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66 魔の森に棲まうもの

 室内には緑色の常夜灯が灯り、明かりを落としても室内はほんのりと明るい。


 かすかな灯りの中、シエルはコソコソとベッドを降りて、そろり……そろり……とベッドの並ぶ横を通り過ぎる。

 カーテンで区切られてるのが有り難い。常ならエリクあたりは気付きそうなものだが、やはり疲労は完全に抜けてはいなかったのだろう。起きる気配は無い。寝る前に飲ませた安寧煉果入りリラックスハーブティーも効いたかも知れない。


 ディランあたりは起きてるかも知れないが。……今更だ、ほっとこう。




「お、雨上がってる」


 しずーかに外へ出ると、雨も風も無く静かだった。雨上がりで土と緑の臭いが強く香る。木々に遮られて見えないが、雲も晴れて星が出てるかも知れない。


 外の空気が心地良く、シエルは大きく息を吸い、吐く。

 そして、さて、と前を見ると目の前にでっかい蜘蛛が居た。

 牛くらいのサイズの蜘蛛だ。シエルが気付くと、蜘蛛はいそいそと横腹を見せ、体を沈めて見せる。


「迎えに来てくれたの? ありがとう」


 見知った相手だった。そしてよく見れば蜘蛛の背中にスライムが一匹。

 スライムは体を紐状に伸ばしてシエルの胴体に巻き付き、持ち上げて蜘蛛の背に乗せる。

 そのままスライムの上に座り安定すれば、蜘蛛はそうっと体を持ち上げススススス……と森の中を滑るように進む。

 こういう事を度々やっていたので、エリク達を運ぶ時、自然と蜘蛛型のゴーレムになったのだ。


 真っ暗な中をけっこうなスピードで走る蜘蛛。シエルは暗視能力など持たないので景色は何も見えないが、体に吹き付ける風で見えたら怖いくらいのスピードなんだろうなぁ、と呑気に思う。


 しばらくすると明かりが見えて来た。

 木々の無い拓けた空間が有り、そこだけ月明かりが差しているのだ。決して明るいとは言えない光量だが、自分の手も見えない暗闇の中に居たシエルには明るく映った。


 それと前後して聞こえてくる、何かのやり取り。どうやら誰がが怒っているらしい。

 近付くにつれはっきりと聞こえてくる怒声。そして月明かりの中浮かび上がるシルエット。


『――のに! シエルちゃんに向かって威嚇するなんて! 信じてたのに!!』


 ドシーン!


『い、いや、だから、すまなかった、と……』

『シエルちゃんはいつまで経っても小さくってやわっこくて、見てて危なっかしくて……。皆で守りましょうねって誓い合ったのに……!』

『頼むから聞いて……』


 バシーン!


 ――見えて来たのは、距離感がバグるような巨体の白蛇と、そんな白蛇に巻き付かれ締め上げられている軽トラサイズの猪。

 合間に聞こえるのは猪がぶん回されて地面に叩き付けられたり、丸太のような尻尾で張り倒されている音である。

 その周囲には、今シエルが乗っている蜘蛛を何倍にもしたような巨大蜘蛛や、やっぱり巨大な狼や巨大なムカデやドラゴンや……とにかくデカい魔物が集合していた。


 それは大きく二つのグループに分けられていた。

 即ち、締め上げる側と締め上げられる側だ。

 締め上げられているのは猪の他にゴブリンやオークなどのファンタジー定番モンスターが数匹程度。あと端っこの方でこの中では小さめな蜘蛛が大型犬サイズのナメクジを拘束しようと頑張っていた。どんなに糸でぐるぐる巻きにしても、ぬるん、と糸から抜け出してしまい、蜘蛛がムキーッとなっている。そんな蜘蛛にナメクジは申し訳なさそうな気配を醸し出している。わざとではないらしい。


