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58 異常

 だいたいの方角を確認して、再び地上二メートル地点を飛んで行く。

 森の縁では、冒険者と騎士の混成部隊が魔物の群れを押し留めていた。


 ゲーム好きならゴブリンだ、オークだと言いそうな、人間を醜悪にデフォルメしたような魔物や虫や動物をやはり醜悪にアレンジしたような魔物達。


 そしてその中に混ざる、穢れ物。

 穢れ物とは、平たく言ってしまえばアンデッドモンスターだ。

 骨だけになったスケルトンタイプから、形を保っているが腐敗が進んだゾンビタイプ。グールやミイラっぽいものと多様だが、そのほとんどは防具や武器を纏っている。

 ここに居る穢れ物のほとんどは、森で命を落とした冒険者や騎士のなれの果てなのだ。


 森で死んだ者は出来る限り遺体を回収するが、状況的にそれが叶わない事は珍しくない。それゆえ森には一定量、こうした者達が彷徨っている。

 冒険者ギルドで森に入る者をきっちり管理する最大の要因がこれだ。


 ちなみにだが、大半は死後、遺体が正しく処置されなかった結果として穢れもの化するが、偶に生きながら穢れに囚われ穢れ物化する事もあり、それを“穢れ堕ち”と呼ぶ。


 そんなモノが群れを成して襲って来るのだ。不十分な態勢で、よく戦っている。今はまだ、浅い層の魔物しか居ないというのもあるだろうが。

 まぁ、森の奥の魔物が到着する頃には、人類側も迎撃態勢を整えているだろう。


 モンスターの群れに一瞥だけくれて、シエルは真っ直ぐ奥へと飛ぶ。




 魔物や穢れ物の群れの上を飛び続けてどれくらい経っただろうか、シエルの耳に戦闘の音が届いた。

 森の雰囲気の変化からして、そこは浅層と中層の境い目辺り。


 浅層とは階級の低い冒険者が進む事を許されている範囲で、今回の行事で学生が入る事を許されている範囲でもある。

 そのギリギリの場所で戦ってるのも不審だし、同じ場所から感じる魔物の魔力の反応は、本来もっと深層に居る魔物のもの。……と言うか、魔物暴走(スタンピード)が起きたとしても暴れたりはしない魔物のもので。

 ……やはり、不自然だ。


 疑念は後。

 ともかくまずは、この戦闘にエリクとライフェルトが居るのか確認しよう。

 そう考えてスピードを落とし、木々の影から戦闘の様子を覗いたシエルは――硬直した。


 そこには、血塗れでいつ死んでもおかしくない様子のエリクとライフェルトがいた。


 確認出来た人間は四人。

 エリクは軽トラックほどの大きさの、猪をベースにした魔物と相対している。猪の攻撃は大振りでエリクは身軽に交わして反撃しているが、完全には避け切れていないようで、全身を切り刻まれ、溢れる血が全身を赤く染め、あちこちに青痣が出来ている。


 ライフェルトはもっと酷い。

 三体の穢れ物に取り憑かれ、肉を囓られている。要所は防具があり守られているが、ライフェルトはどちらかと言うと軽装備で腕や足の一部が服と一緒に毟られている。

 抵抗しようと藻掻いているが、最早限界なのか、動きは緩慢でほとんどされるがままだ。


 それを認めて、シエルの中で、何かがぶちっと切れた。


「止めろ!!」


 吠える。

 同時に、衝動のままに魔力を爆発させるような勢いで放出した。

 その魔力の奔流だけで、ライフェルトに取り付いていた穢れ物を含め、一帯の穢れ物が消し飛ぶ。

 魔物は消し飛びこそしなかったものの、強烈な台風に吹っ飛ばされた車のようにひっくり返る。囲んでいた魔物も吹っ飛び、エリク達の周囲に空間が出来た。


 そこにシエルは飛び込む。

 直ぐ横に知らない人間がいるとか、力を隠さないととか、どうでもいい。

 後先なんか知るものか。今はとにかく、二人を助ける。後で厄介事になろうが知らん。未来の事は未来の自分に丸投げだ。


 駆け付けると同時に、エリクとライフェルトが倒れ掛かったので風でクッションを作り、同時に蔓をにょきにょき生やして即席のベッドを作り横たえる。結界も張って雨風も遮る。

 意識は無い。……が、これはどうやらシエルの魔力放出の所為のようだ。二人……正確には四人は庇ったつもりだが、余波だけで限界だった二人には厳しかったようだ。ごめん。マジでごめん。


 でも、生きているならどうとでもなる。

 シエルは自重を蹴り飛ばして全力で二人を治療した。こういう時の為のチートだ。遠慮なく使った。

 二人の傷を消毒し、傷を塞ぎ、血を補充する。傷から細菌や毒が入り込んでないか念入りにチェックし、二人の表情が穏やかになり、寝息に変わったを確認してようやく安心する。


 魔法で血や泥を落として清潔にし、一応残り二人も死なない程度に回復させて。

 さて。


「マオ? どうしたの? 何があったの?」


 と、()()()()()話し掛けた。


『ブオオォフ…ニンゲン、コロス……』


 猪の魔物、マオは既に身を起こし、しきりに地面を掻きながら首を振っている。

 エリク達が緊急で後回しにしてしまったが、マオも様子が可怪しい。他の魔物の皆も。


 吹っ飛ばされた場所からこちらへ飛び出そうとし、直後に急ブレーキして離れ、けれどまた人間を注視して襲おうとしてまた離れて。

 まるで、ここにいる人間に飛び掛かろうとし、直前で思い直して、また襲おうとしてを繰り返してるような。


「マオ? 皆もどうしたの?」

『ニンゲン、ニクイ、シネ、シネ、シネ、シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシ……』

「………マオ」


 ()()の異常にどうしたものかと立ち尽くしていると。


 ドオオォンッ!!


 ……それこそ、トラック同士が衝突事故を起こしたかのような重い轟音。

 それと共に視界が白で埋められた。その白は高速で左から右に流れている。

 新幹線が通過する所を想像してくれればいい。あんな感じで白く巨大で長いものが、猪の魔物がいた場所を通過し、フッと消えた。


「……シズ姐さん?」


 よく分からないが、マオはシズ姐さんが対応してくれる、と言う事だろうか。

 ふと周りを見れば、周りを囲んでいた魔物達も綺麗に消えている。探って見れば、多数の魔物の気配が遠ざかっていた。

 ……うん、任せよう。

 自分はこれから、めっちゃ面倒臭くて厄介な事案と戦わなければならないのだから。


 この場に居る人間は四人。

 うち二人はエリクとライフェルト。これは良い。

 一人は地面に転がって血を吐いている。これも良い。シエルが来る前から気を失っており、何も見聞きしていないから。

 ……よく見たら近くにベッコリと凹んだ金属鎧、おそらく胴体部分が転がっている。マオの突進でも食らったか。彼は内蔵が潰れていて、取り敢えず命に関わる部分は治したが、肋骨がベキベキに折れていてそれはそのままだ。

 ……気絶してて良かったね。


 問題は最後の四人目。

 肋骨ベキベキの少年の横に膝を着き、神術を使い命を留めていた()。唯一意識を明瞭に保っておりここまでをバッチリ目撃して、今も青い顔をしながらシエルの様子を伺っている人物。


「えーと、色々話したい事があるけど……つか、なんで居るの? ディラン」


 そこに居たのは、シエルのよく知る孤児院の新人職員である、ディランだった。

・神術

 祝福ではない。

 神殿で修行し、身に付ける技術。回復や解呪などが行える。詳しくはそのうち語る。多分。

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