52 圧倒的悪役不足
美しく整えられた庭園に、少しだけ涼しさを感じさせる風が吹いた。まだまだ暑いが、風が秋の気配を仄めかせている。
庭師もそれを感知したのか、植え込みの目立つ場所には既に秋に花をつける植物が植えられていた。
そんな、盛りの花より緑の多彩な庭の広場になっている場所で。
「『コロス……ニンゲン、コロス……』」
青灰色の髪の小柄な少年が、両手に熊手を構え、極端に背中を丸めた妙な姿勢で、無表情を作り妙なイントネーションで殺意を呟く。
相対するは、紅茶色の髪の少女と見紛うようや美少年。
こちらは姿勢良く、けれど怯んでいるのがありありと分かる、逃げ腰な様子。
「お、『おのれ魔物め! ここは通さないぞ!』」
言って掲げるは園芸用シャベル。熊手と共に庭師さんが貸してくれました。協力感謝。
紅茶色の少年は、台詞こそ勇ましいものの、そこには威勢も覚悟もなく、ひたすら頼りない。
「カット。一旦止め」
たまらずシエルは手を挙げて練習を中断した。
「エリク、なんでそんなビビってんの? 相手俺だよ?」
「いや怖いよ!? 無表情で『コロス』って言ってるシエルめちゃくちゃ怖いからね!? あとやっぱり偽物でもシエルに武器向けるのなんかヤダ!」
「エリク……」
熊手を両手にシエルはガックリと項垂れた。
怖い訳ないだろう、こんなちっこい子供がイキった所で生暖かい視線を送られるのがせいぜいだ。
あれかな、森での一件がトラウマになったか。
そこへ。
「うむ。確かに、シエルくんだと思っていても、今のはゾッとした」
見ていたフェルディナンドが重々しく頷き。
「迫力あったよね! それに、園芸道具を魔物の爪に見立てたのも面白いよ! 確かにアレは獣の手に似てる」
フレデリクも頬を紅潮させ、活き活きとした顔で賞賛する。
「でしょう? シエルは多才ですよね!」
そして、何故か得意気なライフェルト。
はい、ちょっと揉め事を起こして庭に避難中のシエルさんは今、他所様の家でお芝居の稽古をしています。
「うーん、エリクは活劇映えると思ったんだけどなぁ……。いやその前に敵――悪役が先か」
「どういう事?」
ボソッと呟くシエルに反応したのはフレデリクさん。
なんでも観劇が趣味らしくて、それでライフェルトが「自分達もお芝居してるんだよー」って感じに話振ったんだよね。
そこから自然に『じゃあ何かやってみようか』という流れになり今に至る。
それはともかく、お芝居が好きなのは本当らしく、今のフレデリクさんに不憫系の面影は無い。歳相応の活き活きとした表情を見せている。
「フレデリク様、よく見てくださいこの面子を」
「うん?」
「いち、ひたすら上品で穏やかなフェル。に、戦えるのに乱暴なのは嫌いなエリク。さん、子供感溢れるちっこい俺。――悪役やらせて迫力出る奴が居ないッス」
「あー……」
これが最近の悩み。物語にはやっぱり魅力的な悪役が欲しい。けれどシエル達は揃って悪役に向いていないのだ。
「そうか? さっきのシエルくんは結構怖かったぞ」
「そうですよね! ほらシエル、やっぱりシエル怖いって!」
異を唱えるフェルディナンドさんに、それに食いつくエリク。すっかり打ち解けたね。最初あんなに怖がってたのに。
さて、練習と言うかお披露目と言うかな何かが一段落着いたところで。
「ところで、ちょっと前から来てたご当主夫妻達放ったらかしだけど良いの?」
「あら構わないわよ。楽しく見学させて貰ったわ」
と、シエルの呼び掛けだか疑問だかに応えるシラー夫人。
シエル達が芝居もどきを始めた時、一人のメイドさんがダッシュで屋敷に入ってったから呼びに行ったんだろうなー、とは思ってた。
それから夫妻組が来るまで結構長かったから、話し合いが終わってから来たのだろう。
で、ついさっき、シエルが魔物役を始めてすぐにやって来た、ってところ。
――ああ、そうだ。
シエルは熊手を置いて、とことことグライデル伯爵の前に行った。
「伯爵、先程はすみませんでした。せっかくのおもてなしを台無しにしてしまって、申し訳ありません」
ぺこり、とシエルは頭を下げた。
やった事自体は謝る気は無いけど、気遣いを無碍にする形になってしまった事は謝ります。
「シエルくん……。良いんだよ、あれは娘が悪いんだ。それに、結果的に問題が一つ片付いたからね、むしろ感謝してるよ」
「片付いたんですか?」
あれで?
