59 三人目。と一応四人目。
「え……?」
シエルの問い掛けに、ディランは警戒と緊張の混ざった表情をポカンと弛めた。
え、何その反応。
「なぜ、私をディランと?」
「は?」
なんでも何も本人じゃん。
言いかけて、ふと違和感を感じた。違和感に促されて『ディラン』をよく見ると――意識して視認すると……。
そこに居たのは、頭に“絶世の”が付く美形の男性だった。
ゆるく波打つ黒髪、月のような金色の目と共通点はあるが、こう言うのを白皙の美貌と言うのだろうか。不思議なほど白い肌に異様なほど整えられた顔のパーツが並んでいる。
端的に表現するなら、『萩尾◯都作品に出て来そうなお耽美感漂う美形』だ。
イケメンではなく美形。ここポイント。背は高いし体格もしっかりしている。顔の系統も女顔ではないし中性的ですらない。
なのに性別と言う概念が裸足で逃げ出しそうな勢いで美しいのだ、この男は。
何を言ってるか分からないと思うが、俺も分からない。マジで。
長々と目の前の男の造形を語ってしまったが、要するにこの男は、孤児院職員のもっさりしてて気弱なのかしっかりしてるのかよく分からないディランとは似ても似つかないのだ。
「ディランじゃ、ない……?」
「いえ、ディランですよ。孤児院の新しい職員として、貴方に会ったディランで合っています」
「???」
言って、倒れている者の傍らで膝を着いていたディランは立ち上がり、片手を胸に当てて礼を取る。
「改めまして、私はディラン・エアレフト。エアレフト伯爵の養子であり、第四王子であるミハイル殿下の側付きをしております」
シエルは、ほけ……、とディランを見上げる。
伯爵の養子だとか王子だとか色々気にすべき点が多々あるのだけど……。
こう、なんて言えば良いのかな? 戦いの痕跡としてディランも血と泥に塗れている。要するに汚れている、のに……その血と泥に塗れながら凛と佇むディランは……めっちゃエロい。
雨で髪の毛が頬に張り付いてるのとか首筋を血混じりの水滴が伝うのが意味不明に色っぽい。色気だだ漏れ。
正直、話がいまいち入って来ない。
「え、えっと? おうじ…………王子!?」
入って来ないながら、辛うじて引っ掛かった単語を復唱し、ようやく意味が入って来る。
ってまさか!
シエルは、バッ、とこの中で一人見覚えのない、ディランの後ろで気絶してる人物へと目を向けた。
それを受けて、ディランが頷く。
「ええ、この御方はミハイル・ヒモリ・アルセルス。この国の第四王子殿下です」
――こうしてる間にもエリクは戦ってるのよ!? ライフェルトもディランも、ミハイル様も!! 私が行かなくて誰が行くの!?――
さっき聞いたプリムラの台詞が脳裏に蘇る。
全っ然気付かなかった。そういやこの国の王子、そんな名前だっけ。なんで王子なんかがこんな危険な所に居るんだよ、いや、王子って定番のヒーローポジションだわむしろ居て当たり前だったわ。
…………。
「ええええええぇぇぇ……」
大事確定じゃん……きっちり取り調べられて色々追求されるヤツじゃん……。
てか、ディランがずっと庇ってるから人質になるかな? こいつの命盾にして口止めするかな? とか考えてたけど……。
こいつ死んだら、エリクとライフェルト、ただじゃ済まなくね? 命が無事でも、社会的に終わるヤツじゃね?
……助ける以外に選択肢無くね!?
