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40 うちの子にならない?

「随分早いね?」

「シエルに話があって、早めに来たんだ」


 まあ、ミュリエルの件もあるしね。

 シエルは開いてるだけだった本をパタンと閉じた。


 場所を館内から外の適当なベンチに移し、話を聞く。


「話は幾つかあるんだけど、まずはグライデル家の事かな。先日はグライデル伯爵しか来れなかったけど、今度伯爵夫人と跡取りにほぼ決まってる長子も謝罪したいって。場所は神殿でもシラー家でも、シエルの好きな所で」

「……あー、うん。って、フェルの家本当に使っていいの?」

「いいよ。今はぎくしゃくしてるけど、グライデル家とは本当に懇意にしてたんだ。以前はよく互いの家に遊びに行ったりしてたくらいだし」


 家ぐるみで仲が良かったのは本当らしい。


「それと関係なく、いつでも遊びに来て良いよ。母上もシエルを気に入ったみたいだし。『息子の友達なら気軽に来ればいいわ』だって」

「ええ? さすがにそれは」

「まぁ、普通の貴族の家だったらこうはいかないけど。母上は男爵家の生まれでね。領地も持たない、騎士職について生計立ててる家で、平民と変わらない生活をしてたんだ。だから子爵夫人として振る舞うのと同時に平民の感覚も理解してる。二つの感覚を器用に切り替えて対応してるんだ」


 子爵家と言っても地方に領地があり、中央との繋がりより、地元との繋がりの方を大事にしているそう。

 領主として立ちつつ、領民の立場でものを考える事も出来るから、オリヴィエは慕われてるんだとか。

 ライフェルト達にも平民の暮しを体験させたり、頻繁に街に顔を出させて住民に馴染ませたりもしてるのだと。


「特に僕と弟はいずれ平民になるからね。今から慣れておけって」

「ああ、グライデル嬢がフェルを跡取り扱いするのも、自分が平民になるの嫌だから、だっけ」

「ああ、うん……多分」


 ライフェルトは言葉を濁した。


「ともかく、そんな事情だからうちはシエルを歓迎するよ。エリクも一緒に、近いうちにおいで」

「……うん、それなら」


 ライフェルトには珍しい、あからさまな話題転換だ。ミュリエルは良くも悪くも、その他大勢では無いって事だろうか。


「それでね、シエル。もし良かったら……うちの子にならない?」

「へ?」

「母上が、本当にシエルを気に入ってね。シエルを正式に養子に迎えようか、そこまででなくても後見に着こうかって話が出てるんだ」

「え、ええ……?」


 予想外の提案に「ええ?」しか出て来ない。

 今回の事件の補填として? いやそれならグライデル家こそが申し出る事だろう。

 困惑顔のシエルに、ライフェルトが言う。


「ねぇシエル。将来有望な孤児の子を、貴族が引き取って世話をするって事は、珍しくない事だよ? 平民にも十分な教育は受けられるよう政策はしてるけど、やっぱり限界はあるし、どうしても働くのが先でその傍ら、って形になりがちだからね。シエルは僕から見ても相当優秀だし、あの会議の場で、物怖じせず自分の意見をちゃんと言っていたのが、母上に高評価だったんだ」

「そ、そう……」


 ライフェルトの話というのは、これがメインか。

 困惑から回復してきたシエルは、うーん、と考える。


 ついさっき、貴族に、引いては国に関わるか、見捨ててトンズラするか考えてた所だ。

 そこに、この提案。なんかこう、流れが組まれてるような感触がある。

 そこは今結論を出せる事ではないので置いといて。


 ライフェルトの……と言うかシラー家からの提案は、シエルが悩んでいた事の落とし所として悪くはない。

 ただの一介の孤児がいきなり力を示すのではなく、下位貴族の庇護の元、少しずつ学び貴族のやり方を理解した上で動くのであればそう酷い事にはならないのではないか。


 シエル一人では学んだ所で付け焼き刃で終わりそうだが、シラー家の協力を得られるなら別だろう。

 しかし。


「んー……。俺はそういうのは、いらない」

「それは、どうして?」

「貴族の支援を受けられたら、そりゃ色々楽になるだろうけど、義務っていうの? 受けた分は返さなきゃいけないよね?」


 それが、どうしても気になる。

 シエルは無責任な立場で好き勝手に生きたいのだ。

 折角、『✡世界創造の意思✡』から「自由に生きて良いよ」と許可を貰って、それを可能とする能力も貰ったのに、自分から貴族の顔色を伺う立場になってどうする。


「それは……勿論、タダでとは言えないけど、そんな重いものじゃないよ? シエルがやりたい事をしながら、その片手間で返して貰えれば十分なんだから」

「それでも、例えば魔物の討伐依頼を受ける時とか、もしシラー家に害がある魔物と関係無い魔物とが並んであったら、シラー家に害のある魔物を優先するべき、ってなるんじゃないの?」

