリースには効きますね」
【牽引】は統率系の下位祝福。
下位とはいえ、統率系の祝福を賜った事が、ドリースの自慢だった。人の上に立てと神にも示されたのだと。
それが正反対の人の下で働けと変えられたのだ、ドリースへの攻撃としてこの上ない選択だろう。
……祝福の書き換え権限まであるとか。相当神に信用されているようだ。
「ですが、それだけで良いのですか?」
「後は法的に裁かれるでしょ? 疑われてるんなら、【鑑定】でも掛けられるだろうし。これは個人的な仕返しだから、これで十分」
なるほど、と頷きかけたネストは、次のシエルの言葉に硬直した。
「それに、この件は裏でどっかの神が動いてるみたいなんだよね。もしかしたら、ドリースも誘導されてたかも知れないし。……だとしても、やった事は変わらないけど。――ネスト?」
部屋を出ようと扉へ向かいながら話していたシエルは、ネストが着いて来ない事に気付いて振り返った。
そして再起動したネストは、強張った声で懇願した。
「シエル様、そのお話、詳しくお聞かせください」
ネストは祝福の儀で【道化】を得た。それによってネストの価値は暴落した。
帝国では重婚が可能で、皇帝には複数の妃が居り子も二十人近く居る。その中でネストの産みの親は地位の低い妃で、その分ネストの扱いも最初から良くはなかった。
それに加え、ネスト自身やる気が無く、無能皇子と陰口を叩かれるような子供だった。それでも祝福は未知数な為それなりの扱いを受けていたが、その祝福が意味不明な【道化】だった事でそれも消えた。
ネストにとっては規定路線だったのでそれ自体に思う事は無い。帝位争いとか参加したくないし、むしろ『これでのびのびと過ごせる』と肩の力を抜いたくらいだ。
なのに、祝福の儀からまもなく、ネストに神託が降りた。
夢に何某かの神が現れ、【アルセルス王国へ向かい、聖魔法使いプリムラに好意があるように振る舞え】と言ったのだ。
自分の祝福以上に意味不明だ。しかし仮にも神託、従わない訳にはいかない。
かと言って一応まだ皇子の自分が軽々しく他国に行ける訳もない。
どうしたものかと考えていたらアルセルス王国への留学が決まった。
その理由もたいして聞かされぬまま、ネストはアルセルス王国へ送り出された。最低限の随行を連れて。
そしてプリムラと出会った。そして神託に従い、プリムラに接近した。
神託は【プリムラに好意があるように振る舞え】。
プリムラを口説き落とせでもプリムラを愛せでもない。それっぽく振る舞え、だ。そう見えるようにするだけなら大した負担ではなかった。
しかしその結果アルセルス側と緊張状態になり、着いて来た帝国側に見直されたのは遺憾である。
神託があったとはいえ、国家間に溝を作る事になったのは不本意である。
それでネストは神託に従いつつ、国家間の緊張状態も和らげる策はないかと思案したが、そこで思わぬ問題にぶつかった。
アルセルス王国とガルグイユ帝国の間を取り持とうとすると、行動不能になるのだ。
それは例えば、両国との友好を後押ししている貴族の元へ向かおうとすると足が動かなくなる。偶然会えたとしても、和平を口にしようとすると声が出なくなる、といった具合。
それらが神託――神による干渉だと、ネストは直感した。
「待った。神託はともかく、神々は人間に直接干渉する事は禁止されてるよ?」
「ええ、ですが私は『自由民』――祝福と言う制約を受けておりません」
「……あ、そうか。枷を着けられてない分、守られてもいないんだ?」
「そう言う事です」
シエルはふむ、と顎に指を当てて考えている。
場所はネスト用の部屋へ移動済みだ。
「曖昧な質問するけど、ネストはプリムラをどう見る?」
「……始めはプリムラ様が神子かと思いました。彼女にも神の気配がありましたので」
「あったの?」
「はい。それも三種も」
「……へぇ」
うち一つはプリムラの守護神でもある【花と恋の神】。一つはおそらく自然系の中層神。最後の一柱がネストに神託を降した神で、おそらく深層位の神。
判断材料はネストの経験則だ。経験豊富な戦士が一目で相手の力量を察するように、ネストもこれまで接して来た神と受ける威圧からだいたいの位を測っている。
「ふむ。ねぇネスト、他に神に操られてる、って感じる人は居る?」
「申し訳ありませんが……。ドリースも操られていた、とシエル様はお考えなのですよね? 私はその事にも気付けませんでしたので」
「そっか……」
ネストが感じている違和感はだいたい話した。
そう伝えると、今度はシエルが神の介入を感じた一連の出来事について話す。
「乙女ゲームないし少女漫画ですか」
「うん。って、ネストは地球行った事ある?」
「はい、何度か。特に昭和以降の日本には度々送り出されたので」
「ア、ウン」
度々同じ地域の、近い時間軸にばかり転生されて、何か意図があるだろうなと思っていたら、そんな事で……。
ネストはそっと蟀谷を抑えた。
「神々の間で、そんなにオタク文化が流行っているのですか?」
「みたいよ? コミケにもこの世界の神そこそこ居たし。祝福システムだって、元はと言えば日本のゲームクリエイターが作ったものだし、聖魔法使いも」
「ああ、積極的に導入されてますね、色々と。――つまり、神々が地球の作品をこちらで再現しようとする可能性は大いにある、と」
「あくまで推測だけどね」
シエルは肩を竦めて言う。
「問題は、この件が違法じゃないっぽい事かなぁ。人間側からしたら迷惑極まりないんだけど」
神々には地上には不干渉、と言う決まりがある。
けれどシエルを介して何某かの神が干渉しているように、抜け道はある。
言ってしまえば神託もその一つだし、ネストのような対象外も存在する。
そもそも、神は世界の一部。雨の神が居なくては水が循環せず、土の神が居なくては生き物が育たない。
そんな仕組みの世界で、神の干渉を完全に断つなど土台無理なのだ。祝福だって厳密に言えば神の干渉にあたるのだし。
しかし。
「今回の魔物暴走も?」
「うん。俺を通して何が起きてるかは把握してる筈なのに、動いてる気配無いからねぇ……。良くない方向に誘導はしたけど、魔物暴走って手段を選んだのはドリース自身、とかだったらギリでグレーだしね」
それはほぼアウトでは。
とにかく、神々が動くには弱いらしい。
「では、干渉を止めていただくのは無理ですか…………」
「止めて欲しい?」
「ええ。もちろん、神々の意向に逆らう気は無いのですが、操られるのは、やはり不快で」
国の行く末など本気でどうでもいいし、国の都合で個人を蔑ろにするなど当たり前に行われている事。
『都合』の規模が大きくなったくらいで、今までとそう変わりはしない。
そう受け入れようとしたら。
「だよねー。干渉、防いでみようか?」
「……え?」
わかるわかる、と頷きながらあっけらかんと告げられた言葉に、ネストは反応が遅れた。
あの、神の御業ですよ? やってる事がアレとはいえ。
……本気?




