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61 一方その頃 〜アグノス視点〜

 ゴウゴウと風が唸る。その風に押されて雨粒が横から叩きつけてくる。灰色の分厚い雲が天を覆い、まだ午前中だと言うのに薄暗い。水煙に視界はすこぶる悪かった。


 それでも森の中から魔物の群れが雲霞の如く溢れ出てくるのは、はっきりと分かった。

 地球で言うゴブリンやオークのような二足歩行型、四足の獣型、虫型に植物型。自然にある生き物を醜悪にデフォルメしたようなそれら、視界に入るだけで吐き気を催した。

 そんなモノが薄暗い中押し寄せ、時折稲光によって一瞬浮き上がる様はまるでホラー映画だ。


 幸いなのは種族も動きもバラバラで、統率されていない事か。

 状況を確かめ、アグノスは深呼吸し、足を踏み締める。

 雨粒が体に叩きつけられる。クソ寒い。不快だ。けれどこの天候は、アグノスにとってはむしろ有利になる。


「『雨よ、天の便りよ、凍れ、凍れ、雪となりて彼の者の行く手を阻め』」


 唱える。同時にアグノスの足元から青白い光が放たれ、魔法陣を形成する。

 すると雨は――王都と森の間に降る雨だけが白い雪に変化し、風に逆らって魔物達を襲った。


 【雪氷魔法】 守護神【眠りと雪の神】


 【聖魔法】以外の、アグノスの祝福(ギフト)だ。

 環境系魔法祝福(ギフト)に分類される。水や氷ではなく、あくまで雪である事が重要なようで、水自体は操れず、氷も単体では対象にならない。用途が限定される、不便な祝福(ギフト)


 変わりに環境が揃った時の威力は凄まじい。温度と雲。二つの条件が揃えば、アグノスの魔法の効果は国全体に及ぶ程だ。

 今は秋とはいえまだ気温が高い。その分効果は落ちるが、この豪雨のお陰で大分気温は下がった。何より雲を呼ぶ手間が省けたのが大きい。

 落ちてくる雨粒を雪に変えるだけなら、長く戦える。


 アグノスの聖属性魔力を含んだ雪に纏わり付かれ、魔物達の動きが鈍り、程なく進行が止まった。


「今だ! アグノス様が足止めしてくださってる間に――」


 そう声を張り上げるのは王国騎士団。

 学園の行事の為に元から居た部隊だ。神殿騎士団はも動いているが、集団である為に報告から到着までどうしても時間が掛かる。


 アグノスは自身と側付きの三人だけという身軽さから先行したのだ。

 急いで良かったと、アグノスはしみじみと思う。自分の魔法は時間稼ぎに向いている。このままこちらの戦力が整うまで待てばいい。

 問題は――。


「――プリムラ様を救出する!!」


 叫び、騎士の一団が魔物が固まってるあるエリアに突撃していく。その中心に居るプリムラを連れ出す為に。


 あの子、ほんっと余計な事ばかりするんだから!!


 アグノスが到着したのは、魔物の群れが森から出て来る直前だった。

 そしてプリムラが学生騎士だけを連れて森に突撃した直後でもあった。

 彼等は当然のように返り討ちに遭い、這々の体で、魔物を引き連れながら、退却しようとしたのだ。


 ほんと勘弁して欲しい。ただでさえ厄介な魔物が大群で押し寄せて来ているのだ。人間サイドとしては組織力で戦うのが定石。きっちり統率されて初めて対抗勢力たり得るのだ。足並みを乱すんじゃない、バカが。


 アグノスは清廉な聖魔法使いの顔を維持しつつ内心ブチ切れていた。

 今すぐプリムラの胸ぐらを掴んで張り倒してやりたいのをぐっと堪え、魔法を維持して救助隊をサポートする。


 見守っていればプリムラは無事救助され、急拵えの天幕に運ばれて行った。そこで大人しく休んでろ。邪魔しかしないなら何もするな。


 そうしてアグノス一人で戦線を押し留める事しばし、ようやく待ち望んだ応援がやって来た。


「行け! これ以上魔物を近付けるな!」


 オオオオオオォォォォォ!!


 閧の声と共に神殿騎士団が森へと突撃する。

 纏った軍勢により、戦況は一気に好転した。それこそ、アグノスが離れても問題無いくらいに。


「アグノス! 待たせた!」

「カイヤ!」


 騎士団を引き連れ、馬に乗って現れたのは凛とした一人の青年。

 雨に濡れながらも凛然としたその人は、ひらりと馬から降りるとアグノスに掛けよる。


「すっかりずぶ濡れだな。しばらくは神殿騎士に任せて少し休め」

「ええ、頼んだわ」


 雨に打たれながら、気遣いを、信頼を示し合う二人の姿は一服の絵のようだ。

 現れた『青年』の名はカイヤ。アルセルス王都に所属する聖魔法使いの一人であり、実質的な聖魔法使いの代表である。


 ――この人の事を、シエルはこう表現した。

 茶髪のオ◯カル様と。

 『青年』と表記したが、カイヤは女性である。高い身長、広い肩幅、女性的とは言い難い精悍さ漂う顔立ち。

 今は騎士服を身に纏い男装しているが、スカートを履いていても男に間違われる事のある女性だ。そんなカイヤに身内や友人は憐れみの視線を送っていたが、当のカイヤはそんな己の容姿に内心ガッツポーズをしていた。


