48 シラー一家
ディランは真剣な目でシエルを見ている。
さて、どうしたものかな。
「……俺が直接関わったのは、ほんの三件くらい。それ以外は、卒業してった先輩から聞いたり、残された手記を読んだり。――確認するのは止めないけど、慎重にね。排斥対象だと思われたら、女性を襲ったとか噂流されて社会的に消されるよ。【闇魔法】持ちって所を利用されたら、犯罪者に仕立て上げられるかも」
「やっぱり、あの話を聞いてたんだね」
「盗み聞きしたのは、ごめん。声をかけようと一人になるの待ってたら、ユリア先生が一向に離れなかったから」
「ああ、それで……」
納得した顔のディランだが、直ぐにまた怪訝な顔になる。
「さっきは助かったよ。……ちょっと聞きたいんだけど、物音がした時のユリア先生の反応が過剰に思えたんだ。理由を知ってる?」
「ああそれ、単にメッラ院長が怖いだけだよ。院長は眠りを邪魔されるとめちゃくちゃ怒るから。寝起き悪くて、普通に起き出した時でもその辺に居た人叩いたりするし」
「…………それは、子供にも?」
「うん。まぁ、皆も叩かれるの嫌で朝は近付かないから、もう何年もそれで叩かれる子は居ないけど」
「…………」
ディランは何かを考えてるのか、黙り込んだ。
シエルは急かさず、ディランの反応をじっと待った。
「……シエルくん、君が直接見聞きした事を具体的に聞かせてくれないか? それと、先輩の話や残された手記というのも、出来れば見せて欲しい」
「それは構わないけど……」
「君はさっき、訴えても無意味だと言ったけど、そう言われたからって何もしない訳にはいかない。とにかく、現状を正しく知りたい」
「……。ん、分かった。なんか、見てた時と様子違うね」
「え?」
「孤児院で働いてる姿見てた時は、気弱で消極的な人に見えたけど」
「それは……」
孤児院の異常に対し、はっきりと疑問を示し行動しようとする態度と、覗き見してた時のおどおどした様子とのギャップが大きい。
ちょっと気になった程度の気持ちで言ったら、ディランは口籠った。
「あ、ごめん、言い難い事だったらいいよ」
「いや、たいした事じゃない。……女性が苦手なんだ」
そういや、ずっとユリアが引っ付いてたっけ。
「……この仕事大丈夫? 続く?」
「そこは頑張るよ。……仕事を選ぶなんて贅沢、僕には許されてないし」
そう、苦笑して言うディラン。他に選択肢無かったんだろうな。
その後はディランの要望に応じ、これまでのアレコレを語った。情報量が多い為、この日だけでは終わらず、後日また会う事になった。つか、話始めたのがそもそも就寝時間過ぎてからだったしな……。
眠い……。若く健康なシエルの身体は強く睡眠を要求して来た。早く寝なきゃ……ふぁ……。
シエルはディランと別れると、真っ直ぐ秘密基地に入ってサッサと眠った。
半分眠りながら歩いていたシエルは、ディランが後を着けていた事に気付かなかった。
約束が昼近くからで良かった。
翌朝思いっきり遅く起きたが、約束には十分間に合う時間だったのでセーフ。食事だけ、昼食までの時間が短くなるので控え目にして秘密基地を出る。
神殿の獣車乗り場でエリク、ライフェルトと落ち合い出発する。
その獣車の中で、ライフェルトから今日の昼食会について改めて説明を受けた。今日は領地から来たシラー子爵とその跡取りとも挨拶するし、退院出来たらしいミュリエルも出席するのだ。
特に、ライフェルトはエリクへの注意を念押しした。
エリクは一応事件の現場に居たので当事者と言えるのだが、神殿側はシエルの護衛としてエリクを扱っている節がある。それを察してか、ライフェルトエリクに伝えているのは客人として振る舞いつつ護衛をする時の注意点のようだ。
いや、シエルに護衛の心構えなど分かりはしないのだけど、シエルと別々に用事があると誘導されても断るように、とかそれ完全に護衛の仕事じゃん?
