63 説明回続き
シエルは門で見たプリムラの様子を思い出す。
そんな目に遭っても彼等を助けに戻ろうと言う心意気に、評価を少し上方修正した。それが攻略とかストーリーの為だったとしても、だ。
「門でプリムラ様を見たけど、みんなを助けに行くんだ、って騒いでたよ。生徒や騎士に止められてたけど」
「……そうですか」
ディランの反応は淡々としていた。彼はプリムラに対してどんな思いでいるのだろうか。
シエルは視線を落とし、書き込みで一杯になったノートを見る。
そこに書かれているのは主に貴族の名前や簡単なプロフィール。ディランは関係者の名前をきっちり教えてくれた。利害関係とかぶっちゃけ教えられても正直理解出来ないけど。
「ねぇ、疑問なんだけど、ミハイル王子は王子だよね? その私物に細工するって、相当難しい筈だよね?」
「……ええ、本来なら。考えたくはありませんが、裏切り者が近くに居るとしか」
最初、そんな一々登場人物について語らなくていいのにと思ったけど、ここまで来たら察する。
ここに載ってる名前、全員容疑者なのだ。軽く三〜四十人居るんだけど。
容疑者多すぎて気が遠くなるわ……。とりあえず、帝国皇子ネスト一派と、公爵子息フィリップ一派に大別しとく。
「一応聞くけど、ミハイル王子って冷遇されてたりしない?」
この質問は、ラノベだと王子王女が冷遇されてる設定がよくあるから一応聞いてみよう、と言う程度の軽い疑問だった。
それにディランは。
「…………」
「え? ちょっと? 嘘でしょ当たり!?」
「いえ、違います! 紛らわしい反応をしてすみません。冷遇などはされていませんが、ミハイル殿下を軽んじる傾向はありました。もしかしたら、管理態勢が甘くなってた可能性はあるかと……」
「ええ……」
さっきからミハイルが可哀想。何、ミハイル不遇キャラなの?
「そうすると、ミハイル殿下が目的というより、単に手を出し易かった為に目を付けられた可能性も出て来ますね」
「やだー、それ犯人候補無限に増える奴じゃーん! やめてよもう頭こんがらがってるのにー!」
「仕方ありません。王族と言うだけで狙われるには十分ですから」
自分がこの状況になって思う。探偵や刑事さんって偉い。
そして自分は探偵にも刑事にもなれないと判明した。特定作業面倒臭すぎ。
そしてどうしてミハイルが軽視されているのか、ディランは説明してくれた。
例によって世界情勢も背景にあり、前提として、
《前提情報、アルゼイン公国編》
一、北の隣国アルゼイン公国は昔からアルセルスを狙っており、今もよくちょっかいを出しており、緊張状態にある。
二、王太子の妃は、そのアルゼイン公国の王族。関係緩和の為の婚姻である。
幸い王太子夫妻の仲は良好で、王太子妃も故郷より嫁ぎ先を優先してくれる。
が、それがアルゼイン公国を敵視している貴族の不興を買った。
三、そのアルゼイン公国への抑えとしてキンバリー公爵が居る。
キンバリー公爵領がアルゼイン公国に面した国境にあって公国に睨みを利かせており、キンバリー公爵は公国への対抗勢力として名が知られている。
その為、王太子妃に反感を持つ貴族は子息であるフィリップ・キンバリーを支持した。
結果的に、フィリップは反アルゼイン派の旗頭になった。
《前提情報、ガルグイユ帝国編》
サルトリ大禍山脈を挟んで東にある、ガルグイユ帝国。先々代から周囲の国を時に武力、時に権謀術数で併呑し、着々と領土を広げている野心家な国。
こちらもアルセルスを狙っていると目されており、その帝国の皇子が聖魔法使いプリムラに近付いているのは警戒すべき状況である。
《前提情報、アルメリト王国編》
南の隣国アルメリト王国も友好的とは言えない。およそ三十年前、現国王の妹、当時の王女が輿入れ予定だったのが、王女がある事件を起こし破綻する。
その悪化した関係の改善策として、第二王子が生贄よろしくアルメリト次期女王に婿入りした。
前提情報終わり。
で。そんな中、大事な聖魔法使いに仮想敵の皇子が近付くのを許すわ、反アルゼイン派のフィリップにも遅れを取るわ、第四王子は何をしている、と。
王太子は選んだ妃こそ議論の余地はあるが、アルゼインを抑える為に尽力している。
第二王子は針の筵を承知の上で、国の為にアルメリトに婿入りした。
上の王子達の尽力に比べ、第四王子は……。
とミハイルを産まれだけ高貴なぼんくら・役立たず、とする評価が貴族間に蔓延していると言う。
「きゅうけいを……きゅうけいをください……」
シエルは頭を抱えながら懇願した。
キツい。ミハイルの境遇もキツいが、話自体もキツい……政治経済は苦手なんです……。
設定上シエルは知能が高い。前世と比較しても記憶力は良いし、数学や科学系の問題なら難しく感じないし、体感として思考速度とか諸々優れている。
でも政治は理解し難い。
原因はおそらく対人能力及び社会性の低さだろう。
理系は人間の都合など関係ない。けれど政治経済は人間が人間の為に作った仕組みであり、その時々の都合とか感情とかで出来ており、シエルとしては支離滅裂に見えるのだ。
シエルから見たら、他所の国にちょっかいを出す事自体、無駄で無意味な行為だ。
ディランは「承知しました」と新しいお茶を入れ始めた。気が付けば三時間程経過してる。おやつ休憩にちょうど良い。
「はぁ……」
シエルは立ち上がって伸びをした。そのまま軽くストレッチ。頭を使うのは得意な方だけど、この話は疲れるよ……。
シエルは立ったついでとばかりにまだ寝込んでいる三人の様子を伺った。
全員ちゃんと温かく、顔色も良く、すやすやと眠っている。起きないのは単純に疲労が原因だろう。
魔法で全て癒してしまうと、体が自力で回復する事を忘れてしまう。なので緊急性の無い部分には、手を出していないのだ。
単純な疲労なら、休んで癒すのがベストだ。
ミハイルの様子を見た時、なんとなく申し訳ない気持ちになった。人質にしようとか思ってごめんね。
ソファのある寛ぎエリアに戻ると、ディランがお茶の用意を終えて待っていた。
それとバターの美味しそうな香りが充満している。何? 何か作ったの?
