45 先達
ふわりと心地よい風が吹いた。
夏の盛りは過ぎ、まだまだ暑いが吹く風に少し秋の気配が混ざりつつある。
この世界の有り難い所は、季節が順当に進んでくれる所だ。日本は、ってか地球は死ぬ十数年くらい前から季節の進みがめちゃくちゃになって、夏と冬が日替わりで来るみたいになってたからな……。
アレ、地味に寿命削ってたよな、今思うと。
謝罪会見(違う)はあの後大騒ぎになった。
グライデル伯爵は怒鳴り散らし、ミュリエルも鬱憤が溜まってたからかギャンギャン返す。
神官の皆様が宥めようとするも焼け石に水。カオスった所でグライデル夫人がそっとシエルを部屋から出してくれた。
レスディア神官にも確認したが、シエルの出番は終わったので帰って良いそう。
ジョセフィーヌとフレデリクは疲れた顔でシエルを見送る。ミュリエルはこの後の方が大変そう。強く生きて。
建物を出て外の空気を吸うと、やたらと空気が美味かった。穢れによるダメージは無くとも、気詰まりはしてたのかも。
……うん、思ったより早く終わったし、森へ行っちゃおう。そんでリフレッシュしよう。
――と思って冒険者ギルドに行ったら伝言が入ってて、予定変更になりました。
今日は忙しないなぁ。
シエルは辻獣車に乗って、王都の西側にある商業区へ向かった。
大通りから一本外れた、中小規模の店舗が並ぶ通りに入って、目当ての店舗へ。
シエルが入って行ったのは、ルオル商会と看板の出ている店。帝国からの輸入品を扱う雑貨店だ。
足を踏み入ると同時に声が掛かった。
「シエル! さっそく来てくれたか!」
人好きのする笑みでシエルの方へやって来たのは、二十を過ぎたくらいの至って平凡な顔立ちの素朴な青年だ。
……なんか、安心する。ここんとこやたら顔の良い人との関わりが多かったせいだろうか。
「久しぶり、キリ。もうこっち来てたんだね」
「ああ、今年は行き来が多くなりそうでな。 ……それより、貴族に絡まれたって聞いたぞ。大丈夫か?」
キリは帝国に本店のある商会の商人だ。基本的には帝国に居るが、年に数回ほどの頻度でアルセルスの支店にやって来る。
気の良い商人らしく大きな声で朗らかに話していたキリだが、後半は声を潜ませて聞いた。
それか。心配掛けてしまったな。
店には従業員と客が数人居たので店の奥に移動する。
商談用だろう個室に通されて、貴族に絡まれた顛末を語った。ついでに今日の出来事も。
一通り話を聞いたキリは、はあああぁ……と深く長い溜め息を付いた。
「なんだ、要するにお家騒動か? んなモンに無関係なガキ巻き込むなよ。ったく貴族は」
「あれ貴族関係ないと思うけど。まぁそんな感じで、もうほぼ終わったから大丈夫だよ。それより、キリはいつ王都に? 来たばかりだよね? いつその話聞いたの?」
あの騒動は人目の付く所で起きたので話自体は広まってるだろうが、どこでシエルの関与を知ったのか。
シエルの疑問に、キリはじろりとシエルを睥睨した。
「こちとら商人だぞ。情報には敏感なんだ。それより話逸らすな。シエル、貴族舐めんなよ? 奴等は平気で人の人生引っ掻き回すからな。穢れがあるからって安心は出来ねぇ、奴等は重い穢れが掛からない範囲で上手くやる術に長けてんだからな」
「は、はぁ……」
いや、うん、承知してますが。
ただ、普段接してる貴族がスイート・ムーン関係者ばかりなので、警戒心が薄れてると言われても反論は出来ない。
その上新しく知り合った貴族が至って友好的で、平民に合わせてくれる人だったので、余計に。
「……まぁ、関わったのがシラー家だったのは幸いだったな」
と、思い浮かべていた貴族の名がキリから出て来た。
「あ、そうそう、コクレンってシラー夫人と知り合いだったって? キリも付き合いあるの?」
「あん? お前、俺達の事聞いたのか? なんでだ?」
シエルの言葉に、キリの気配に警戒が混ざる。
ので、シエルはシラー家に泊まった事、そこでコクレン印の魔法道具を見た事、その後の流れも全部語った。
すると、キリから警戒の色が消え、肩の力が抜ける。
「なんだ、そうか……。ああ、オリヴィエ様は珍しくコクレンも信用してる方だ。俺も信用してる」
「うん、俺もシラー夫人は好き」
へぇ、シラー夫人、キリにも信用されてるんだ。凄いな。
キリもコクレンも、神殿の孤児院で育った先輩だ。
そしてシエル同様、メッラ院長に目の敵にされ、虐待されて育った、その意味でもシエルの仲間だった。
その影響から、彼等は中年女性には反射的に警戒してしまう。
そんな彼等から信用を得るのは至難の業の筈。何をどうしたのだろう。
……と言うか、かつてコクレンに関わって、今またシエルと知り合ったシラー夫人。
