4 #聖魔法使い とは
シャキン、シャキン、と鋏の音が静かな図書館内に響いている。
誰かが何か作業をしているのだろうか。小さな音を拾いつつ、シエルはエリクの回答を確認する。
「……ねぇ、王立学園に通ってるんだよね? 授業付いて行けてる?」
「全然全く」
だろうよ。シエルは回答用紙を手に嘆息する。
シエルがエリクの学力を把握する為に即興で作った簡易なテスト。その結果は酷いものだった。
問題の神学の他に、ついでにと算数や社会系の問題も加えたのだが、ほとんど答えられていない。おそらくエリクの学力は小学校低学年レベルだ。
聞いてみた所、エリクは初年学舎で最低限教わると、それ以上は通わず家の手伝いと村の自警団で武術訓練の方に力を入れていたそうだ。
訓練の甲斐もあってか、エリクは祝福の儀で【武術の才能】を授かった。
【〇〇の才能】と付くものはそこそこレアで有用。学力に不安はあれど将来性を見込まれて、プリムラと同じ貴族御用達学園『王立アルセルス学園』への入学は叶った。
プリムラの父、ジャイン男爵の推薦もあったそうな。それは大きいだろう。
しかし、これではいくら武術に秀でていても、進級は難しいのではないか。
この辺で説明しておくと、この世界は一年の区切りを春に置いている。正確には春分、太陽が真東から昇る日を一月一日としているのだ。
日本で言う年度の区切りもほぼ同じで、年明けから約十日後(年によって微妙にずれる)、日本だと四月の始めに該当する時期に、こちらでも入学式やら入団やらが行われる。
ちなみに一年は三百六十五日で一日は二十四時間。太陽があって月があって水星金星火星以下略もある。
これは、世界をどう創るか悩んだ『✡世界創造の意志✡』が地球をモデルにこの世界を創った結果である。
他にも幾つかの世界の要素も盛り込んだので、魔法やらなんやらがあるけど。
話を戻そう。プリムラの誕生日(祝福の儀)は夏頃で、その直ぐ後に王都の神殿に入った。
エリクはその約二ヶ月後の秋に誕生日が来て、祝福が確定して王都に行きたいと志願して、と色々やって、王都に来れたのが冬の最中。
祝福の儀は満十五を超えないと行えない。更には複数人を一度に纏めて、という事が出来ない仕組み。
なので有用な祝福を持つ新成人は、見つかり次第その都度受け入れられる。
日本出身者から見ると面倒臭そうだが、ここは神々が実在する世界。祝福等神の力に依って成り立っている所が大きい世界だ。
自然、様々な事柄が神々の都合に合わせるように組まれているのだ。
ともかくそんな訳で、エリクの祝福の儀から入学までの間は半年弱といったところ。一応その間も勉強はしたようだか、エリクの学力は学園のレベルに全く届いていない。
元々勉強は苦手でなかなか進まない。その上騎士としての訓練と神殿に仕える修練もあり、空いた時間全てを注ぎ込んでも独力では限界があった。
危機感を覚えても伝手が無い上に周りから避けられているエリク。
教師役は欲していたので藁をも掴む思いでシエルの提案は受け入れた。
しかし。
「ねぇこういうのってさ、なんで全部覚えなきゃいけないの? 覚えたって使わなくない?」
「あー……」
指で鉛筆をいじりながらぼやくエリク。
エリクの前に広げられたのは主要な神とその特性・権能の一覧。最低限これは覚えろ、とシエルがピックアップしたものだ。
エリクは勉強嫌いによくある『こんなの覚えなくても生きて行けるじゃん』と言うタイプらしい。
元々頭を使うより体を動かしたいタイプで、机の前でじっとしてる事自体も辛そうだ。
覚える事自体は拒否しないが、その必要性が分からない、といったところかな?
ふむ。学ぶ必要性か。
「エリクはプリムラ様の側付きになりたいんだよね?」
「うん、そうだけど」
「聖魔法使いの側付きって、単なる実力より優先されるものがある場合が多いんだよね。んーと、例えばカイヤ様」
「カイヤ様? 聖魔法使いの纏め役の?」
シエルは本を捲りながら話をする。
「そう。カイヤ様は【聖魔法】の他に【指揮】と【カリスマ】をお持ちで、この二つを穢れの対処に活用しておられるんだけど……あ、あった」
シエルは目的のページを見つけ、エリクに示した。
そこには秩序系の祝福の一覧とその効果が載っている。
「【指揮】は配下と認定した者に、正確に指示を送ると同時に配下の能力を底上げする。【カリスマ】はこの所有者に心酔する者に一体感と高揚を与える。カイヤ様はこの二つの祝福に【聖魔法】を付与して使ってるって言っ……いるそうだよ」
「えーと、どうゆうこと?」
「つまりね、カイヤ様を慕う人ほど、【聖魔法】の恩恵を受けられる。穢れの悪影響も軽くなるし、穢れ物への攻撃も通り易くなる、って具合に」
危ね、今口が滑りそうになった。
幸い、エリクは話に着いて行くのに精一杯で気付いていないようだ。
「だから、カイヤ様付きの騎士は、技能よりもどれだけカイヤ様を好きかが大事になるの。実力が高くてもそんなにカイヤ様が好きじゃない人と、実力はそこそこでもカイヤ様にゾッコンな人なら、腕はそこそこの人の方が穢れ溜まりでは活躍出来る、ってコト」
「……あ! そういう……」
何か心当たりがあったのか、しきりに頷くエリク。
