69 シエルの暗躍(3)
ネストはソファから立ち上がり、シエルの足元に来るとその場に正座した。
「あの騒動を引き起こしたのは、私の麾下にあるドリース・オルドリッジと言う者です。上位者としての責務を果たさず、配下の暴挙を許してしまいました。申し訳ありません」
言ってそのまま頭を下げる。つまり土下座だ。
ネストに言い訳をする気など無かった。相手は神々と直接繋がっている者。下手な言い訳は自分の首を絞めるだけと承知していた。
「――あなたは、ドリース、と言う人の動きを知っていたの?」
「何か企んでいる、とは察していました。それが魔物暴走であったというのは、想定外でしたが」
「んー……。一応聞くけど、その企みを探ったりしなかったの?」
「しませんでした。オルドリッジがどんな問題を起こし、どう責任を押し付けられようと、関心が無かったので」
この点を叱責されるだろうか。理由を追及されたらどう答えようか。
考えを巡らせたが、幸か不幸か、シエルはその点には言及しなかった。
「そう。――そのオルドリッジって人、出来れば顔見ておきたいんだけど、どこに居るか分かる?」
「それならば、保護と言う名目でこの城に居る筈です。確実ではありませんが、居場所の見当も付きます」
「……それは、今から案内頼めるのかな?」
「お望みとあらば」
話はさくさく進んで、早速向かう事になる。
問題は扉の外で控えている、護衛と言う名の監視役だが。
「そっちは俺が対処するよ」
とシエルは言い、あっさりと扉を開けた。
扉の左右には騎士服を纏った男が二人、無駄口も叩かず直立不動で待機している。
その眼前をとことこ歩くシエル。
騎士二人はそれに反応は無く、ただ前方へ顔を向けるばかり。ネストが通ってもそれは変わらなかった。
認識阻害系か、あるいは空間の方に干渉しているのか。
魔法を使った素振りすらなく、その気配も無かった。今も何の魔法の痕跡も見つからない。この後、この国最高の魔法使いがこの部屋を調べた所で何も出ないだろうと確信出来る御業。
――上位の神の神子だろうとは思っていたが、予想より上かも知れない。
こちらです、と先導するネスト。
「あ、一応聞くけど、帝国の方で起きてる事、聞く?」
道すがら、シエルは言う。
「察するに、魔物暴走でも起きましたか。オルドリッジ領で」
「正解。領都は魔物に完全に包囲されてたよ。遺跡都市で良かったね」
やはり、とネストは頷く。
ドリースの仕出かした事を思えば、その親たるオルドリッジ侯爵に穢れが行かない訳がなく、そちらでも魔物暴走が起きるのは確実だった。当のドリースは全く理解していなかったが。
シエルがネストを訪ねたのも、その流れからだろう。
山の向こうの出来事をどうしてその日のうちに知れたのか、どうやってネストの居場所を見つけたのか。
神子の権能でどうにかしたのだ。けれど肝心のドリース・オルドリッジにまでは辿り着けなかった。
つまりこの神子に出来るのは……。
数瞬でそこまで考え、ネストは思考を断ち切った。詮索は止めよう。
「帝国の対応をお聞きしても?」
「俺が見た時は会議の最中で、どんな結論出したかまでは見てないんだ。悪いね」
「いえ、お気になさらず」
……神子様、今、自分がこの短時間で帝国とアルセルスを行き来する手段があるって漏らしたの、分かってないな?