「お三方の様子は」
「よく寝てたよ。負担が大きいから、回復に時間掛けてるんだと思う。しばらくしたら起きる筈だよ」
言いながらソファに座ると、スイーツを出された。
半月型のパイだ。お皿にホイップクリームが添えられたパイが盛り付けられている。ほんのり湯気が立ち、バターの香りがふわりと香る。
これも、お城から持って来た物だとか。
「これは温かい方が美味しいので、待ってる間に温めました」
「……わざわざ温めたの?」
「はい。オーブンがあったので、使わせていただきました」
「そっか……。いただきます」
中身は何種類かのベリーでした。美味しかった。
さて、気分転換した所で話の続きだが。
「えー、国の話は一旦横に置いて、王子の従者が何で孤児院の職員やってたか聞きたいんだけど」
はい、話題逸らしです。
いいじゃん。ふざけた真似した奴はとっちめたいけど、どうせ今はここから動けないしさ……。
「承知しました。こちらはそんな入り組んだ話ではありませんよ。きっかけは、ライフェルト殿の要請です」
「フェル?」
なんでも、夏季休暇明けてすぐ、ライフェルトがミハイルを捕まえて孤児院の異常を訴えたらしい。
「……王族に直談判したの?」
「その頃には用意された側近候補は全員去っておりました。そんな中、落ち目と言って良い殿下の元に留まったライフェルト殿を、殿下も大事にしておりましたから」
訴えを聞いて貰える下地はあったらしい。
ミハイルはライフェルトの訴えを聞き入れた。そして孤児院の調査を始めた訳だが、前述の通りミハイルに動かせる人員は少ない。かと言って国王や王太子に持って行くには根拠が薄い。
そこでミハイルは、独断で動かせる人員として、ディランを派遣した。
「ディランは護衛もしてたんじゃなかったの?」
「そこは変わりにエリク殿がミハイル殿下の側に付く事で誤魔化しました」
「誤魔化しなんだ」
「それに、見せる護衛とは別に、影で護衛する者が国から派遣されてますから、守りは問題ありません」
「ああ、そりゃ居るよね。……その人達、今日は?」
「無論、今日も付いて来ていましたが、魔物暴走の後、途中から気配が無くなりました。数名だけ遺体を確認出来ましたが、他は不明です」
「…………」
護衛さん……。
「そしてメッラ院長の、神殿の異変を確認し、それを持ってこの問題は国の預かりとなりました」
「え」
「陛下は……今代の陛下は、孤児院の問題を御存じ無かった。現状を知り、今は詳しい調査をし、証拠固めをしている段階です」
「……」
「シエル様」
ディランは真剣な様子でジッとシエルを見詰めた。
「陛下は、あなた方を見捨ててはいません」
「……」
「陛下は、調査結果に驚いておられました。無論、問題に気付けなかった事自体、国の過失です。お詫びのしようもありません」
「……」
「間違いは、必ず正します。どうか今しばらくお待ちください。そしてどうか、陛下が、王太子殿下があなた方を気に掛けている事は、信じて差し上げてください」
「……そう」
何を、今更。
フツ、とドロリとした何かが湧く。知らなかったからなんだ。王様が気に掛けていたら、潰された子供達が、元に戻るとでも?
すぅ、はぁ……。
静かに深呼吸し、自分の中で蠢くモノに、今は蓋をする。
その話は、後で。帰ってから。
「ただ、それとは別に、ある案件が浮上しまして」
シエルの心情を察しつつ、あえてディランは先を続けた。
「今は、シエル様、あなたを観察及び懐柔する為に、孤児院の職員を続けています」
「……。んっ? えっ?」
思考が明後日の方向を向いてシエルは若干反応が遅れた。
えっ俺? なんで!? 俺何かした!!?
――心当たりしかねぇな! 何、どれがバレたの!?
・補足
王族兄弟三人目は王女で国内の有力貴族に降嫁した。
国の一大事業に取り組んでる真っ最中で、本編で出番があるかどうか不明。
・更に補足
この世界の言語は、男女で呼び方が変わる単語が少ない、と言う設定があります。
要するに長男長女と言った呼び方はしない。子供を数える時も性別で分けない。
例として、女、女、男の順で産まれた場合、長子(女)、次子(女)、三子(男)と言った表記になる。
末っ子長男と言う概念は無い。
貴族当主も同じで、女性当主も女男爵にはならない。男も女も同じ男爵。
魔法や祝福がある世界では筋力は大した優位性にならないだろうなー、と考えた結果。