「……それが嫌、なの?」

「うん。フェルには悪いけど。そういう細かい所で選択を制限されるのは、気に入らない」


 キッパリ言うと、ライフェルトは「そう……」と寂しそうな顔をして、罪悪感が刺激される。


 ホントごめん。シエルは結構捻くれてるので、「友達が困ってるなら手を貸すか」、というのは有りなんだけど、「支援を受けてるからコレをやらねば」ってなると途端に拒否反応出ちゃうんですよ。


「……。それなら、うちで住み込みで働くっていうのはどう? 母上は領地経営や商会の他に、植物の研究もしているんだ」

「うん?」

「ああ、冒険者になって旅に出るなら、その先々で得た情報を教えて貰うのも良いな。パンの値段とか、魔物の討伐の依頼の量とかでも、重要な情報なんだ」

「ちょ、ちょい待った!」


 希望を伝えてこれで終わりかと思ったら、ライフェルトは食い下がる。

 違和感に首を傾げて、ふと思いつく。


「フェル、孤児院に行った?」

「……。うん、昨日挨拶に伺ったよ」

「そっか」


 それでか、とシエルは納得する。

 どんな挨拶になったか知らないが、メッラ院長達がどう取り繕っても、子供達の様子を見たなら異常があるのは分かるだろう。

 人の心の機微に敏感なライフェルトなら、なおさら。


「それで、俺をあの場所から連れ出そうと?」

「うん……」

「ありがと。でももう半年ちょっとだし、いいよ。気にしないで」

「シエル、でも……」

「メッラ院長じゃなく、俺をどうにかしようとしたって事は、院長の後ろの人は?」

「母上が調べてた。子爵家程度ではどうにもならないって。……ごめん」

「謝る事じゃないって」


 ロッテン……じゃない、オリヴィエさんGJ。

 それでなくとも、ディグルを始めとして、もう何人もの人生を狂わせてしまったのだ。これ以上は勘弁して欲しい。


「あー、何かしてくれるってならさ、成人して冒険者になったら、仕事ちょうだい。始めのうちは簡単で安い依頼しか受けられないしさ」

「うん、シエルは薬学も身に着けてるんだよね。それならいくらでも頼みたい事あるよ」


 植物研究の手伝いは割と本気だったらしい。

 それで持ち直した様子のライフェルトに、シエルは静かに安堵する。


 この様子なら、暴力を受けている事までは気付いていないだろう。ライフェルトの性格なら、暴力まで振るわれてると知れば、何がなんでもシエルを保護しようとしただろうし。

 どうかそのまま、気付かずにいてくれますように。


「あ、それと、エリクにはこの事、知られないようにして欲しい」

「うん、分かってる」


 エリクに知られるのが一番不味い。

 それは、プリムラと言う伝手があるから。

 プリムラが介入してしまったら、何がどう転がるか、見当もつかない。奇跡的に良い方向に転がる可能性もあるが、伝え聞くプリムラのキャラを思えば、事態がぐっちゃぐちゃになる予感しかない。

 首を突っ込んで欲しくない。マジで。


 ……それに、孤児院の現状はアグノスにも伏せているのだ。

 そんな形でアグノスに知られるのは避けたい。


「ただね、元々エリクからシエルの服装の酷さとかを相談されたのが切っ掛けだから……」

「え」

「何も報告しない訳にはいかないんだ。取り敢えず、予想より高位の誰かが絡んでるから今すぐどうにかするのは難しい、って言っておくよ」

「わ、分かった。適当に合わせておく」


 頷きながら、シエルは冷や汗をかいた。

 エリクがシエルの服装に疑問を持った?

 もう、ディグルのような被害者を出さないように、シエルに纏わる異常は『気にならない』よう魔法を掛けてあるのに。


 どこかに綻びが? でも、一番バレる可能性が高いアグノスは、いつもと変わりないのに……?

 一人になったら確認しなくては。






 それはそれとして、うちには遊びにおいでと念を押され、合流したエリクと「じゃあ夏季休暇のうちに行っとく?」なんて話してたらいつの間にか明日お泊りに行く事になりました。


 あれ? なんでそうなった? (本気で分からない……)

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