疑問符を浮かべるシエルに、シラー夫人が真剣な顔で後を継いだ。
「その事で、シエルくんにお願いがあるの。あなた達もよく聞きなさい」
途端、空気がピリッと張り詰める。
ほんの一言、目線、あるいは仕草。何にせよ、この空気をコントロールしてしまう技術は見事だと思う。
「シエルくん、私達は、おそらく精神攻撃を受けていたわ」
「!」
突然投げ込まれた豪速球に、シエルは驚く。
精神攻撃……鋏のアレか? ミュリエルだけじゃなく、夫人達も受けてた? んでそれを自覚してたと?
いや待て落ち着け自分。シラー夫人の言う精神攻撃=鋏のアレとはまだ決まってない。
「ミュリエルの言動も、半分はそのせいね」
「半分」
「ええ、半分は」
残り半分は自業自得ってヤツですね分かります。
……やっぱこれ、鋏のアレかな。
「シラー家もグライデル家も何かしらの操作を受けていた節があるの。それが、シエルくん、あなたが近くに居る時は緩和されるみたいなの」
「はあ……」
「ごめんなさいね。急にこんな事言われても困るでしょう。でもね、その件でシエルくんにお願いがあるの」
「――何でしょうか」
声に、警戒の色が含まれたのが、自分でも分かる。
「そんなに警戒しないで。シエルくんが嫌でなければ、これからもライフェルトと仲良くして欲しいって事と、良かったらフェルディナンドやフレデリクとも友達になって欲しいって事なの」
「……友達?」
それくらいなら、精神攻撃云々など言わずに、普通に子供達と仲良くしてくれ、でよかったろうに。
その疑問が伝わったのだろう、シラー夫人は苦笑し、横のグライデル伯爵を示して言う。
「リカルドなんかは、本音など伏せてそれとなく囲い込めばいい、なんて言ってたけどね」
「なっ、オリー!」
「そんな事をしたら、あなたは私達の前から消えるでしょう?」
「……」
シラー夫人は一歩だけ前へ出てしゃがむ。
「あなた相手に腹芸は悪手。そう思うから、率直に言うわ。私の子供達を、守ってください。あなたが良ければ、私達も」
「……それは【直感】の指示?」
「ライフェルトから聞いたのね。そうよ。シエルくんに頼るのが最善。ただし、脅したり利用したりは駄目。ひたすら真摯にお縋りするだけ。そう強く主張するのよ」
お縋りする。
意識しているのかどうか。シラー夫人はシエルが“何”なのかを既に理解しているようだ。
ああ、この人は随分と上手く祝福を使い熟している。
【直感】は、何も無い所から正解を引き出す強力な祝福だが、その反応を拾うのは極端に難しい。【直感】の囁きは、「お腹空いた」とか、「あいつ嫌な目に合えばいいのに」と言った日常的に湧く自身の心の声とほとんど区別がつかないものだから。
それを、こうも使い熟すとは。
凄いな、と言う純粋な賞賛と、やり難いなぁ、と言う気持ちとが入り混じる。
眉間に皺を寄せて沈黙するシエルに、シラー夫人は困った顔をして言い募る。
「本当に、シエルくんの気が向いたらでいいの。断ってもシエルくんに不利になる事は一切しないわ。それに、シラー家とグライデル家を狙った者は分からないけど、これで手を引くならそれで――」
狙う? とシエルはシラー夫人の言葉に内心首を傾げた。
一拍の間を置いて、そりゃ恋愛ゲームの為に使われたなんて思わないよな、と納得する。貴族として狙われたと解釈するのは当然だろう。
――と言う一連の思考は、思いっきり顔に出ていて。
見守っていた貴族達は「あ、こいつこの件についてある程度知ってるな」と察した。
そして素早く目配せし、この場でそれを追及はしないと決まった。数秒にも満たない会議だった。
エリクは貴族達が数秒だけ目を交わしあったのには気付いたが、その意味など分かる筈もなく。
当のシエルは何一つ気付くことは無かった。
こうして情報は漏れていく(笑)