「後は……ドロシー様かな。この方は【豊饒】をお持ちで、ドロシー様の所有する土地で収穫された作物には、聖属性が宿る。ドロシー様は当時の公爵子息とご結婚されたけど、その公爵家の今の当主はドロシー様なの。公爵子息は、今はドロシー公爵の配偶者。……大丈夫?」
「な、なんとか……?」
「そんな難しい話じゃないから頑張って。――ドロシー様が爵位を継いだのは、やっぱり【聖魔法】の為だよ。ドロシー様は【豊饒】を経由して土地全体に聖魔力を広げてるの。……で、【豊饒】の効果の対象は?」
「え? えーと、『その人の所有する土地の作物が』……あ、その土地をドロシー様の所有物にする為に、公爵になった?」
「正解。ちなみに、【豊饒】はその土地に居続けた時間に応じて効果が上がって行く。ドロシー様ももう何十年も公爵やってるから効果も大分高くて、この公爵領だけで国庫を賄えるくらいだとか」
「へー」
「……だから、もし、ドロシー様が一歩でも公爵領から出たら一大事になる」
「えっ!?」
「一歩でも出たら、積み上げた効果が解消されて最初からやり直しになるんだ。収穫量は一気に落ちるだろうし、穢れを浄化する作物に頼っていた、穢れ溜まりを抱える領地はどれだけの被害が出るか」
「…………」
「聖魔法使いの側に侍るなら、自分の主がどうやって穢れと戦ってるか、把握するのは必須だよ。協力する事もあるから他の聖魔法使いの特性も把握して、補佐出来るように、間違っても邪魔なんかしないよう、気を付けないと」
「……その為の勉強なんだね。分かった」
エリクの顔つきが変わる。キリッとやる気に満ちた眼差し。
どうやらやる気になったようだ。意欲があるのと無いのとでは吸収率が全然違う。こっちも教え甲斐がある。
エリクは張り切って資料に取り掛かった。
キリッとした顔が崩れたのは、僅か数分後の事だった。
シャキン、シャキン。鋏の音は、まだ響いている。
「んあ〜」
椅子に腰掛けたまま欠伸をし、ん〜、と体を伸ばす。
人に教える、というのは想像以上に疲れるようだ。
エリクは先程帰った。今回はお試しな感じで基本の基の、更に触り程度だったが、それでもエリクは頭がパンクしそうになっていた。先は長そうだ。
さて、今日はこの後どうするか、と考えていると。
ガシッ。と後ろから肩を掴まれた。
「シ・エ・ル・くん♪」
そして頭の上から降ってくる、若い女性の声。
「見てたわよ〜。あの子誰? かわいい子じゃない、どこで知り合ったの? シエルくんが同世代の子と居るなんて珍しいわね〜」
「アグノス……居たの……」
振り返るまでもない。こういう事をする知り合いはただ一人。
聖魔法使いアグノス。
この神殿、アルセルス王都支部に在籍する聖魔法使いの一人だ。
アグノスはシエルの肩から手を離し、その隣に腰掛けた。
背中まで届く銀髪に薄い水色目の彼女は、瞳をキラキラと輝かせてシエルを見詰めた。
アグノスは美女とまでは行かないにせよ、整った顔立ちで、容姿に依らない魅力がある。こんなキラキラした目で見詰められたら男なら冷静で居られないだろう。
しかし、シエルはスン……とアグノスを見返している。
なぜなら。
「ね、ね、どういう仲? 彼氏? 彼氏出来たの?」
「アグノス、BL趣味なのは良いからさ、ナマモノは止めて? そんで俺に言うの止めて?」
――なぜなら、アグノスは腐女子だから。
彼女がキラキラした眼差しで男性を見詰める時、それは男同士の恋愛模様を脳裏に浮かべている時である。
アグノスにじっと見詰められ、「えっ? もしや俺に気がある?」と期待しても、その男は隣に居る友人辺りとの(架空の)関係を構築されているのだ。何なら掘られる側かもしれない。
はぁ、とアグノスから視線を適当に逸らせたら、専属護衛の女性神殿騎士と目が合った。
申し訳無い、という顔で小さく頭を下げられた。
いえいえ、そちらもお疲れ様です。へらりと笑みを返しておいた。
「まあ、でも、良い所に。ちょっと聞きたい事があって」
「なぁに? さっきの子の事? 神殿騎士よね、それ関係?」
「アグノスが期待してるような事じゃないけど、そうだよ、さっきの、エリクって言うんだけど」
「エリクって言うのね。うんうん、お姉さんになんでも言って。あの子のプロフィール調査でも配属先の操作でもなんでも出来るわよ。なんせ神殿の最高権力者だもの!」
「洒落にならない冗談止めて。後ろの人本気でやるから。もうスタンバイしちゃってるから」
ちなみに控えてるのは女性神殿騎士が二人と女性神官が一人。
その神官の方がバインダーを構えている。早いよ。まだ何も言ってないよ。
「あー……去年、新しい聖魔法使いが入ったでしょ。エリクはその子の幼馴染みなんだって。で、エリクがその聖魔法使いの邪魔してるみたいな噂聞いたんだけど、何か知ってる?」
余計なちゃちゃが入りそうなので一気に言った。
「ああ、プリムラちゃんを追い掛けて来た子が居るって聞いたわね、あの子がそうなの。邪魔も何も、プリムラちゃんイマイチやる気が無いのよね〜。な〜んか変に自信たっぷりで。『皆さんは必要でしょうけど、私もう出来ますし?』みたいな。感じ悪いのよねぇ」
「え、そんななの?」
「そんななのよ。それにね」
アグノスはずいっ、とシエルに顔を近付けた。
「あの子も転生者よ。そして多分、どっかの乙女ゲーだか少女漫画だかのヒロインに転生したと思い込んでるわ」
「ええ……」




