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68 シエルの暗躍(2)

「ディランの話、早速役に立ったな……」


 まぁ、穢れを辿れるからそんなに苦労はしないと思っていたけど。つくづく推理物に向かない世界だ。

 しかしそうすると、公爵子息一派に裏切り者がいる事になる、……のか?

 それは後でいいか。さて、次は。


「ルーさん、帝都の場所って分かる? 皇帝の穢れも確認したい」

「ふむ。この一帯で最も人の集まってる場所で良いでしょうか」

「それで良いよ」


 と言う訳で皇都まで飛んで貰う。

 さすがにシエルも帝国の詳しい情報など持ってないので行き当たりばったりだったが、帝都は直ぐに特定出来た。


「……東京かな?」


 シエルの眼下には、本物の東京ほどではないが大量の明かりが集まり煌々とした都市がある。デカい。アルセルスの王都の二倍くらいあるんじゃないか。

 これだけで帝国の国力の高さが伺えた。


「いや、話には聞いてたけど、ここまでとは」

「人力でこれだけの街を作った事は評価しますが、穢れ物への対策は弱いですね。そこはやはり、遺跡には及ぶべくもないかと」


 帝都は遺跡都市ではないので、アルセルス王都のような結界は無く、穢れ物や魔物に襲われたら厳しいだろう。

 その為か帝都はバウムクーヘンのように城壁が二重三重に都市を囲っており、その城壁の上には兵士らしき人が一定間隔で巡回し、内外へと目を光らせている。

 ――これくらいの警戒心をオルドリッジが持っていれば、ああも追い詰められたりしなかっただろうか。


 帝国の威容に感心しつつ、皇帝を探す。

 これ見よがしなThe王宮! って感じの建物の警備が厳重そうな場所を適当に回る。

 広い上に人がやたら多く手間取ったが、やがてそれらしい人物を見つけた。


 デカい長方形のテーブルに地図が広げられ、やたら高級感のある服を来たおっさん連中が囲んでいる。若い人や女性も居るけど。やっぱおっさんが多いんだよねこういう時って。


 地図には所々ピンが刺さって駒があったり。ピンの位置に“オルドリッジ”と書かれているので魔物暴走(スタンピード)の会議だろう。

 その中で誕生席に当たる場所に居る、一際豪華な衣装の人物を皇帝だろうと当たりを付ける。


「……うん、白かな。監督責任以上の穢れは流れていないし。他の人達もだね」

「ふむ。統治者まで愚かでなかった事に安堵すべきか、下の者の指導が行き届いていない事に失望すべきか、迷いますね」

「両方でいいんじゃない?」


 ともあれ、帝国の潔白は確認出来た。……あの中に皇帝が居なかったとかなら間抜けだけど。

 他にそれっぽい人居なかったし、取り敢えず良しとする。


 さて、この後は。


「ルーさん、まだ飛んで貰って大丈夫?」

「問題ありません。次はどちらへ?」

「アルセルスの王都」


 アルセルスに留学中のネスト皇子。

 この人も一年だから近くに居た筈。何か知ってるかも知れないし、何より。


「そのネストって人がね、【色持たざる神】の祝福持ちなんだって」

「おや“自由民”ですか。珍しい」

「うん、“自由民”なら情報規制もろくに掛かってないし、色々話を話を聞けるんじゃないかなーって」


 そんな訳で王都の上空。

 こちらは帝都に比べると明かりは少ない。ただ、まだ警戒してるのだろう、特に東側の城壁は煌々と明かりが灯っている。


「神子様、そのネストとやらは、どちらに?」

「今探す」


 シエルは目を閉じ、集中する。

 ――それを脳裏と言うべきか、イメージと言うべきか。

 それはまるで、前世でテレビで見た宇宙のような光景。暗闇の中に無数の灯りが点在している。

 その灯りは、シエルの知覚範囲内にある、生命の灯火。

 全ての生命なので、微生物や植物も入っていて数が多すぎる。

 シエルは対象以外の反応を少しずつ外してゆく。無生物の反応をオフにし、微生物の反応をオフにし、植物の反応をオフにし――。

 反応が人族だけになり、最後に。

 ――()()()()()の反応をオフにした。


 そうして残った、一つの灯り。


 場所は王城。幸い、奥まった場所では無く、外から侵入し易そうだ。


「居場所が分かった。案内するよ」

「はい、神子様」


 ……そういや、これで個人識別出来たら今日も簡単にエリク達の居場所特定出来たんだよなぁ。

 エリク達はこれと言った特徴が無いので他の人間との区別が難しいのだ。


 ――目印(マーキング)でも着けるか?

