41 今世初の、友達の家へお泊り
お泊りは良いけど、さすがに院長に報告しない訳にはいかない。
相手が貴族なので阻止される事は無いだろうが、ぐちぐち言われるだろうなー、気が重いなーと思ったら報告はあっさり終わった。
シエルが顔を出した時、メッラは宝石に夢中で上機嫌だった。なんというタイミングの良さ。
なんでも今日、グライデル伯爵が来て詫びの品として置いて行った物だとか。
……それ、孤児院への詫びとしては不適切では……? 外泊許可が簡単に降りたから助かるけど。
ハッ、まさかその為に!? ……いや、子供の外泊許可の為だけに宝石は無いか。そもそも、グライデル家とシラー家がそこまで連携とってるかどうか。
どっちかっつーと、ライフェルトがグライデル伯爵の行動を予想して利用した、って感じかな?
そして何事も無くお泊りの日。
午前中にライフェルトが家紋付きの獣車で迎えに来て、エリクと乗り込みました。
待ち合わせ中、なんでかディグルを始めとした神殿騎士が複数見送りに来た。
「いいかエリク、見習いとはいえお前は神殿騎士だ。相手が貴族だからって下手に出過ぎるなよ」
「そうだ。今回はシエルくんの護衛って任務で行くんだ。胸を張れ」
「しっかりシエルを守るんだぞ。多少の粗相なら、神殿から取りなせるからな」
「は、はいっ!!」
……。
どうやらミュリエルの件で貴族に無茶を呑まされないか心配されてるらしい。
グライデル家ならともかく、ライフェルトの家だしそうおかしな事にはならないと思うけど。まぁ、外側から見たら違いは分からないか。
そこに来たライフェルトが、集まった神殿騎士から威圧を向けられ驚くも、シエルを案じての行動と即座に見抜き凄まじいコミュニケーション能力を発揮して秒で打ち解け、皆さんににこやかに見送られて出発する。
凄い。マジですげぇよライフェルト……。
獣車に揺られる事およそ三十分。
着いたのは、ヨーロッパの観光地にありそうな立派なお屋敷でした。
「おお」
「旦那様の屋敷の倍はある……」
シエルとエリクは、屋敷を見上げてポカンとした。
シエルはこの世界に転生して結構経つが、貴族に縁が無かったので、当然、貴族のお屋敷を間近に見るののは始めて。
エリクはジャイン男爵邸を知っているが、規模が違い過ぎて唖然としている。
屋敷はオリヴィエの性格を反映してか(当主じゃなくオリヴィエ)、豪奢ではないが品のある佇まい。
シエル達から見たら凄い豪邸だが、貴族の屋敷としては小規模だとか。
これで小規模かー、そっかー。
シラー王都邸は、王都のほぼ中央に近い所にあった。
王都は西半分が王侯貴族エリア、東半分が神殿エリア、みたいな構造をしているので、貴族エリアとしては端も端。でも神殿へのアクセスはそれほど悪くない、と言う立地だった。
そういう、貴族として活動するに不便で、且つ小さくて面子的にもイマイチな為に、安く買えたそうな。
「僕が小さい頃は、うちは貧乏でね。王都に屋敷を持てたのもほんの数年前からなんだよ」
「へぇ。やっぱり王都にも家必要なの?」
「母上は商会も営んでいてね。その支店を王都にも出す事になったから、拠点としてね。ここは貴族街からは遠いけど、その分平民街に出した支店と近くて、その点でも好都合だったんだ」
そして、それらの采配は全てオリヴィエによるものだと言う。
ふむふむ。ロッテ、じゃない、シラー夫人は見栄とかハッタリより実益重視の人なのね。先日会った時も、貴族の御婦人と言うよりやり手のキャリアウーマンみたいな印象だったし。
「いらっしゃい、良く来たわね」
お喋りしながら立派な両開きの扉を潜ると、話題のオリヴィエがいた。わざわざ出迎えてくれたらしい。
その斜め後ろにはおじいちゃん執事さんが。お名前、セバスチャンだったりとか……なんでもないです。
「こんにちは、今日はお世話になります」
「お、お世話になり、ます!」
「ええ、ゆっくりしていって」
おぅ、エリクがちがちだ。そんな固くならなくても。
「私もゆっくりしたい所だけど、仕事で立て込んでいてね。お昼は顔出せると思うから、その時にお話しましょうね。ライフェルト、後はお願い」
「はい、母上」
言って、オリヴィエは二階へ上がって行った。
そしてシエル達はおじいちゃん執事さんに中を案内して貰った。名前はセルゲイさん。
要所要所にお高そうな壺やらなんかの像やらがあってビビリながら、まずは今夜の寝床となる客室へ。
通された部屋はそこだけで小さな家くらいの面積があった。マジで。天蓋付きのやたらすべすべふわふわの寝具が使われたベッドはダブルサイズで、そんなデッカイベッドが部屋の端にちょこんと置いてあるように見えるくらい余剰スペースがある。
あとやっぱりふかふかなソファとテーブル、壁際には書き物机、あと丸テーブルには果物が装飾品よろしく飾られている。これ、食べて良いヤツ?
しかもこれが一人用。一人ずつ部屋を用意したと聞いてエリクは震え上がった。
「む、むり……こんなへやでひとりでねるなんてむり……」
比喩でなくガクブルするエリク。
「落ち着いて、普通にしてたら変に汚す事も壊す事も無いでしょ?」
「落ち着けないよ!! 気を付けててもなんかの拍子に壊したりとかあるでしょ!? それに枕によだれたらしたらどうすんの!??」
「洗濯するんじゃない?」
まぁ、気持ちは分からないでもない。
シエルだって、一応持って来た端が擦り切れて繊維がボロボロ落ちる廃棄一歩手前の服であの高級寝具に潜り込むのは申し訳ない気になっているし。
ただねぇ、ここの品もお高いんだろうけど……希少さとか性能とかで言ったら、普段使ってる秘密基地の備品の方が遥かに上なんだよね…………。
世に出たら最低で国宝、値段なんて付けられない品ばかりだからね。
「そういう問題じゃないよ!」と怯えながら怒りながら縋る器用なエリク。
そんなエリクを背中に貼り付かせながら、シエルはマイペースにお屋敷探検を続行。好きなだけ狼狽えてて良いよ。
部屋の中に更に扉があったので覗いて見ると、何も無い部屋があったので何これ? と聞いたらクローゼットだと返って来てビックリした。孤児院の大部屋(四人用)より広いんですが?
後、よく見たら端っこに衣服が掛けてあった。シエル用の着替えだそうです。
……貴族って、泊まり先に着替え用意させるものなの? いや、有り難く使うけども。
その後トイレ、浴室を見せて貰った。
水回りは、現代の最先端より遺跡の方がよっぽど発達してるので、さして驚きはない。
今までと違い、あっさりした様子の平民二人に、セバ……セルゲイさんが苦笑。
とはいえ、広いお風呂は貴重なのでエリクと「一緒に入ろー」「いーよー」などとやっていて、ふとある物が目に止まった。
「うん?」
それは洗面台、に取り付けられている蛇口。そこに、シエルにとって意味のあるマークを見付けた。
「シエル? どうかした?」
「あ、うん。あの、セルゲイさん、この蛇口って、コクレン工房の作ですか?」
「おや、ご存知ですか。そうです、当家はコクレン工房とは取引がありましてな」
「えっ、マジ……本当ですか!?」
思わず食い付くシエル。
コクレンはシエルにとって少しだけ特別な名前なのだ。そのコクレンの名がこんな所で出て来るなんて。
偶然? それにしては出来過ぎじゃないか?




