62 何があったのか
扉を開けると、強風と共に雨が吹き込んで来た。
ザアザア、ゴロゴロ、ピッシャーン。
「賑やかだなぁ」
シエルは外の様相に心浮き立つ。前世から、こう言う嵐とか台風が好きだった。なんかテンション上がるのだ。雷も好き。ピカピカきれい。
こんな状況じゃなかったら、雨に濡れながら走り回るのに。そして風邪を引いてシズ姐さん達に怒られるまでがセット。
大蛇に説教される自分を想像してくすりと笑い、シエルは結界で雨風を防ぎながら蜘蛛ゴーレム達を外へ出し、魔法を解除した。蜘蛛達が大地へと帰還する。ありがとう、助かったよ。
後ろ髪を引かれながら扉を閉め、リュックサックから穢れを遮断する魔道具“シメナワ”を出し、扉のある壁に張る。
シエルがいれば無用の長物だが、偽装工作だ。ディランはもう仕方ないとして、エリク達にはまだ知られたくない。特に王家の人間になど、絶対に、知られたくない。
他に穢れを吸着する魔道具や、穢れを追い払う魔道具等も設置し、中へ。
中に入ると、キッチンでディランがお茶を淹れてる所だった。
ディランは着替え、今はシャツとズボンのみのシンプルな装いになっている。
その服はこの遺跡の備品だ。どういうつもりで置いたのか、衣類の類も充実している。ふかふかの柔らかいタオルもたっぷりあるし、基本子供が来る場所じゃないのにシエルにピッタリなサイズの服もある。
有り難く使わせて貰うが、何を想定したんだろう……。
ディランはシエルに気付くと振り返り、軽く目を伏せる。外に蜘蛛を出し、同時に穢れ避けグッズを設置する事は話してあるので、会話は無い。
話し掛けて来ないのは、シエルとしても有り難い。
黙々と穢れ避けを設置し、全て終わってリビングダイニング的な一画に向かう。
テーブルにはティーセットと軽食にお菓子まであった。その傍らにディランが立ち、礼を取る。執事服を着ていたら一枚の絵のように様になっていただろう。
「お疲れ様でした」
「大して疲れちゃいないよ。てかこれは? この茶器ここの備品じゃないよね? これキッシュ? こっちはプリン? こんなん持って来てたの?」
「今日はプリムラ様も同行する予定だったので、若い女性が好む品を持たされていたのです」
「納得した」
馬車一台分のスペースがあるなら、多少はお菓子に空間を割いても問題無かったのだろう。
茶葉も茶器も持って来たものと……つまりこれら、王家御用達の品? え、食べていいの?
疑問が顔に出てたのか、ディランが言う。
「どうぞお召し上がりください。お三方の分もありますから」
「あ、うん、じゃあ、いただきます」
と言う訳で遠慮なく手を付けた。
時刻は気付は昼過ぎ。昼前から動き回っていたので、お腹空いてたのだ。
キッシュもプリンもとても美味しかった。どちらも庶民的な料理ながら、手の込みようか素材の差か、シエルが普段口にするものとは一味も二味も違った。具体的に何がどう違うのか、料理は一応作れなくはないレベルのシエルには不明である。
材料自体は珍しいものを使ってる気配は無いのに。これがお城の料理人か……!
尚、ディランも一緒に食事を取りました。
最初は給仕に徹しようとしてたけど、平民なシエルは逆に居心地悪いからと対面に座らせた。
ディランもお腹空いてる筈だし、バラバラに食べるのも効率が悪かろう。
「ご馳走様でした」
大満足で一息付き、お茶を味わうシエル。このお茶もやたら美味しくて、砂糖もミルクも要らねぇな、と思うレベル。
後になって、この饗しがこの後の交渉を有利にする為の策だったと気付いたが、この時のシエルは何も気付かず、ただ美味しい食事に機嫌を良くしてしまった。我ながらチョロい。
さて。
「それで、話を聞かせて貰える?」
カチャリとティーカップを置き、シエルは本題に入る。
「そのように下手に出ずとも、お命じくださればよいのに」
「何があったか話せって? 柄じゃないよ」
直球で無遠慮な物言いはするけど、それと上から目線は別なのです。
「何から話しましょう」
「んー、まずは、何でエリクとライフェルトが王子様と一緒に居たのか、からかな? エリクは平民だし、一応恋敵? の筈でしょ?」
「……では、ミハイル殿下の現状から話さねばなりません。長くなりますよ」
「いいよ。どうせしばらく動けないし」
「では。――事の発端は、やはりプリムラ様でしょう……………」
前置きの通り、ディランの話はめっっっちゃ長かった。
まあ、政治情勢が背景にあってそこ抜きには語れず、シエルが政治方面さっぱりだった所為も多分にあるけども。
