49 グライデル伯爵の本気
和やかにおしゃべりすることしばし、執事のセルゲイさんからグライデル家到着とのお知らせが来ました。
「お、来たか」
と立ち上がり、「ちょっと待っててね」と言って部屋を出るシラー子爵。
……子爵一人だけが出て行った。
「あの、皆さんで出迎えないんで……?」
「うちとグライデルはそんな畏まった関係じゃないんだ。親父が出迎えりゃ十分さ」
この台詞、フェルディナンドお兄さんの言葉である。実に滑らかな下町言葉である。
ライフェルトは平民になる予定だからいいけど、貴方は家を継ぐ立場ですよね? いいの?
エリクと困惑しつつ待っていると、直ぐに賑やかな話し声が聞こえて来て、扉が開きシラー子爵とグライデル家一同が入って来た。
にこやかに談笑しながら入って来たシラー子爵とグライデル伯爵のお父さん組、その後ろを楚々として続くグライデル夫人、前回会った時と変わらない幸の薄そうなフレデリク、そして最後にミュリエル。
「うっわ……」
そのミュリエルの姿を見たシエルは、思わず声を上げてしまった。
退院してストレスから開放されたのか、顔色の良くなっているミュリエル。貴族令嬢らしく着飾っているが、彼女の身に纏っている装身具はすべて穢れ関連アイテムだ。
ブレスレット、ネックレス、イヤリングに指輪、あと長いスカートで見えないが、足にも何か着けてる。すべてアクセサリーとして見えるよう加工されていて違和感は無いが、全身を穢れ封じと浄化作用のあるもので固めている。
「ねぇシエル、アレって……」
「うん……。奉仕作業、サボってるのかな……」
エリクも気付いたようだ。神殿騎士見習いとしてこの手の装身具は覚えたのかな。
ちなみにシエルは穢れの気配とそれを抑える気配で察知しました。
危険回避用に、その手のものを察知する能力を持たされてるのだ。ON/OFF切り替え可。ONにしたままだと流れ込んで来る情報が多いので普段はOFFにしている。今日は念の為ONにしております。
一応退院出来るレベルまで穢れは薄まったようだが、そこから全く進んでいない様子。
被害者から許しを得られたら、後は清掃やら炊き出しの手伝いやらの奉仕作業頑張れば穢れは消えるのに。
そんなミュリエルはむっつりとしてシエル達の方へは目もくれない。ライフェルトにもだ。
関わって来ないなら、それはそれで楽で良い。
賑やかに入室したグライデル伯爵はシエルに目を向け、ニコニコと近寄って来た。
「ああ、シエルくん。会いたかったよ。先日は失礼をしたね。今日は遠方から珍しい食材を取り寄せたんだ、楽しんでいっておくれ」
「先日の事は気にしてません。でも、食事は有り難くいただきますね」
あの後ミュリエルがどうなったのか若干気になりはするが、藪蛇になりそうなのでお口チャック。
グライデル伯爵に続いて夫人、フレデリク、ミュリエルと順番に挨拶する。ミュリエルもちゃんと挨拶した。嫌々感ガッツリだったけど。ちゃんと挨拶出来て偉いよ。
そして食事の用意が出来るまでの間の歓談タイムに入る。
グライデル家とシラー家は家族ぐるみで仲が良いと聞いていたが、本当のようだ。
当主同士並んで座ってなにやら楽しげにし、夫人同士も同じように並んでおしゃべり。フレデリクはフェルディナンドにべしべし肩を叩かれたりしてる。「痛いよ」と抗議しているが、その顔は嬉しそう。幸の薄い感じが引っ込んでる。
シエルはエリク、ライフェルトと纏められた感じで当主組と夫人組に挟まれ、時々会話を振られた。
エリクがちょっと涙目。
そして放置されるミュリエル。
放置されてるって言うか、自分から和を外れて「不機嫌です」「怒ってます」と主張してる感じ。
そんで誰もご機嫌取りに来なくてイライラしてるっぽい。
夫人組がコソコソと囁く。
「反応しないでね。あの子、自分が優先されて当たり前って思ってるから矯正したいの」
「今まで、あの子が悪くても誰かしら機嫌取りに行ってたものねぇ。聞いてるライフェルト? 手を出さないのよ?」
「はい……」
「シエルくん、ライフェルトが動こうとしたら止めてね」
「ア……はい、分かりました」
うっかり「アイ、マム」って言いそうになった。なんか、そんな雰囲気だったんだ。
そしてミュリエル甘やかしにはライフェルトも噛んでいると。まぁ、ライフェルトの性格からしたら、不和を生じさせる子は逆に放置出来ないか。
そんでミュリエルは勘違いした、って流れ……ではないよねぇ?