 ちなみにドラゴンさんだけはどちらにも属さず隅っこで空気と一体化している。

 目が合ったので会釈し合う。


 この空気の中入って行くんか……。

 シエルは帰りたい気持ちになったが、乗り物(蜘蛛)がスススッと近付いてしまうのでどうにもならない。

 諦めてシエルは声を掛けた。


「シズ姐〜、みんなもお待たせ〜」


 途端、ザワッと魔物達の視線がシエルに集まる。


『まあシエルちゃん! 怖い思いしたわね? 大丈夫?』


 白大蛇は締めてた猪をポイッと放り出し、ザザッと近付きシエルの身を案じる。


「大丈夫、怖くなんかなかったよ。遅くなってごめんね。一緒に居た人達の回復待ってたんだ」

『良いのよ、シエルちゃんが大丈夫ならそれでいいの』


 言いながら鼻先をそっと寄せてくる大蛇。

 この大蛇の名はシーズレイル。人間には魔物と認識されているが、実際には()()()()()の眷属で、サルトリ大禍山脈の守護聖獣だ。

 周りの魔物(締め上げてる側)も、正確には神の眷属達。シーズレイルを頂点とし、山と森の守護にあたっている。


 彼等とは五歳の頃からの付き合いである。

 神の眷属であるシーズレイルはシエルが帯びている神気を感知し、速やかに接触、保護を申し出て来た。

 シエルは基本的に人の街に居るので保護は遠慮したが、森に来た時は一緒に遊んだりしてくれる。

 シエルにとって、街より森の方が安全と思える理由がこれ。森の“魔物”は神の使いたるシエルを大事にしてくれるのだ。多少過保護なきらいはあるが。


 この大白蛇が昼間、新幹線に例えられた白い物体で、締め上げられている猪がエリクと相対していた猪である。


「昼間は助かったよ。ありがとうね」

『あれくらいなんでもないわ。シエルちゃんが無事で良かった』

「それで、昼間の騒動の件なんだけど――」


 寄せられた鼻先を撫でつつ、猪――マオへ視線を向ける。

 マオを始めとした、おどろおどろしいいかにも邪悪な物です、と言った姿のもの達は元森の神の眷属だ。穢れに深く侵食され、このような姿になったと聞く。

 特にマオは幹部のような立場だった眷属で、これほど穢れに塗れても自我が残っているのはその力あっての結果だろう。


 マオは、よた……よた……、と覚束ない足取りでシエルの前まで来て頭を下げだ。無理すんな。


『神子様……先程は申し訳ありませんでした……』

「いいよ。それより、何があったのか聞かせてくれる?」


 シーズレイルに厳しい目を向けられ、ビクビクしながらマオが語った事は多くない。

 いつも通りのんびりと過ごしていたら、突然穢れが活性化し、狂化した。その後の事はあやふやなのだ。


『何か、呼ばれるような、引き寄せられるような感覚があったように思います。気が付けば目の前に人間が居て、強い憎しみが湧き上がり、それに身を任せ暴れたものと……』


 そしてまた気が付けば目の前にシエルが居て、混乱してるうちにシーズレイルに掻っ攫われた、と言う事らしい。


 マオの話が終わると、シエルはあの場に居た人間の一人に呪術が仕掛けられていた事を話した。


『これだから人間は……!』

『ふん、その人間如きにいいように使われた間抜けが何を』

『ぐぬ……』

「シズ姐、その辺で」


 人間の所業に怒りを顕にするマオと、それを鼻先で嘲笑うシーズレイル。

 シーズレイルは元々そんなに突っかかるタイプじゃないのだが。シエルに敵意を向けた事が余程腹に据えかねているようだ。


「マオのあの異変は、呪術だけのせいじゃないよ。だよね? マオ」

『それは……』

『シエルちゃん、どういう事?』


 そもそもの話、あの呪術の効果は至って凡庸な物で、その辺の穢れ物ならばともかく、元とはいえ神の眷属、それも幹部クラスだったマオを操るには弱過ぎる。


「あの魔物暴走(スタンピード)、裏にはどっかの神が居るみたいなんだ」

『『『……!!』』』


 シエルの発言に、眷属達がピシッと硬直する。


『シ、シエルちゃん? それは、本当なの……?』

「多分、ね。確証は無いんだけど、そう考えるべき材料が多くてね」


 肩を竦めて見せれば、眷属達がザワザワと騒ぎ出す。

 当然だろう。彼等にとって敵は人間であり、神々は味方の筈なのだから。

 なのにその神のいずれかが、大禍公の眠る地を荒らした。裏切りと言ってもいい所業だ。

 創世神の寵愛を受け、神の代理たるシエルの言だとしてもそうそう受け入れられる話ではない。


『神子様……では、私の感じたものは、気のせいではないのでしょうか……』

「感じた事って?」

『おぼろげゆえ、なんとも言い難いのですが……暴走してる間、なんだか神気らしきものを、感じた、ような……』


 自信無さげにボソボソと言うマオ。

 大きな声ではなかったが、シズの指示で眷属達が一世に沈黙した為、何を言ったかははっきりと聞き取れた。


「そっか」

『それも、気配が三種類ほどあったような……』

「へ? 三種類? 三柱の神が関与してたの?」

『あっ、いえ、そのような気がしたような気がするだけと言いますか……』


 えらく曖昧な物言いだが……これ、記憶があやふやなんじゃなくて、信じたくない、って感じかな?

 マオ達には気の毒だけど、神にも色々ある。人間に敵対する神も居れば、マオ達の主君()と反目してる神も居る。


 神ってだけで信用する訳にはいかないんだよな。

・シーズレイル

 大地の女神の第一の配下。白い蛇の姿をしており、大きさはある程度変えられる。

 大禍山脈全体に巻き付けられるくらい巨大且つ長くもなれる。防御に特化しており、非常時は山脈に巻き付いて大禍公を守るのが使命。

 なお、上記の状態になったシーズレイルの防衛線を破るのは現存人類には不可能。

 ゲーム的に言うとギミック系のボス。シエルと知り合い仲良くなる、と言った特殊イベントを起こさないと突破出来ない。


・マオ

 かつて穢れに呑まれ、堕ちてしまった元森の神の眷属。

 森の神が穢れ堕ちした際、繋がりを絶てば助かる道もあったが、主に殉じる道を選んだ。

 自我が残ったのは本猪にとっても想定外。今は自分のように殉じたものの生き残ってしまった仲間達を纏めている。

 そんな自分達に居場所をくれたシーズレイルには感謝しているが、感情的になると暴れる所と人の話を聞かない所はなんとかならないかと思ってる。

 昔はもっと長い名前だったが、その名前は捨てた。今はただのマオ。

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