47 月夜の邂逅
シエルは先刻とは違った視線でディランを見た。
ともかく、また鋏の音が聞こえた原因がディランで合ってるのか確認しよう。
シエルは、一旦ディランの事は忘れて他の職員や孤児に意識を向けてみたり、全然関係ない作業をしてみたり、一旦外に出てみたり、その状態でディランに意識を向けてみたりと色々やってみた。
結論。やっぱりディランの可能性が濃厚。
他の事をしてみたりすると鋏は遠退き、場所を変えてもディランといかに接触するか考えると鋏の音は聞こえてくるのだ。
とても遠慮がちな鋏の音が。
「んー……」
ディランに接触する別の理由が出来た。
シエルは頭を切り替え、ディランの様子を伺う。のんびりとディランが一人になるのを待った。
のだが……。
「ユリア、ベッタリ張り付き過ぎでは?」
ディランはユリアに纏わり付かれ、一向に一人にならなかった。
ユリアは結婚願望が強い人だ。何があったか知らないが、よくギラついた目で男の人を見ている。そんな人間の前に若い男が現れたのだ。当然のようにがっついている。
気持ちは……一切分からんけども。とりあえずそんながっついたら逆効果なのはシエルでも分かる。
落ち着きなよ。あとディランて若いよね? 多分二十歳前後。ユリアって確か三十超えてたよね? 高望みでは?
観察し始めた頃は失礼にならない程度にユリアを遠ざけようとしていたディランも、今やあからさまに嫌がってる。どう見ても脈無しだ。
とても失礼な事を考えながら、シエルは動向を伺う。
ユリアは終始ディランに纏わり付いた。就寝の時間になり、ディランが院内に充てがわれた自室に下ろうとすると部屋に入ろうとする始末だ。
さすがに度を越している。ディランも部屋にまで入られるのは嫌だったのだろう。何やら食堂に行って作業を始めた。
「……私もね、訳ありなのよ。実家に居場所無くって。ここに来る人はみんなそう。貴方もでしょ?」
「さあ、どうでしょうね」
「隠さなくていいのよ。私達、もう仲間よ。怖がらなくていいのよ」
二人の会話――ユリアの一方的なおしゃべり――を聞きながらシエルは悩む。今日はもう諦めて、明日出直そうかな、と。
でも明日はライフェルトんち行くから、今日のうちに片付けられるなら片付けたいんだよなぁ……。
ぼんやりとそんな事を考えていたシエルは、次のユリアの発言にピクリと反応した。
「ねぇ、【闇使い】さん?」
ユリアの言葉に、無意味にテーブルを拭いていたディランの手がビクッと止まる。
「可哀想に。【闇魔法】なんかを贈られたせいで、酷い目にあったのでしょう? 何が祝福よ。呪いの間違いでしょ! そう思わない?」
そう言うユリアの表情は忌々しげで、本気で祝福を批判しているようだった。
「……撤回なさってください。あまりに不遜です」
「神なんて! こっちは祝福のせいで人生狂わされたのよ! どうしてそんなものを敬わなくちゃいけないのよ!」
ユリアはヒートアップしたのか、祝福の儀を受けてから、自分がどれだけ悲惨だったか語り出した。
いや、撒き散らした。
自分は女なのに家事にも育児にも役に立たない【計算】と【簿記】だった事。そのせいで友達からは見下され、家族にも憐れみの目を向けられた事。
やっと見付けた結婚相手も、家の事がろくに出来ないユリアを疎み、一年と経たずに浮気され、家を追い出された事。
……うん、それ、祝福のせいって言うより周りの人間に恵まれなかった結果じゃない? あとユリア自身の価値観。その祝福なら事務関係で引く手数多だったろうに。
変な形でユリアの経歴知っちゃったなぁ……。
気が昂ぶり、般若のような形相で捲し立てたユリアは、はーっ、はーっ、と息を荒げた。
少しして落ち着いたのだろう、ユリアは般若のようだった顔に笑みを浮かべ、ディランに言う。
「ふふ、ごめんなさい、見苦しい所を見せちゃったわね。とにかくね、私は貴方の味方だって事。私は貴方が闇使いだって言い触らしたりしないし、邪神の下僕扱いもしないわ。だから安心して? 仲良くしましょ?」
言って、ユリアは固まってるディランに近付き、しなだれ掛かる。
――ユリアは自分の発言が脅迫になってると分かっていないのだろうか。
ユリアはそのままディランの胸に顔を埋める。嫌悪に顔を歪めるディラン。突き放さないのは、ここを追い出される事を懸念してか。
ここは良い職場とはとても言えない。しかし、【闇魔法】の使い手は、ユリアが言うように邪神の信徒と見做される風潮がある。
就職において、祝福の内容は必ずしも明らかにしなければならない訳ではない。けれど隠すなら相応の理由があると見做され、良い扱いは受けられない。
隠すにせよ明らかにするにせよ、【闇魔法】持ちはそれだけで生きて行くのも困難になるのだ。
どんなに悪い職場でも、仕事に着けるだけマシと言えるほどに。
祝福で授かった魔法の種類と信仰はたいして関係ないし、そもそも闇の神は邪神ではないのに。
さすがに可哀想になり、シエルは手を出す事にした。ええと、この場所からだと……。
「あら、以外にがっしりし――」
――ガッシャーン
「な、何!?」
静まりかえった夜の孤児院で、その音は大きく響いた。場所は二人の直ぐ目の前、台所から。
ユリアはパッとディランから離れ、音のする方へ向かった。まずい、メッラ院長が起きてしまう。院長は眠りを妨げられるのが嫌いなのだ。院長が起きて来たら。その場に自分が居るのを見られたら――!!