いや、王子自身は助けても問題無いのだ。問題はシエルのチートをしっかり目撃したディランで……だから、ええと……(混乱)
胡乱な眼差しで王子とディランを交互に見ていると、何を思ったか、ディランは跪き、シエルを見上げ、言った。
「シエル様」
「うん?」
「お願いします、ミハイル殿下をお助けください」
そう、頭を垂れるディラン。
おう、うなじが……じゃなくて。
「なんでそんな低姿勢なの? その人王子様なんでしょ? 『助けろ』って命令しないの?」
「私は職員としてほんの短い期間でしたが貴方を観察させていただきました。貴方は権力にも富にも関心を示されない方。王家に対しても、威光も畏れも感じておられない。そうでしょう?」
「……まぁ、ね」
前世だったら、それなりにお金にも立場にも執着あったけどね。いっぺん死んで、物も人間関係も何も無い死後の世界を経験たら、ねぇ、あんなものの為に振り回されてた自分が馬鹿らしくなっちゃったからねぇ……。
現実問題として、お金も社会的立場の重要性も理解はしてるんだけど……もう『だから何?』としか思えないんだよね。
王家に関しても、こう言っちゃ悪いけど、幾つもあるうちの一つでしかない国のトップってだけじゃ、畏れも何もありはしない。
あ、敬いはするよ。何百万何千万って人の集合体の制御なんて、恐ろしく大変な事に従事するなんて、俺絶対無理。逃げ出す自信しかない。
そんなクソ面倒な事を粛々と熟してるなんて、素直に尊敬するわ。
「そして貴方は、騎士団が総出で掛かりようやく倒せるような魔物を吹き飛ばし、魔物も穢れ物も完璧に防ぐ結界を張り、瀕死の二人を瞬く間に癒やした。それもそれら全てを同時に行える程の実力者です」
うん、全部バッチリ見てましたね。
て言うか、それ全部受け入れてるの? 何か魔道具でも使ってるとか疑わないの?
……今言われた事、一つでも可能にするような魔道具、そもそも無いですね。
「この場に居る者全ての生殺与奪権を、貴方は持っている。そのような方に上からものを言うなど出来ません。私はただ、慈悲を乞うのみです」
「……随分と潔いね」
「ミハイル殿下を助けてくださるなら、私を如何様にもなさって結構です。本来ならば国としてお望みのものを差し出すべきでしょうが、私はその権限を持ちませんので、代わりにこの身を差し出します」
「そんな御大層なもんサラッと差し出すな!」
いやホント止めて欲しい。
傷だらけで血塗れな超絶美形が跪きながら自分を差し出すとか変なジャンルなっちゃうから!
駄目だ、割とシリアスなシーンの筈なのに、ディランが人前に出したら速攻で変態に誘拐されそうなビジュアルのせいで思考が横道に逸れまくる!
仕方ない、そっちを先に片付けよう。
シエルは無言でディランとミハイルの傷を癒し、同時に汚れを落とした。
――そして現れたのは、服のあちこちに切れ目があって奇妙なチラリズムを演出してるディラン。
だめだ……エロの方向性がズレただけで何も解決してねぇ……。
一方、ディランは突然の苦痛と不快感の消失に目を見開き、己とミハイルの変化(肋骨含め全部治した)を認め、再び頭を垂れた。
「感謝します、シエル様」
「言っとくけど、条件はこれから交渉だから。さっきの条件呑んだ訳じゃないから!」
「……承知しました」
何か微妙に残念そうな顔……? いや気の所為だろう。俺の人心察知能力なんて底辺彷徨ってるんだから。気のせいだ、うん。
次行こ次。えーと、安全確保オーケー、全員の治療もオーケー、急を要する事は終わったから……。
「えーと、色々話を聞きたい所だけど、その前に」
「はい」
「そこに転がってる鎧なんだけど」
それ、とシエルはミハイルの横にある凹んだ金属鎧を指した。
ディランは後ろにあるそれを振り返り、首を傾げた。
「あれはミハイル殿下の装備です。先程の魔物に胸を蹴られ、鎧がヘコんで胸部を圧迫していたので外しました」
概ね予想通りだった。折れた肋骨が肺に刺さって穴開けてたから相当苦しかったろうな。可哀想に。
「それでその、鎧なんだけど、用意したの誰?」
シエルの質問に、ディランが表情を険しくした。
「――シエル様、どうぞはっきり仰ってください。この鎧に、何が?」
どうやらシエルの態度と物言いに、ただならぬ事と察したらしい。
うーん、まだディランを信用するには早い気がするけど……いいや、どうせ自分に調査能力とか無いし。
「その鎧、魔物寄せの呪いが付いてるよ。それと魔物を興奮させる作用も」
「――!!」