なんだろう、この引きの強さ。ミステリだったら確実に伏線だぞコレ。
「信用はしてるが、俺らがあの孤児院の出だって事は伏せてる。今回の計画も話していない。良いな?」
「了解」
「はぁ、とにかく、貴族には気を付けろよ。――それでだ、シエル」
キリの気配がまたピリッとする。こちらが本題か。
キリは懐からハガキサイズの黒い板を取り出し、シエルに見せた。
「これは」
「コクレンがとうとうやってくれた。見ろ」
言って、キリが黒い板を弄ると、板の表面が淡く光る。
そしてそこに映る映像。
まさかスマホ? マジか。
映像は書棚を背景とし、一人の三十半ばほどの男が映っている。
《シエル、無事でいるだろうか》
《この声が届くと思って話すが……なんだか話し難いな、これは》
板の中の男が口を開き、声が響く。どうやら通信ではなく録画のようだが、それでも十分呆気にとられる事態だ。
この世界、ギリ写真はあるが、非常に高価で一部王侯貴族しか持ってない、と言うレベルなのだ。一応魔法による通信手段もあるようだが、魔法使いの技量に依存していて扱える人材が限られている。
こんな風に、魔法使いを介在せずに情報のやり取りをする、なんていうのは夢物語と言う状態なのだ。
なのに、一足飛びに録画・再生装置を作ってしまったのか。しかも、このサイズで。
ちなみに、コクレンは前世日本人とかいう経歴は無い。だからこそ凄い。
……秘密基地にヨーコさんの遺した資料とかあったし、そこにヒントになるような物でもあったか?
さすがに、ノーヒントでここまでスマホに寄せたとは考え難いし。
コクレンとは孤児院にいた期間が重ならないので確証はないが、あの資料を見付けていた可能性は高いだろう。
驚いてるシエルに、キリが満足気な笑みを浮かべている。
コクレンはぽつぽつとこの装置について語る。そしてシエルの近況を訪ね、今のシエルの姿を送って欲しいと言う。ビデオレターね、オッケー。
《それから……シエル、俺達はお前に酷い事を頼もうとしてる。嫌なら断わってくれても良い。でも、出来れば協力して欲しい。すまない。協力してくれる場合、俺達で出来る事はなんでもする。詳しくはキリと相談してくれ。……その、元気で》
「…………」
映像はそれで終わった。
ただの真っ黒い板になったそれを、またキリは懐に仕舞う。
その顔は真剣な顔をしていた。
「それ、幾つあるの?」
「十個だ」
「どれくらいの時間を記録出来るの?」
「込められる魔力に依存する。直前に込めた魔力量に応じて作動時間が左右される。俺だと魔力切れギリギリまで注いで一時間が限度だ。ただ、繰り返し使える。最長で三日分の記録を貯められる」
「それなら、場所と時間を吟味すれば、十分、俺が院長に殴られてる所を記録出来るね」
淡々と言うシエルに、キリはそっぽを向いてガリガリと頭を掻いた。
「……もうコレの用途分かったのかよ」
「ずっと言ってたじゃない。どうにかして、アイツの所業を周知させたいって」
真相は、前世で使い倒したアイテムだから、ですが。
虐待されて育った子供達。彼等は何も泣き寝入りした訳じゃない。大人になって、力を付けて、虎視眈々と復讐の機会を伺っていたのだ。
……それを、このタイミングで成果を出すとは。
キリは強ばった顔でシエルを見る。
見返すシエルは、どこまでも淡々としている。
「やって、くれるか?」
「構わないよ。どうせ何も無くても殴られるんだし。その様子を記録するだけでしょ?」
「……すまん」
キリは頭を下げる。その膝に置かれた手が、爪を立てて膝に食い込んでる。
彼等はかつてシエルと同じ立場にいた。
だからこそ、その辛さを知っている。知っているのに、それを末の弟とも言える相手にあえて受けろと、そう求める欺瞞。
それが分かっていて、それでもメッラ院長を糾弾する為に、証拠が欲しい。
彼等はずっと、その為に、足掻いて生きてきたのだから。
「……。構わないけど、神殿はメッラ院長のやってる事知ってて隠してるんだよね? 証拠出したくらいで変わるとは思わないけど」
「神殿じゃなく、大衆に広めるんだ。神殿が不正を働いてると上手く世間に知らしめて、神殿の信用を失墜させる」
その辺は商人、情報の扱いはお手の物だろう。
それに。
「もしかして、アルセルス国内じゃなく、帝国で広める気? そんで国を動かすとか?」
「お、さすがだな。そこまで読むか」
そういう展開、前世で散々見て来たからね。本やテレビで。
コクレン達はかつて、順当に国に訴え助けを求めた。そして握り潰された。
メッラ院長や神殿だけじゃない。アルセルス王家も、復讐の対象なのだ。