 何せカイヤの前世での夢は、某歌劇団の男役だったので。

 カイヤもまた、前世で日本人として生きた記憶を持つ転生者組なのだ。


 カイヤは乙女が夢見る理想的な王子様の振る舞いを意識しつつ、アグノスを天幕にエスコートした。

 アグノス用の天幕に入ると、アグノス付きの神官達が待ち構えていた。アグノスは直ぐ様衝立の向こうに連れて行かれ、数人掛かりで濡れた服を剥ぎ取られ、タオルで拭かれる。


 その間も、カイヤはまだ用があるようで、天幕の出入り口付近に立って話掛ける。


「君のお陰でしっかり準備出来たし、陣形も整えられた。助かった」

「それが私の役目だもの」


 改めて感謝を示すカイヤに、アグノスは誇りを持って応じる。

 頼もしい言葉に、カイヤは笑みを深める。けれど直ぐに表情を引き締めた。


「頼ってばかりですまないが、この防衛戦、アグノスが要になる。いつまで続くか分からないんだ、くれぐれも、体調管理には気を付けて」


 カイヤの戦い方は、あくまで集団戦。人が主体になったもの。こちらも数の暴力と言う強みはあるものの、今日のような悪天候の中では消耗が激しい。

 カイヤの祝福(ギフト)によるバフデバフはあくまで穢れに作用するもので、雨による足場の悪化や寒さには無力なのだ。


 アグノスを主軸に、自分はサポート。

 それがカイヤの描いている構成だ。プリムラは不確定要素すぎるので考慮しない。


 タオルでしっかり乾かされたアグノスは部屋着に近いゆったりとした服を着せられた。

 それだけでかなり暖かく、自分がどれだけ冷えていたかを実感した。


「分かってる、無理はしないわ。……でも今回の魔物暴走(スタンピード)、そう長引きはしないと思うの。どうもシエル君が、既に森に入ったみたいなのよね」

「シエルが?」


 衝立を出る。すると大きめの桶が用意されていた。中には湯気の立つ湯と、その横に椅子。

 どうやら足湯らしい。アグノスは有り難く椅子に座り、足を湯に浸けた。

 心地よさに、ほぅ、と吐息が漏れる。


 カイヤもまた、シエルの事は知っている。転生者仲間として。

 アグノスは魔物暴走(スタンピード)の報を受けた時、真っ先にシエルに連絡を取ろうとした。

 シエルは語ろうとしないが、シエルが聖魔法使いとしてアグノスなど足元にも及ばない使い手なのは察しる。この事態に、助力を乞わない選択肢は無い。


 そして判明したのが、冒険者ギルドを飛び出し、それっきり姿が見えないと言う事実。そして今日は学園の行事の日で、確実にエリクが森に居る。


 その上、到着した時の報告でも、ミハイル王子が森に取り残されているとか。そして共に残った学生が十中八九エリク、更にライフェルトも一緒らしいとか。

 そこまで分かればシエルの行き先など簡単に想像がつく。


 あの子、絶対森に居るじゃん。そんでエリク君達はとっくに救出されてるでしょ。ミハイル王子もついでに助けてくれると思う。あの子、ドライな所もあるけど弱い者には基本的に優しいし。


 そんな確信もあり、実の所アグノスには余裕があった。


「先に動いていたか……。しかし一人だろう? 大丈夫なのか? 嵐の対策はして行ったのか?」


 カイヤはシエルとは顔見知りであるものの、そこまで交流は無い。その分、シエルの特異性を察していないのだ。


 スッと横から温かいスープが差し出された。ジャガイモのポタージュ。アグノスの好物だ。温かいうちにいただく。

 ……外から内からと温められて、ようやく人心地が着く。

 至れり尽くせりの対応。それはアグノスが期待されているから。魔物暴走(スタンピード)に、穢れに立ち向かう対価の一つ。

 ちやほやされて、調子に乗る前に身が引き締まる。


 この待遇に値するだけの結果を、求められているのだと。


「大丈夫、シエル君の能力は私より上よ。嵐だって……」


 どうとでも出来るだろう。

 そう言いかけて、アグノスはハッと気が付いた。

 森の中。取り残さされたイケメン達。駆け付けるシエル。魔物には強いが、小さなシエルがずぶ濡れで戦う姿は庇護欲を唆る。きっとシエルも寒さに震える事だろう。温めなくては。そうシエルを抱き締めるイケメン。誰が良いだろう? 順当にエリク君? それともライフェルト君? ミハイル殿下も悪くないわね。場所は木の下? 洞窟? 洞窟が良いわね、それで濡れた服を脱いで肌と肌の温もりを……!


「ふ、うふふふふ……」

「ア、アグノス? ……ああ、いつものか」


 突然妄想モードに入ったアグノスにカイヤは引いた。でも慣れていたのでスルーした。

 話の途中だが、こうなったらしばらく止まらないだろう。カイヤは神官に声を掛けて天幕を後にした。




「ふふっ、今頃シエル君はエリク君と……いえもう全員で良いわね、シエル総受けで……んふふふ……シエル君、こっちは気にしないで私がなんとかするからシエル君はエリク君達と仲良くしててね……んふふふふふふ」


 シエルなら雨くらいどうにか出来るし、そもそも遺跡あるし、と言う理性を蹴り飛ばし、アグノスは妄想を羽ばたかせた。

 良いのだ、BLはファンタジー。現実に則してる必要など無いのだから。


 アグノスは滾った。やる気に満ち溢れた。

 心身共に絶好調となったアグノスはこの後無双し、膠着するかと思われた魔物暴走(スタンピード)も夜を前に収束した。


「私、来た意味あった……?」


 アグノスに蹂躙される魔物の群れに、カイヤはポツリと溢すのだった。

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