腹芸は苦手な質か。少し危うい。
「……お答え出来ればで良いのですが、皇帝は今回の件には?」
「関わってないみたいだよ?」
「そうですか……」
さすがにそこまで馬鹿ではなかったらしい。帝国滅亡は免れた。
まぁ、都市一つ飲み込むほどの魔物暴走が起きたなら、それなりにダメージはあるだろうが。
ネストと共にアルセルス王国へ来た留学生達は、ネストにあてがわれた部屋からは遠い区画に居る。
ネストの当てはそこまでの大雑把なもので、最終的には片っ端から部屋を開けて確認してドリース・オルドリッジを探した。
そしてそこそこ時間を掛けて見つけたドリースは、爆睡してた。
「ぐおー」
「よく寝てるね」
「…………」
ネストは片手で顔を覆った。
ネストは魔物暴走の進捗を知らない。情報を制御されるのは理解しているし、そこに文句はないが、つまりはドリースもまたどうなってるのか知らない筈で。
……自分のした事で、今まさに人死にが出てるかも知れないというのに、コイツは…………。
なんとも言えない感情に見舞われているネストの横で、シエルは呟く。
「うん、犯人この人で間違いないね。協力者は居るっぽいけど、主導したのはこの人。誰かに唆されたとかは無さそう」
それからシエルはサイドテーブルに置かれたポプリを手に取った。
「プリムラの作だね。他にもプリムラが作ったっぽい浄化アイテムが幾つもある……この人、プリムラと仲良いの?」
「いえ、挨拶程度です。それらはプリムラ様が修行の一環として作ったものを取り巻き達に配ったものです。私が貰った物や、別の者に贈られた物もありますね。いつの間に持ってったのやら」
「…………そう」
自分は要らなかったから構わないが、他はカツアゲした物の可能性が高い。
「とにかく、これだけじゃ弱いんだよなー。……んー?」
シエルは眠るドリースをまじまじと見た後、徐に襟に手を突っ込んだ。
直ぐに引き上げられたその手には、丸いペンダントが握られていた。
「それは……!」
「知ってる?」
「はい。帝国で開発していた、穢れを浄化する魔道具かと」
「マジ? 魔道具でそんな事出来な……出来てる? ん? 違う?」
「どちらですか」
シエルはペンダントをドリースから離す。するとじわりと穢れが湧いてドリースに纏わり着いた。
するとすやすやと眠っていたドリースが苦悶の表情になった。シエルはドリースの額にちょこんと触れ、そうすると穢れが収まりドリースの表情も穏やかになった。
「穢れを抑えたので?」
「一時的にね。起きて騒がれたら鬱陶しいし。――で、このペンダントだけど……。うん、正確には浄化はしてない。けど、穢れを薄く拡散して弱める事には成功してる。それで浄化の難易度が大分下がって、神殿で一般販売されてる浄化アイテムでも浄化出来る状態になってる。そこにあるプリムラ作の浄化グッズのせいもあって、傍目には穢れを得てるようには見えなかったんだね」
「そういう事ですか」
穢れの浄化は聖魔法や神術を用いなければ出来ない。理由は不明とされている。
長年研究されているが、魔道具による浄化は一向に成果を上げないのだ。
原因はともかく、この事実は神殿の権威を裏打ちしている。聖魔法使いは神殿に属するもので、神術は神殿で修行して身に付けるもの。
どう転んでも、神殿なくして穢れには対抗出来ないのだと。
けれど帝国は、その強固な神殿の基盤に楔を打たんとした。
「しかしまぁ、驚いたよ。帝国が『神殿を必要としない社会作り』なんて掲げてるのは聞いてたけど、ここまで実現させてたんだ」
神殿は穢れの専門家組織であると同時に、人々の心の支えでもある。
そんな神殿を否定するような政策を、なぜ立てたのか。それはネストも知らない。建前として、神殿の負担を減らそうだとか、神術や【聖魔法】以外の対応の模索とか言っているが、神殿の発言力を落としに行ってるのは明白だった。
「シエル様は、その政策をどのようにお考えで?」
「良いんじゃない? 面白い試みだと思うよ」
試しに聞いて見た問いに、至って軽い返しが来てネストは少し困惑した。
神子は神に属する存在。その神に背くような行いを、快くは思っていないだろうと想像していたのだが……。
ネストの思いを他所に、シエルはペンダント型の魔道具を熱心に観察している。
「しっかしこんな小ささでどうやってそんな機能を……? ん? え、あ、これ立体? 魔法陣を立体化させたの? うわぁ……」
ペンダントは球体で、中には無色透明な玉に銀色の砂粒が散っている物が入っていた。
ネストは魔道具の詳細までは知らず、何か希少な素材だろうか、としか思わなかったが、シエル曰く、この砂粒一つ一つが神世文字で、本来平面でしか使えない筈の魔法陣を立体的に組んでいると言う。
「神世文字は組み合わせ次第で色んな効果を出せるけど、それだけに干渉しやすくて配置を間違うと意図しない効果も出して失敗してしまう。一つの文字を交差させたりして二つ以上の効果を出すのは既存の技術だけど、可能とするのはほんの一握りの人間だけ。平面でもそんな難易度なのに、これは立体に組む事で一つ一つの文字に二重三重に意味を持たせてしかも互い増幅させあったりあえてぶつけて効果をコントロールしてる。こんなややこしいのにきちんと纏って望んだ効果を安定して発揮するなんて、どれだけ複雑で気の遠くなる計算をしたのか……。しかもそれをこんな極小サイズにするとかそんな難易度上げなくても十分凄いのに何に挑戦してるのこの人」
シエルは今まで見せていた淡々とした様子から一変して、キラキラした目で饒舌に語った。
「魔道具、お好きなのですね」
「魔道具が特別好きっていうより、この仕事の凄まじさ? 変態的な執念感じさせるのが好きかな」
よく分からない世界だというのは分かった。
「そこまでお分かりなら既に察しているかも知れませんが、この魔道具の作者は、錬金術師コクレンです」
「うん、他にいないよね、こんなの作れる人」
コクレン、と名を出した時、シエルの目が僅かに揺れた。
その事を、ネストは記憶に留めた。




