67 シエルの暗躍(1)
「魔物暴走はどうなった?」
『夕刻前には収束しました。神子様が原因を取り除いてくださったので、あの時点で影響は止まりましたので』
『それに、雪を使う“解放者”の子が居てね、その子が凄い勢いで穢れ物はもちろん狂乱した子達も一蹴しちゃって。あれは見事だったわ』
「アグノスか」
大丈夫だろうと思ったけど、やっぱ無事だったか。
アグノスは性癖こそアレだが、大陸規模で見ても十指に入る実力者なのだ。
『妙な目には遭ったが、多くの同胞が浄化され、命の流れに還れた。結果だけ見れば、そう悪い事ではなかったな』
マオは静かに言う。
魔物と言うのは、大体が穢れに呑まれ、自我を失い人を襲うしか出来なくなった神の眷属。
それは彼等にとっても本意ではなく、討伐された事で恨んだりはしない。
人間で言うと、ゾンビ化した身内を改めて眠らせて貰った、という感じだろうか。
それは同意するのだが。
『あんた……反省してないの?』
『え゛っ!? そんなつもりは……』
マオの言葉に、シーズレイルがまた怒りを向ける。
マオ……せめて言葉を選びなよ。その言い方だと自己弁護に聞こえるよ。
また大蛇による猪フルボッコ再開の気配に、シエルはそっと距離を取った。
そんなシエルに、やはりそっと近付く巨体が一つ。
「シエル様、私からも報告が」
「ルーさん。何?」
生真面目な声で話し掛けて来たのは、ずっと空気と一体化していたドラゴンだ。
いわゆる西洋の竜の姿をしている。体色は夏の青空のような深い青。二階建ての家くらいの大きさだが、ドラゴンとしては若者でこれでも小さい方。
ルーさん――ルルソティールは三年前に大禍山脈に赴任して来た新米守護竜だ。
ドラゴンは神の眷属ではないがこの世の生き物の中では最も神に近しい存在で、世界を安定させる役目を負っている。
その役目の一つとして大禍公の動向にも気を配っており、各大禍公の封じられた地には最低一体、ドラゴンが常駐している。
以前は別のドラゴンが山に住んでいたが、三年前に老衰で亡くなった。その跡を継いだのがルルソティールだ。
この場に居る中では新参者な為か、遠慮しがちな所がある。
「山の向こう側……人が、ていこく、と呼んでいる地にも魔物暴走が発生しました。こちらの魔物暴走と呼応しているように見えます」
「……帝国で?」
同じタイミングで発生したならば、こちらの魔物暴走と無関係とは考え難い。しかし、物理的に影響したと見るには遠すぎる。
「そっちの魔物暴走は」
「まだ続いています。どうやら駆け付けた聖魔法使いの中に、“解放者”は居なかったようで」
こちらの波及が帝国に、ねぇ。
それが本当にこちらの魔物暴走と連動しているなら、今回の事件の主犯は、帝国の人間、と言う事になる。
……ミハイル達に同行したのが公爵子息一派だった為に、公爵子息関係者かと思っていたが、これは。
まずは確認しなくては。
「……ルーさん、その魔物暴走見に行きたい。連れてってくれる?」
「もちろんです」
サクサクと話を進め、シエルはルルソティールの背に乗った。
当然のように一人では乗れず、スライムが座席役としてシエルを安定させ、更に蔦の魔物がシエルとルルソティールに巻き付き固定する。
準備が整ったシエルは、まだマオをしばいていてこちらの動きに気付いていないシーズレイルに少し考え、その辺に居た狼の魔物に伝言を頼んで飛び立った。狼は『俺ッスか!?』と絶望顔をしていた。大丈夫、シズ姐今は気が立っててちょっと怖いけど、理不尽な蛇じゃないから。変な事はしないから。
ルルソティールは高く高く飛び、あっと言う間に山脈を見下ろす高さになる。
空はすっかり晴れていた。今日は月が細く、暗いがその分星が際立っている。
「シエル様、あちらです」
のんびり星空観賞していたら、やはりあっと言う間に着いた。
山脈の東側には谷が有り、街と山脈を行き来するのは魔物でも手間取る。その為東側では魔物暴走による被害は少ない。
――と言うのが共通認識だった。
眼下には街であろう灯りの密集した所があり、その灯りを囲むように魔物の気配が集まっている。街は遺跡都市だった。遺跡の結界がある為に街へは侵入されていないようだが、普通の街だったら既に壊滅していただろう。
「完全に包囲されてんじゃん……。領主は何してたの?」
「この一帯は長く魔物の被害は軽いものでした。油断でもしていたのでは」
「それでも備えるのが領主の務めでしょうに」
隠蔽の魔法をルルソティールに掛けて、街に近付いて貰う。
ドラゴンは魔物――穢れ堕ちした神の眷属――ではないので、妨害される事なくすり抜ける。一緒に来たスライムと蔦も同様だ。
街をぐるりと囲む壁の上には魔道具の灯りが灯され、騎士や冒険者達が行き交い、弓や魔法で魔物を攻撃している。