 いやいや、友達を監視するような真似はどうなんだ。

 でも今後もあんな危険な事が起きない保証も無いし……う〜ん。






 その時、ネストは一人書き物机に向かっていた。

 魔物暴走(スタンピード)と言う緊急事態に急遽用意された部屋。安全の為と言う名目だが、要は軟禁だ。

 何の予兆も無く起きた魔物暴走(スタンピード)。自然な現象には見えず、何かと思わせぶりな言動を取っている帝国が疑われるのは当然の帰結だった。


 そして今回に限っては、その疑念は当たっているのだ。オルドリッジの背後に誰が居るかまでは知らないが、皇子と言う立場上、知らなかったで済む訳がない。


 ――まぁ、そんな事はどうでもいいのだけど。


 魔物暴走(スタンピード)の責任をおっ被せられようが、その結果身分剥奪でも奴隷落ちでもなろうと構いやしない。


 ネストの気掛かりは一つ。昼前に門で見た神気。


 ネストはそろそろ寝る時間だと思いつつ、ベッドに入る気になれずにいたが、それはある意味虫の知らせだったのかも知れない。


 ぼんやりしていると、突然ぞわりと総毛立つ感覚。なんだ、と思う前に、


 コン、コン。


 窓が鳴る。バルコニーに続く掃き出し窓だ。

 ネストは考える前に体が動き、急いで音の鳴った窓へ向かいバッとカーテンを開けた。

 室内からの明かりの反射で見え難いが、そこに小柄が影があった。

 びっくりした様子のその人に、ネストは躊躇い無く窓を開け、その場に跪いた。


「神子様とお見受けします。拝謁の栄誉に預かり、光栄に存じます」


 ネストは内心震えながら礼を尽くす。

 その姿をお付きの者が見たら驚愕しただろう。何せネストは、皇帝陛下に対しても慇懃無礼で、ろくに敬意を示さないのだから。

 心拍数が上がるのを感じながら反応を待つ。それは数秒にも満たない時間だったが、ネストにはひたすら長い時間だった。


「……びっくりした。一目で、ううん、カーテン開ける前から神子だって分かってた?」

「はい。御身から溢れる神気を感じました」

「神気? あ、顔上げてよ。俺そう言う礼儀作法とか? そんな知らないし、普通にしゃべって?」


 気安い様子の神子に、そろりと顔を上げる。

 そこに立っていたのは、十歳ほどの青灰色の髪の子供だった。身なりは良いとは言えず、まず貴族ではないと判断する。平民でも貧しい家だろう。

 それなら堅苦しい言い方は不便に感じるだけかも知れない。


「分かりました。どうぞ、中へ」

「お邪魔しまーす」


 促せば、素直にとことこと入って来る。

 香りの良いお茶で饗したい所だが。生憎この部屋に給湯設備は無く、人を呼ぶ訳にもいかない。

 何の用意も無い事を詫びると「お構いなく」と軽く返された。


「それより神気って?」

「御存じ……いえ、知らないのですか? 言葉の通り神の気です。あなたからは濃密な神の気配がしますよ」

「えっ……?」


 本当に分かってない様子の神子に、神気について軽く説明した。

 と言っても大した内容ではない。神々と相見えた時に感じる畏怖や存在の異質さ強大さを叩き付けてくるような威圧感を、人間側が勝手に神気と呼んでるだけなのだから。


「それが俺にもある……? でも、今まで誰にもそんな事言われてないよ?」

「それはおそらく、認識出来ていないだけかと。空気や重力は、どこにでも存在し、常に我々に影響を及ぼしていますが、その存在を意識するのは難しい事です。地球でも認識され、理解されるまで相応の時間と努力を必要としたでしょう? 神気も同じようなものなのです」

「分かるような分からんような……。で、理解出来る人には、俺の事はすぐに分かる?」

「はい」

「……あー、そっかそれで……ん? て事は――」


 何か納得した様子の神子は今度は頭を抱えて項垂れた。

 だがほんの数秒ほどで顔を上げ、何か真面目な顔でうむうむと頷いている。


「あ、脱線してごめん。今更だけど、ネスト皇子、でいいのかな? 帝国から留学してて、【色持たざる神】の祝福持ち」

「はい、そのネストで合っています」


 どうやら本題に入るらしい。――何と言うか、マイペースな人のようだ。人の事は言えないけど。


「俺は孤児でシエル。こんな時間に押し掛けて悪いけど、今日の魔物暴走(スタンピード)について、話を聞かせて欲しい」

「――やはり、その事ですか」

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