なんてやり取りを水面下でしていると、食事の用意が出来たと執事さんが呼びに来た。
良いとは言えない空気を引き摺って食堂に移動する。そこに用意されていたのは、部屋の雰囲気にそぐわない様式のテーブルと椅子。
いやテーブル……?
シエルは食堂の中心にデンと置かれたそれをまじまじと見た。
形だけを見ればテーブルだ。長方形の板状のものに、四本の足が付いて支えている。
問題はその板状のもの。これは。
「畳?」
「おや、知っていたかね」
グライデル伯爵が笑みを含んだ声音で肯定する。
そう、テーブルの天板に据えられているのは畳だった。約二十センチ四方の小さな畳を、模様を作るように配置している。縁は深紅の地に金糸で蝶を描いた派手な柄。
更にその周囲を箱型の椅子が囲んでいる。座る部分はテーブルと同じ柄の縁の畳だ。
「古アーテラス大帝国時代、初代皇帝ヨーコが考案し愛用したとされる畳だ。シエルくんは歴史に造詣が深いと聞いてね、取り寄せて見たんだ」
ヨーコさんは結構日本文化を持ち込んだが、土地に合わなかったのかほとんどは時の流れに消えて行ったと聞く。
アーテラスの首都があった中央では細々と継承されてるらしい、とも聞いてはいたが、まさかこの国で見る日が来ようとは。
驚きと懐かしさに、無言で畳を撫でるシエルに、大人組が満足気に笑む。
「気に入ってくれたかね」
「はい、とても……。この国で畳を見られるとは思いませんでした」
実に感慨深い。
感慨深いと同時に、畳がテーブルに使われてる違和感よ……。さすがに正座文化は遺らなかったんだね……。そんで何があったのかテーブル文化と奇妙な融合を果たしたんだね……。
でもこれはこれで面白いな。
料理が待っているので感慨に耽るのは程々にして席に着く。
と言うか、この椅子、そして遠方から取り寄せたと言う食材。もしや、とシエルはソワソワと料理を待つ。
そんなシエルを微笑まし気に見守る一同。(ミュリエル除く)
すぐに運ばれてきた料理は、シエルの期待を裏切らないものだった。
ワゴンに乗せられて運ばれて来たのは、赤く塗られた木製の四角い箱。大きなそれは一人一つらしく、それぞれの前に置かれる。
全員に行き渡ったところで、一斉に木箱が開けられる。上部が箱型で、下の板一枚が残される形だ。
そして姿を表した、ご飯に味噌汁、なんかの魚の切り身を焼いたヤツ、漬け物らしき野菜の小皿。
微妙な違いはあれど、間違いなく和食だ。
シエルはつい、お茶碗を持ってくんくんした。
おお、ご飯だ。ご飯の匂いだ。
「畳と同じく大帝ヨーコにより齎された料理『ワショク』だ」
シエルが目をキラキラさせて料理を見詰める姿に、グライデル伯爵は満足気にし、料理の説明をする。
「食器もマナーも独特で使いづらいだろうから、本式ではないがナイフとフォークも用意したよ。この料理を食べる専用の食器は『オハシ』と言って、一応用意した。皆、好きに食べてくれ。なに、少々見苦しい事になっても構わん、なにせ、私もこの料理を綺麗に食べる自信は無いからね」
この料理を指示したのと費用を出したからか、グライデル伯爵は客分なのにホスト役を務めるようだ。
そしてシエルは、その言葉に和食を選んだもう一つの意図に思い至った。
ここに居るほとんどのメンバーは、シエルやエリクのマナーが間違っていても気にしない。
しかし、ミュリエルはそうではないし、何ならこちらがミスをしたら鬼の首を取ったかのように意気揚々とそのミスをあげつらいかねない。
そうした事態を予防する意味もあって、誰も正しいマナーを知らない料理を用意したのだ。
その気遣いに、シエルはグライデル伯爵が本心からシエル達をもてなしてくれている事を悟った。
また料理のチョイスも、シエルが喜ぶものは何か、真剣に考えてくれたのだと感じられた。情報源はライフェルトかな。
これが、何かの要求の布石と言う可能性はある。
けれど、こうも相手を思い遣った行動が取れる相手ならそう過度に警戒しなくてもいいかも知れない。
そんな風に思ってしまったあたり、シエルはもうグライデル伯爵の術中に嵌っていそうだ。
でも、それでもいいや。難しい事は後回し。とにかく今は、冷めないうちに久方ぶりの和食を堪能しましょう。