ユリアは鍋が転がっているのを見つけ、それを手早く元の位置に戻すとディランを放置して台所から逃げ去った。とにかく、院長に見つからないのが第一だ。
そして後には、ポツンと佇むディランが残された。
「えーと、ディラン、さん?」
「!」
ユリアが去ったのを確認し、シエルはそっと食堂に顔を出した。
「君は……シエルくん?」
「そう。分かるの?」
「まだ顔を合わせてない子は、君だけだから」
ディランは戸惑った様子ながらも、冷静にシエルと向かい合っている。
「えっと、今のは君が?」
「そう。話したいんだけど、まず場所を変えよう。誰かが来たら面倒だし」
「……分かった」
シエルはディランを促し、外へ出た。落ち着いて話すなら、孤児院の中は相応しくない。
外へ出て孤児院の裏手にある森へ入った。ここなら孤児院が見え、けれど孤児院からこちらは視認し難い。さすがに渋るかと思ったら、ディランは大人しく付いて来る。
今日は月が明るく、足場の悪い森の中でもなんとか歩けた。
程よい所で足を止め、ディランに向き合った。
ディランは不可解そうな困惑したような様子ではあるが、怯える素振りは見られなかった。
気弱そうに見えるが、夜闇は怖くないらしい。人間でなければ大丈夫と言うタイプだろうか? ちなみに前世のシエルがまさにそのタイプだったのだが。
一応、木の影を避けて月明かりの下を選んでみた。お陰でお互いの顔は見える。
けれど、目元を隠したディランの表情はよく分からない。ただ、静かにシエルを見下ろしている。
「では改めて。シエルです。半年くらいで孤児院を出るけど、よろしく」
「僕はディラン。昨日から孤児院で働く事になった。……その、僕も色々聞きたいんだけど」
ディランはそろりと腰を落とし、片膝立ちの姿勢になって、シエルと視線の高さを近付けた。
……膝着けてんのに頭の高さがシエルより高いんですが。ホントにデケェなこいつ。
「シエルは、いつもどこで寝泊まりしてるんだ? 食事はどうしてる?」
「あ、そっち?」
さっきの事は聞かないのだろうか。いつから聞いてた、とか。
「さっきの事は後で聞くよ。昨日一日、君は孤児院で見る事は無かった。他の子達に聞けば、君は普段から姿を見せないという。君のベッドとなっていた場所も、埃を被っていて物置き状態だった。どういう事だ?」
ディランはシエルの反応を伺いながらも、直球で疑問をぶつけて来た。ユリア相手の時とは、随分態度が違う。子供相手なら平気なのか? いや、ティム相手に萎縮してたよな?
シエルは疑問を抱きつつ、ディランを観察した。
あ、この人、目が金色だ。黒髪から覗く金色は、ちょうど夜空に浮かぶ月のようで、見事なシチュエーションにシエルは不思議な気持ちになった。
「……孤児院は安心出来ないから、寝泊まりはしない。食事も、食堂に顔出したってどうせ食べられないから、最初から行かないだけ。寝床も食事も、別に確保してるから、心配要らないよ」
シエルの返事に、ディランが顔を顰めるのが分かった。
「……この孤児院は異常だ。きちんと上に報告すべきだ。明日にでも」
「それは止めた方が良い」
シエルはディランの言葉を遮って言った。
「メッラ院長の横暴は、もう何十年も続いてる。その間、異常を訴えた人は何人も居たけど、皆仕事を辞めさせられたり、地方に飛ばされたりして居なくなった。神殿はメッラ院長の事知ってて隠してるし、王城に訴えても無駄だった。何もしない方がいいよ」
ディランの唇が動き、けれど声は出ず。
数拍の間を置いて、今度は言葉を紡ぐ。
「君は、そうした例を目の当たりにしたの?」
ほぅ、とシエルは密かに感心した。
賢い人だ。それに、他人の心情に気遣えるだけの想像力ももっている。シエルはそう見た。
さっきの声無き言葉は、きっと「まさか」もしくは「有り得ない」あたりだろうか。口をついて出かけた言葉を飲み込んだ。
それは多分、シエルの話を否定する言い方を咄嗟に避けたから。否定的な事を言えばシエルがそれで会話を終わらせるかも知れないと――シエルを傷付けるかも知れないと危惧したからだろう。
ディランへの人物評価を上方修正する。
……この人が院長の毒牙に掛かる所は、見たくないな。