クッソ長かった話を雑に纏めるとこんな感じ。
①まず、貴族出身の聖魔法使い誕生の報は王城を浮足立たせた。ここは前に軽く説明したので端折る。
②当のプリムラが王都に着く前から、自然な流れで同い年で婚約者も居ないミハイル王子との縁組が、ほぼ決まってしまった事。
でも当のプリムラがその話を断わってしまった事。
③ミハイルには好きな人が居た。その人は祝福の儀前で正式な婚約にはなってなかったものの、祝福に問題が無ければ娶せられる予定だった。
けれどプリムラの登場により白紙になった。
泣く泣く諦めたのに、その原因であるプリムラにフラれてしまった。
「……王子様可哀想……」
「王族の生まれであれば、政略結婚は義務です。哀れみは不要ですよ」
④フラれたけど、某公爵子息や某帝国の皇子やらがプリムラに言い寄る素振りを見せた為、どちらも国として容認出来ない相手の為、結局ミハイルが対抗馬としてプリムラ争奪戦に参加する嵌めになる。
⑤まだ前の婚約者候補に心が残っていたミハイルは、そもそもエリクを悪く思ってはいない。
むしろ、祝福によって想い人と引き離された仲間として共感を示していた。けれど立場上エリクを庇う事は出来なかった。
けれどエリクが自分からプリムラと距離を置いた為、エリクは敗残者と見做され、近くに置けるようになった。
「ライフェルト殿が強く庇護を求めたのもありますが」
「へー。そう言う話は聞いてないや。エリク、王子様と仲良かったの」
「いえ、エリク殿はなかなか警戒心が抜けず、時間を掛けて信頼を得ようとしてる段階です」
「……………そっか」
⑥更に、ミハイル自身がプリムラ争奪戦に乗り気ではな事もあり、他二人に大きく遅れを取り、ミハイルの派閥にいた貴族子息が全員離れてしまい、特に夏季休暇が明けてからは、ミハイルの側にはここにいる三人しか居なくなっていた。
このあたりでシエルは思った。
ミハイル王子には、もう少し優しくしよう、と。
⑦そんな中開催された今回の穢れ耐性確認行軍。
事前に水面下で行われたプリムラ争奪戦の結果、プリムラは公爵子息派閥の班に入った。しかし前日になってプリムラがミハイルとエリクを誘い、少々揉めて定員(六人一組)+二名で瘴魔の森に入る事に。
「ツッコミ所が多い……!」
「ちなみにライフェルト殿は騎士科二年の仕事として森の中で警備にあたっていた所をプリムラ様に捕まり、私はミハイル殿下の護衛として随行しておりました」
「だいぶ読めて来たけど続きどうぞ……」
⑧大人数で瘴魔の森に入った一行。途中ちょっとしたトラブルがありつつも、基本は順調に進み、指定された地点へ着いた。
そして折り返そうとした所で待ったが掛かる。公爵子息の取り巻きの一人が「プリムラ様ならもっと奥へ行けるだろう」と言い出す。
賛否両論上がったが、肝心のプリムラが乗り気になってしまい、より奥へ進む事に。
「バカなの? と言うか、その試験で奥に進む意味ある?」
「ありませんね。ただ、その貴族はより奥へ行き、強力な魔物の一体も仕留めれば箔が付く、と主張していました」
「エリク達は…………見捨てられる性格じゃないか……」
そしてそんなマイウェイな連中を止められる性格でもない、と。
チッ、最初から居れば適当な魔物けしかけて追い返してやったものを。
⑨奥に進んで程なく、突然空気が変わり、森が騒がしくなる。そしてやはり突然湧き出した魔物や穢れ物。
慌てて帰還しようとするも、あっと言う間に囲まれてしまう。
「そこから先は、混乱もあり整然と説明するのは難しいのですが……とにかくプリムラ様を無事に逃さなくては、と言う空気になりました」
「待って、魔物や穢れ物相手なら聖魔法使いの独壇場でしょう? プリムラ、様は戦わなかったの?」
「戦おうとはなさっていました。けれど魔物の圧に怯んでしまわれ、恐慌状態になってしまい……」
あー、とシエルは天を仰いだ。居るよね、普段は仕事出来て威張ってる癖に、いざとなると動けなくなる人。
「ミハイル殿下とエリク殿が殿を守り、少しずつ後退していたのですが、誰かが魔物寄せの香を殿下に投げ付け、数秒程、魔物達が殿下に集中し、プリムラ様達が自由になりました。そして、我々以外が逃げ果せたのです」
そこから先は説明不要だろう。
エリクもライフェルトもミハイルを守り、シエルが駆け付けるまでの間、踏み止まっていたのだ。
猪の魔物が来たのは、プリムラ達の姿が無くなって直ぐの事だったとか。
よく、耐えてくれたよ、本当に……。