俺はどこの要人だ? まぁ、エリクは将来そう言う仕事に就くのだから、予行演習としてちょうど良いけど。
あと、食事は前回と同じようにマナーが厳しくないようにしてるから、前と同じようにしてれば大丈夫だと……ん? ひょっとしてあのお泊り会はこの練習に? 考え過ぎかな……。
あとの注意点は、やっぱりミュリエル。何仕出かすか分からんからね、あの子。
「もし、またシエルに手を上げるような事があったら、今度は遠慮は要らない。多少乱暴に扱っても、シラー家で責任とるから、シエルを守るんだよ」
「はい!」
いいのかそれで。つか、あの子やっぱりそんな扱いなんだ……。
そして獣車に揺られる事しばし。
シラー邸に着くと、アニメで見るような使用人さんがずらりと並んでのお出迎えが。
え? 今回こんなイベントあるの? こう言うのを教えてよこう言うのを! ああほらエリク固まっちゃったじゃん……。
固まるエリクを突いてどうにか獣車から降ろし、待ち構えていたシラー夫人にまず挨拶する。
「こんにちは、お邪魔します」
「いらっしゃいシエルくん、エリクくん。今日はちょっと面倒な話もあるけど、気にしないで楽しんでって。それから、紹介するわね。私の夫と上の息子よ」
言って示されたのは、シラー夫人の左右に控えていた男性二人。
まず、ライフェルトがそのまま歳を取ったような中年男性がにこやかに前に出た。
「はじめまして、ライフェルトの父でリーフェルト・シラーだ。オリヴィエとも仲良いんだね? 僕とも仲良くしてくれる?」
そうぽやぽやした雰囲気で手を差し出すシラー子爵。いや、ここは友達のお父さんとして扱うべきかな?
シエルはその手を握り返した。
「シエルです。俺、貴族の流儀とか合わせられないですけど、それでも良ければ」
「あははっ、僕も堅苦しいの苦手で社交とか逃げ回ってるんだ。構わないよ。エリクくん、だからね、本当に固くならなくていいよ。ね、握手しよう」
「え、あ、はい、エリク、です。よろしく……」
「うん、よろしく」
流れるようにエリクにも踏み込むお父さん。うん、このコミュ強振り、ライフェルトのお父さんだ。
ぽやぽやしてどっか子供じみた印象があるけど、それも上手く利用してるっぽい。やはりシラー夫人の選んだ人、と言ったところか。
エリクとも握手するとシラー子爵はスッと引き、入れ替わるように前に出たのはシラー夫人をまんま男にしたような若い男性。
「ライフェルトの兄のフェルディナンド・シラーだ」
フェルディナンドは母親似の厳しい顔で、じっ……、とシエルを見下ろすと両手でシエルの手を取った。
「あの……?」
「話は聞いた。君、よくやってくれた」
「はぁ……」
「君には面倒を掛けるが、お陰で長年の問題に片が付きそうだ。感謝する。シラー家でも謝意は示すが、私個人としても礼をしよう。困った事があればいつでも言ってくれ」
「あ、はい、どうも……」
姿勢の悪さでも指摘するような厳しい顔でめちゃくちゃ感謝された。
うん、この人も顔が怖いだけで中身良い人っぽい。シラー夫人そっくり。
つか、遺伝子見事にバッキリ分かれたな。遺伝子って半分ずつじゃなかったんか?
フェルディナンドは続いてエリクに挨拶し、言ったのがこちら。
「次にミュリエルが手を上げるような事があったら、遠慮無く止めてくれ。私の名前を出して良いからな」
だそうです。それ、ついさっき弟さんに同じ事言われましたよ。
ちなみに三男さんは不在。一応家族総出みたいな形になったしついでに……、と来る予定はあったのだが、勉強をサボって剣を振り回しているのを見つかりお留守番の刑になったそうな。
座学の成績も不安なレベルだとか。エリクと気が合いそうな子だね。
場所を応接室に移し、一旦寛ぐ。グライデル家の到着待ちだ。
その間にエリクは大分肩の力を抜けた。
シラー家は本気で庶民派な家なようで、生まれながらの平民です、といわんばかりの砕けた態度で接してくれた結果だ。
酒場で飛び交うようなスラングにも対応してきたよ。びっくりだ、普段どこに出入りしてるのか。
なお、ライフェルトはシエルの口にしたちょっと下品な言葉に「どこでその言葉を聞いたのかな?」と目が笑ってない笑顔で聞いて来た。あの、こちとら本物の平民なんで。上品じゃない場所にも普通に出入りするんで。