じっくりとは見なかったが、それでも連携に不備があるのは分かった。あちこちで些細な不備から怒鳴り合いになっている。
街中は暗く、シンと静まりかえっている。人の気配はある。避難しそこねたのか。まぁ、遺跡都市なら下手に避難するより安全ではあるが。
街の中央付近にある領主館に向かえば、煌々と明かるく忙しなく人が走り回っている。
外から探し、領主らしい人物を見つける。
その一人は血走った目で頭を掻き毟りながら指示を飛ばしている。どうにか理性を保っているが限界ギリギリ。そんな様子だ。
さて、肝心の穢れは……。
「うん、確かに向こうの魔物暴走と同じ穢れだね。……この人は何も知らないな。でも黒幕か実行犯がこの人の庇護下に居る人物。結構近しい人物ってトコ?」
この辺の感覚は、言語化するのは難しい。
取り敢えず言える事は、穢れにも濃淡と言うか密度と言うかがあって一定ではなく、また感触とか流れ方とかから、その穢れがどんな方向性の“罪”に由来するのか、意識的か無意識か、巻き込まれか、そんな事が識別出来るのだ。
この辺りで穢れの性質を説明しておこう。
穢れとは、主に人間から生み出されるもの。大禍山脈のものや神罰はまた種類が違うが、この世、特に人の世で発生する穢れの源は、人間である。
罪禍とも呼ばれ、その名の通り罪を犯すと発生し、罪人を苛む。それもまた間違っていないが、表面だけを見た解釈で実際の所は若干異なる。
その『若干の異なる』部分に由来するのだが、穢れは罪を犯した本人だけに留まらずその更に原因にまで飛び火する。
例えば、ある人が物を盗んだとする。当然その罪による穢れは窃盗犯に湧く。
ここからが本題だが、例えばその窃盗の理由が貧困で、その貧困の原因が第三者にある場合、その罪穢れの三割から四割がその第三者にも発生する。
これが、原因が親の教育にあったなら親に、誰かに唆されたなら唆かした人物に穢れが波及する。
ちなみに、直接的な関わりが無くとも、領主や長と付く立場、親も含まれるが、とにかく人の上に立つ者は下の者が何らかの罪を犯した場合、問答無用で穢れの一部が飛び火する。
監督責任と言うやつだ。為政者には社会を円滑に回す義務があり、犯罪はそれが成されていないと見做される。これと言った瑕疵が無くとも、問題を防げなかったと責任を問われる。親も似たり寄ったり。
若干理不尽に思わなくも無いが、このシステムのお陰で、いわゆる悪徳領主などはこの世界には存在しない。
何せ悪事を働けばその時点で穢れが湧き、その悪事の結果治安が悪くなって犯罪が多発すればその穢れが領主に注がれる。
そうなったら領主は一年と経たず穢れ堕ちし、討伐される。
穢れを払う方法はあるし多少の抜け道はあるが、基本的に悪意ある人間が人の上に立ち続けるのは不可能なのだ。
前置きが長くなったが、権力と責任ある立場に居ると、自分が何もしていなくとも穢れが湧いてしまう。
そしてその穢れの流れを辿って犯人を特定すると言う手段もあるのだ。
シエル以外にも可能な、手法が確立された技術だ。本来はもの凄く大変で、こんなにサクサク事が判明したりはしないが。
「取り敢えず、犯人はこの領主の関係者で確定だね。ルルさん、ここの都市の名前って分かる?」
「はい、ここは大禍山脈の監視用に作られた都市の一つで、オルドリッジの名を与えられています」
「おお、さすが。……オルドリッジ?」
その名前はつい最近聞いた気がする。最近ってか、数時間ほど前に。
「蔦さん、ちょっと俺のリュックからノート取ってくれる?」
シエルは今安全の為ぐるぐる巻きにされてるので、背中に手を伸ばせない。
蔦に頼んでノートを出して貰い、灯りを出してノートをペラペラ。
「あったあった」
それは、ディランから聞いたプリムラ争奪戦のメンバー表。
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ドリース・オルドリッジ 皇子の随行、侯爵子息
(野心家。自国の皇子を見下してる様子)
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犯人、見つかったかも知れん。
・ルルソティール
最近サルトリ大禍山脈に赴任して来た新米守護竜。
人間でいうと二十歳くらいの若者。
シーズレイルが防御担当なら、ルルソティールは攻撃担当。大禍公の眠りを邪魔する者は排除する。
基本防衛が目的なので大人しく撤退するなら追い掛けはしない。あんまり悪質な真似をされたら、その限りではないが。
前任者の死期を察するように産まれた。その為産まれた時からサルトリ大禍山脈に赴任する事が決まっており、その日に向けて修行してた。
その赴任予定地に神子が現れたと聞いた時はむちゃくちゃビビった。




